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第27話 冷たき誠意

「帝国の皇子たち。まずは腰かけよ」


 目前には柔らかな毛皮が敷かれている。

 リュセトとともに一礼し、着座をした。

 

「帝国も皇子を二人も寄越すとは、大層困っていると見える」


 ガヤンはじろりとこちらを伺いながら、自分たちを値踏みしている。

 交渉の本番ということもあり、リュセトが主導で語りだす。


「最大限の礼を払うべき場かと判断し、二人で参上しました。

 なにとぞ、我々の望みを聞き入れていただきたく存じます」


 リュセトの丁寧な口上に、ガヤンは皮肉気に口の端を軽く上げる。


「帝国が『礼』を語るか、奇妙なものだな。

 ハルバの草原を踏みにじった過去を忘れたのか?」


「もちろん、その過去を水に流せとは言いません。

 ですが、未来に向けて前向きに歩み寄れればと思い、こうして足を運びました」


 リュセトの淀みのない返しに対して、ガヤンはますます嫌味な笑みを深める。


「未来……。前向き……。そよ風のように頼りない言葉だ。

 先に南部の書簡を見たときのように怖気おぞけが走るな。

 口約束などハルバにとって最も空しきもの。

 ハルバと付き合いの長い帝国であれば、もちろん知っていると思ったが」


「もちろんよく存じております。

 故に土産の品を持参しました」


 リュセトが傍らに目くばせをすると、随員が目録を差し出して置く。

 ガヤンはそれに手に取らずに、カインゼへと目配せをして読ませた。


「鉄材、塩、保存穀物、馬具用の金具、冬用の毛織物。

 いずれも、まずは贈答品です。

 今後の交易については、改めて量と道を定めたく」


 ガヤンとカインゼは頷き合った。

 そして、ガヤンの顔から嫌悪の色は薄れていた。


「ふむ、帝国の土産は重みがあって良いな。

 南部の浮ついた言葉は軽くて敵わぬ。

 しかし、だ……」


 贈答品が好感触なのは良い。だが、調子を変えて、ガヤンは今度は自分を見た。


「その南部に帝国は苦戦したという。

 血濡れた手でも力強ければ結ぶ価値はあろう。

 しかし、か弱き手ならば握る価値もない。

 ――氷の皇子よ。

 かつて我らを震え上がらせた冷気は緩まったのか?」


 自分に対して、最悪な形で話を振られる。

 弱さを見せてはならない。

 しかし、挑発に乗ってもいけない。

 毅然と向き合わねば。


「我が冷気も力も……」と言いながら、目の前に瞬時に拳大の氷塊を形成する。

 場のどよめきを無視して、――氷塊を鷲掴みしてそのまま握り潰した。


「この通り健在なり。だが、戦は独りで行うものではない。

 俺が部下に任せた騎馬隊が、南に食い止められた。

 故にハルバの戦士に願いたい儀があり参上した」


 砕いた氷片が、ハラハラと毛皮の上に落ちた。

 ガヤンは興味深そうに自分の振る舞いを見ていた。


「……なるほど。氷の皇子は鈍っておらぬな。

 だが、それほどの戦士がハルバに何を頼みに来たか」


「……まずは不戦を交わしたく。

 南をこの手で降すために、無用な争いを避けたい」


 自分の手始めの依頼に、ガヤンは少しばかり笑っていた。


「お主、まずは、と言ったな。

 他にも望みがあるのだろう?」


 ――しまった、と思った。流れで会話を続けたが素直に言い過ぎた。

 しかし、一度発した言葉を撤回するわけにもいかない。

 だが、悪い感触ではないようだ。

 なるようになれと半ば開き直り、流れに乗った。


「草原の騎手に馬の使い方を学びたく。

 縦横無尽の馬術を会得できれば、南の小細工など一蹴できましょう」


 思い切りを込めて言い放った。

 天幕の中はどよめきにさざめいている。


「氷の皇子がハルバに教えを乞うとは……」


 カインゼの驚愕に満ちた声が聞こえた。


「それが帝国の総意で良いか――?」


 今度はリュセトに水が向けられる。

 リュセトは口の端を軽く緩ませながら、不敵に声を発した。


「ええ、その通りです。不肖の弟の願いを聞き入れていただきたく。

 願わくば、草原の将を一人、客将として帝国に招かせてもらえれば。

 教官として、さらには監査役として、帝国を見定めていただければと存じます」


 ガヤンはリュセトの申し出を愉快そうに吟味し、カインゼに目をやった。


「カインゼ、帝国の願いをどう見る?」


「よほど南部に苦汁をなめさせられたのがこたえたと見られます。

 ハルバに手を借りてまで再起を図る覚悟。

 帝国の次なる戦いへの意気込みは十分なようで」


 ガヤンはしばし黙った。

 老いた眼がこちらを映し、次にカインゼたちを見通し、最後に目録へと落ちる。

 その沈黙の中には、戦士の誇りだけでなく、一族の盟主としての思慮深さが感じられる。

 冬を越す民の勘定もまた、ガヤンは背負っているのだろう。


「そうだな。奮い立った戦士に力を貸すのもまた戦士の礼儀であろう。

 カインゼ、お前が帝国に行ってこい。

 教官として存分に腕を振るい、共に南方を圧倒してみせよ。

 良い武者修行にもなろう。

 無論、帝国が腑抜けや嘘つきだったら、いつでも帰ってこい」


 ガヤンに命じられ、カインゼは驚きに目を丸くしていた。

 ――が、すぐに膝をつき、ガヤンに臣下の礼を取った。


「大族長のご意向のままに――」


 カインゼの帝国への派遣が決まり、あとの打ち合わせは素直に運んだ。

 詳細の取り決めを後に互いの言葉で文書とすることにし、ハルバとの会談は納まることとなった。



「すまぬ、兄上。勢いで出しゃばった真似を……」


 会談の場が終わった後、自分はリュセトに詫びた。

 リュセトに任せるつもりだったのに、自分に話題が向けられて、ついやってしまった。

 これでは武器を持とうが持つまいが、やることが変わっていない。


「はははは、まぁいいさ。君が好きに振舞えば、ハルバに好感を持たれると分かっていたからね。

 私だけで手詰まりになったら、君に一役買ってもらおうかと思っていたけど、かえって手っ取り早く済んだよ。

 やっぱり君を連れてきて良かったよ」


 自分が好き勝手するのも、リュセトには見込み通りのことだったらしい。

 良いように使われた気分もするが、元より軍部からの頼み事だったのだ。

 軍のためになるならば、多少の道化を演じても良いだろう。



「では、いくか。よろしく頼む」


 そして、数日の滞在のあと、カインゼと数名の戦士を連れて、帝国に帰参することとなった。

 初見では帝国への反感を顕わにしていたカインゼであったが、今は割り切っているように見える。


「帝国の戦士をこの手で鍛え直せるとはな! 厳しく指導してやろう!

 草原の騎手は数あれども俺だけの名誉だ! 腕が鳴る!!」


 謎の意気込みを発揮している。母国の騎兵たちが心配になってきた。


 ――ふと、意気込んで笑うカインゼの姿を見て思い出した。

 いや、本当に、今までどうして気付かなかったのだろう。

 外交をどうにかしようと夢中で、頭が回っていなかったか――。


 カインゼは原作でも出てきた騎馬の得意な将だった。

 草原諸族と手を結んだ後に、今と同じように他国、原作では南部へと手を貸すことになるのだ。

 グレンの騎馬の師匠として、時に厳しく、時に面倒見良く指導に当たっていた。

 自分はいつの間にやら、本来は南部に味方する将を帝国に引き入れていた。

 しかも、グレンやリセアと違って、囲うだけではない。

 南方に対抗するための強力な助っ人として、一人の将を初めて引き抜いた。

 ただ南方対策の突破口を見出すために必死だっただけのはずなのに。

 気付けば、原作の運命の歯車はまた一つ、本来と違う噛み合わせとなっているのだった――。

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