第25話 外交講釈
フェルクは外交部門の執務棟へと赴いた。
目当ての第二皇子リュセトは外交のトップということもあり、専用の執務室兼応接室に日頃詰めている。
侍従に声をかけられ、フェルクは件の部屋へと直接に案内された。
リュセトの執務室に入ると、数名の書記官とやり取りをしているところだった。
「そうだね。南方からの書簡や使者が入った都市は、赤丸で図示してまとめてほしい。
今後、条件の見直しとかの揺さぶりの打診が来る可能性が高いからね」
「うん、山間都市からの見舞い状については、返礼を先に。
関税の再考については、すぐには約束しないように。
『今冬の輸送量と街道警備の状況を見て、改めて協議する』と書いておいてくれ」
「それから、ハルバ方面へ入る塩と鉄の相場も確認を。昨日の数字では古い。
南方が本気で草原へ手を伸ばすなら、まず塩か馬具鉄の値が動く」
リュセトの指示を受け、書記官らは慌ただしくメモを取っている。
ここでは相変わらず、剣ではなくペンで戦っている。インクと封蠟の匂いが鼻先をくすぐる。
最後の書記官が頷いたところで、リュセトはようやくこちらへ顔を向けた。
「ああ、フェルク、来たのかい。
じゃあ来客だから、君たちは退室してくれ。指示通りに頼んだよ」
手早く人払いを済ませ、リュセトはフェルクへと向き直った。
肩まで伸ばした金髪が揺れ、ノルスヴェイン皇族特有のアイスブルーの瞳がこちらを映す。
柔らかな色合いの宮廷服を纏っているせいか、同じ皇族でありながら、まるで自分と違う世界の住人に見える。
「やあ、フェルク。歓迎するよ。私も君と話したいと思っていたところだ」
リュセトは軽やかに微笑みかけつつ、フェルクに着席を勧めた。
「さて、君が用事もなしに私を訪ねるわけもないね。大体想像はつくけど、まずは用件を聞こうか」
「先の軍議で、帝国軍だけでは次の戦に勝ちきれぬ可能性があると結論づけた」
「だろうね」
「……驚かないのだな」
「まぁ、こちらにも情報は入ってるからね。南方の健闘を書簡が雄弁に語っているよ。
それでさては、私に手を結べる勢力の当てを尋ねに来たというところかな」
「そうだ」と言いながら、フェルクは感嘆のため息をもらすのを堪えた。
暗部のヴァスケルが裏から世情を把握するなら、外交のリュセトは表にて風聞を網羅する。
まさしく宮廷の事情通。フェルクが考えることもお見通しである。
「うん、力を借りる候補ならたくさんあるよ」
「……そうなのか?」
あまりに意外な回答で、間の抜けた声が出てしまった。
帝国は孤立無援のような状況だとてっきり思っていたから、驚きを隠しきれなかった。
「ん、そこからして認識のズレがあるのかい?
帝国は大国なんだから、恩を売りたい勢力はたくさんあるさ」
「てっきり嫌われているとばかり……」
「あはははは。初心な乙女みたいなことを言うんだね。
国同士は好き嫌いばかりで結びつくものじゃない。
君だって仕事なら、饒舌だから苦手なヴァスケルや私の手を借りるだろう。
それと同じさ。相手の欲しいものをこちらが持っていれば、交渉の余地はちゃんとあるんだ」
リュセトは未熟な弟に愉快そうに講釈をするのだった。
言われてみればまさにその通りで、かえって恥ずかしくなってくる。
この兄上にはこうやって敵わないから、フェルクも苦手意識があるのだろう。
同時に、尊敬して頼りにしている部分も大いにある。
「さて、とはいえ、あまり笑っていられる状況でもないね。
君たち軍部が苦戦しちゃうと、私たち外交は長い文章でフォローせざるを得ないんだ。
短い文言で強気の外交をするためにも、君たちの強化は大いに望むところだ」
リュセトは少し真面目な調子に切り替えて、壁に掛けられた地図のある地域を指で叩いた。
「というわけで、私のお勧めはハルバ草原諸族だ。
ここなら騎馬と屈強な戦士を有しているから即戦力になる」
指差したのは、帝国の東の草原地帯だった。
いや待った。ハルバ草原諸族は原作では南方に真っ先に付いた勢力だ。
簡単にこちらに力を貸すとは思えない。
それに――。
「兄上、俺が一隊の将だったときに、ハルバと戦ったことがある。
矛を交えた記憶が新しい相手だ。さすがにそれは……」
リュセトは悪巧みが成功したように薄く笑みを浮かべる。
「ふふ、まぁ普通の相手ならそうなるんだけどね。
ハルバが相手だから交戦した過去が逆に武器にもなるんだ」
「……そうなのか?」と、またしても教えてもらう流れにならざるを得ない。
「まぁ今回はちょっと応用問題になる話かな。
まずハルバ草原諸族は武を重んじる民族だ。
戦って強いと分かっている相手にはちゃんと一目を置く。
そういう意味では、南方より我々の方の話を真剣に聴く」
「もちろん、若い血気盛んな戦士たちは君に良い顔をしないだろうね。
そこは当たり前の話だ。でも、族長たちは感情だけで判断しない。
強い敵だが、役に立つ取引相手。清濁を併せ持って帝国を値踏みするさ」
「次に争った記憶が新しいなら、不戦協定を欲しがる。
南方が上り調子の今なら、ハルバだって敵対先は増やしたくない。
それに彼らが欲しがる鉄や馬具職人をこちらは抱えている。
だから、ハルバと帝国は十分に利害が一致するんだ」
「なるほど……」
「だけど、最初から全面同盟なんて欲張るつもりはないよ。
まずはこちらと不戦とか交易を結んで、南方に付くのを防げれば十分だ。
手応えがあったのなら、教官という名目で草原の騎手を何人か招くとかをお願いする形だね」
リュセトがすらすらと講釈を垂れるほど、手を組める気がしてくる。
これが外交トップのプレゼンテーション力。もはや任せるしかない。
「分かった。では、ハルバと結ぶ手筈で進めてくれ」
その流れで頼んだのだが、リュセトは「おや?」と片目をつぶって首を傾げる。
なんだ? 完全にそういう流れだったのに、自分は何を間違えたのか。
「外交部門だけでうまくいく相手じゃないんだ。
フェルク、君も顔を貸してくれよ」
「顔を貸す……とは……」
「正確には、腕も、かもね。
腕っぷしのない私たちが紙とペンと口を使っても、彼らの心には響かないよ。
それよりも君が黙って腕組みして目の前にいた方が、彼らにはグッとくるんだ」
「……そうか」と頷く。確かに武を重んじるなら、そういうこともあるのか。
「そういうわけでフェルク、私と一緒に草原に行こう。
準備が整い次第、出発だ」
「出向くのか」
「うん。騎馬と戦士を借りるなら、早く話をまとめて一緒に訓練だってしたいだろう。
だったら、私と君の皇族2人が使者として赴くのが一番早い。
我々の熱意と誠意が見せられるし、すぐに返事だってもらえる」
「そうだな、分かった。よろしく頼む」
こうして心強い兄の導きにより、ハルバの草原を訪問することが決まった。
軍部に戻り、さっそくレノリタに報告をする。
「なるほど、やはりそうでしたか。
そうなると思って、鉄や武器の在庫の確認を指示しておいて正解でした」
「……ハルバと組むと分かっていたのか」
「はい、予想通りです。お互いの需要と供給が一致しますからね。
至極適切な交渉相手かと存じます」
「……数年前に交戦したばかりだぞ」
「そんな感情なんて馬に食わせておけば良いのです。
いいえ、馬だって帝国の飼い葉の方を欲しがるでしょうね。
……どうしました、殿下。まるでお馬さんのような表情をしていますが?」
軍の内政のブレーンであるレノリタは外交事情をきちんと把握していた。知らぬのは自分ばかりなのか。
外交のあまりの奥深さに、自分はついていけそうにないと項垂れるフェルクであった。




