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第28話 砂塵を駆ける

 フェルクはカインゼを帝都での滞在先、客人用の館へと案内した。

 冬の間は来賓も少ない。広々とした館を使ってもらうこととなっていた。

 カインゼは荷を置くと、帯を締め直して快活に言った。


「では、騎馬の訓練を見せてもらおう」


 旅の疲れなどものともせず、草原の教官は任務に一直線である。


「馬の癖を変えるのだ。いくらでも早く手を付けるに越したことはない」


 なるほど。確かに人を指導するよりも、動物に教えるのは難しい。

 馬耳に言って聞かせても仕方ない。身体に覚えさせねばならないのだから。


 訓練場に付くと、ダグラスが駆け寄ってくる。

 先ほどまで訓練に励んでいたのだ。額の汗が光を反射している。


「殿下! 東の草原からよくお戻りで!

 して、その方は……」


「ハルバの戦士、カインゼだ。草原から騎馬の教官として招いた。

 よく教えを乞うように」


 カインゼは早速、遠目に馬を見ていたが、名前を呼ばれて向き直った。


「カインゼだ。お前が騎馬隊の責任者か?」


「ダグラスです。殿下より騎馬隊の訓練を任ぜられています」


 カインゼは本来、任命式などの形で改まって紹介したかった。しかし、この流れなので、このまま兵たちに覚えてもらうとしよう。

 自分とダグラスの号令によって一時的に訓練が中断され、騎馬隊の面々を集合させ、カインゼの紹介を済ませた。


「まずは騎馬隊の突撃が見たい」


 新任の教官による早速の要望は、我が軍の核心にいきなり切り込んできた。

 南方との戦いで食い止められた騎馬隊突撃。砂嵐と槍衾により機能不全に陥れられた。

 この課題を克服しなくては、我らの切り札は再び南方軍に封じられてしまう。

 ダグラスに「よろしいですか?」と問われ、自分は頷いた。


 隊列が揃えられ、騎馬突撃が目の前で実演形式により披露される。

 一斉に駆け出し、次第に加速し、槍を構え、敵陣想定の位置を貫く。

 命令に忠実な揃った動き。重量感のある力強い突撃であった。

 カインゼは腕組みをして黙ったまま、その突撃を見つめていた。


 先頭で指揮していたダグラスが戻り、「カインゼ殿、いかがでしょう?」と馬を寄せつつ問いかける。

 カインゼは顎に手を当て、厳しい表情をしている。


「重く、綺麗だ」


 第一声の評価には感情が乗っていなかった。誉め言葉のようにも聞こえるが、ただ見たままを口にしているようだ。


「だが固く、意思がない」


 カインゼは帝国の騎馬隊を端的に評した。既に我が騎馬隊の特徴を捉えたようだった。


「それは一体……」とダグラスはカインゼの評の意図が分からないようだった。


「障害物や敵軍の動きの想定を組み込んで、もう一度実践してみろ」


 カインゼの要求に従い、ダグラスはもう一度、突撃を展開した。

 今度は進路上に仮の柵が配置され、その先には槍が立てかけられている。

 騎馬突撃が開始し、号令と合図により柵は回避され、同じように槍を回り込み突撃に至った。


 カインゼは今度は「やはりか……」と明らかにしかめっ面で騎馬突撃を見ていた。


「確かにお前たちの騎馬突撃は足並みが揃い、前方への広い圧があり強力なのだろう。

 だが、あまりに命令に忠実すぎて、号令と合図に頼りすぎている。

 これでは不測の事態に総崩れとなる。不慮の障害に反応しきれず瓦解するだろう」


 まるで先の南方軍との戦を目の前で見たかのように的確な評だった。

 ダグラスはあのときの苦戦を思い出したのか。悔しさを浮かべ、歯を食いしばっている。


「カインゼの言う通りだろう。では、これをどのように直すか。草原の騎手の乗り方に答えはあるか」


 自分からカインゼに問うと、カインゼは思案顔となった。


「ある……あるのだが……」と言いづらそうに、考えていることを口にする。


「お前たちは草原の民ではない。草原のやり方を真似できない」


「それでは……」とダグラスが苦しい顔をする。


「草原の民は生まれたころから馬と共にある。馬と寝床と呼吸さえ共にする。

 馬を労わり、馬と対話し、馬と苦楽を共にする。

 だから、馬は自分の意思を示す。自ら草原の民を守ろうとする。

 各々《おのおの》の判断で危険を回避して、しなやかに障害をかいくぐる。

 しかし――」


 カインゼは兵たちに向き直り、大きな声で伝達する。


「それは生まれたころからの積み重ねがあってのこと!

 だから、俺にもお前たちの馬の直し方など分からん!」


 なんと『分からん』と宣言されてしまった。

 的確に欠点の谷底に突き落とされたが、救いの梯子はぶん投げられてしまった。

 訓練場は困惑のどよめきで騒然とし始める。

 

 カインゼはこちらに振り返り、少し困ったような顔をした。


「さて、どうしたものか」


「いや、それを聞くために招いたのだが」と自分は突っ込まざるを得ない。


 とはいえ、帝国と草原の騎馬の違いは十分に分かった。

 要は草原の柔軟性や臨機応変をどうにかして帝国に取り入れれば良いのだろう。

 その手法は手探りにてこれから見定めるべきことだ。

 カインゼだって帝国の騎乗に馴染んだ馬の調教など初めてなのだ。

 お互いにやり方を擦り合わせていくしかないのだろう。


 思案顔のダグラスを呼び寄せて相談する。


「もっと騎馬隊に柔軟性を持たせるなら、どうすれば良い」


「それは……」


 ダグラスもまた考え込みながら、馬を遠目に見る。


「ひとまずは隊を細かく分けることですかね……」


 そこにカインゼが割って入る。


「いや、バラバラになってしまっては、帝国の揃えた馬勢の圧が失われる。

 守りに入るときは分けた方が良いだろう。しかし、攻めるときは再び一体としたい」


「では、散開と再集合の訓練をしましょう。

 敵の妨害があれば散開にて一時的な退避を。

 妨害を潜り抜けたのなら集合して攻撃を。

 これならばどちらのやり方の利点も取り入れられましょう」


 ダグラスの案には一定の有効性がある。

 このやり方であれば、砂塵が発生したときの対策は三段階に分けられる。

 まず砂塵が発生したとき、散開して集団で固まらずに動きやすくする第一段階。

 次に、砂塵に巻き込まれたとき、視界と音を奪われた状態で耐える第二段階。

 最後に、砂塵をやり過ごした後に、再び帝国の強みの厚みを再結集する第三段階。

 

 つまりは、第二段階目の砂塵に耐える対策も新たに必要となってくる。


「砂塵が見えたら散開、やり過ごしたら再集合。そこまでは良い。

 最中の対策も必要だ。砂塵に呑まれた後、今までの騎馬は足がすくんでいた。

 砂塵で旗が見えず、号令が聞こえなくても、走り抜けて槍を振り払わねばならない」


 自分から問題提起すると、すぐさま返答したのはカインゼだった。


「草原なら砂嵐に備えた訓練もする。砂嵐の中でも足を止めぬように慣らさせる」


「しかし、帝国で砂嵐は作り出せませんね……」とダグラスは困った顔をする。


「ならば俺が視界を悪くする程度の吹雪を出す。

 音ならば周りで銅鑼を鳴らせば十分に妨害になる」


「ははは。氷の皇子の吹雪で訓練か、良いな。近衛騎馬隊らしい訓練だ」


 三人で案を出し合って、ようやく対策の形が見えてきた。

 自分たちにはなかった草原の発想をカインゼが出してくれる。

 あとは自分とダグラスで帝国の訓練に落とし込んでいく。

 これでようやく突破口が見えてきた気がする。


「では、やりましょう! 手始めに少数で訓練です!!」


 ダグラスの声に普段の快活さが戻ってきた。

 やはりダグラスはこうでないと、自分もどうしていいか分からなくなる。

 ダグラスが賑やかにしてくれるから、自分は安心して黙っていられるのだ。


 冬空の下でも、帝国軍は鍛錬に余念がない。

 草原の教官も加わり、寒風などものともしない猛者たちの訓練は続いていく。


 新しい訓練には、試しに十騎だけが選ばれた。

 俺は訓練場の端に立ち、薄い雪煙を舞わせる。

 視界を奪いすぎないよう加減したつもりだったが、それでも騎兵たちの顔は強張る。

 馬が駆けだした矢先、銅鑼が鳴る。

 馬がいななき、隊列が揺れる。

 それでも、ダグラスの号令を受けた騎兵たちは、かろうじて散った。止まらなかった。

 ただそれだけのことに、ダグラスが小さく拳を握るのが見えた。


 まだ、砂塵を破ったわけではない。

 だが、砂塵の中を駆け抜けるための一歩は見えてきていた。

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