第24話 次なる打ち手
帝都には薄く雪が積もり、季節は冬に染まりつつあった。
東の平野での会戦が終わってから、初の軍議の場が開かれていた。
先の会戦で代理の総大将を務めた老将グスタフ。
その臨時副官、及びフェルクの代理として予備騎馬隊を率いたダグラス。
会戦に用いる食糧や武具などの兵站を統括した内政長レノリタ。
いち早く南方の二方面作戦を見抜いた暗部の長ヴァスケル。
そして、第三皇子にして帝国軍団長である自分、ことフェルク。
一堂に会して、先の会戦における各部門からの意見の総括を聴いていた。
指揮、戦力、物流、諜報のいずれにも決定的な瑕疵はなかった。
しかし、どれもが南方の的確な妨害を受けて、十全ではなかった。
「仮に――前回と同程度の規模の軍を揃えて、俺が最初から参戦したのなら、次の戦は勝利できるか?」
総指揮として、自分は各部門に問いかけた。
すると、グスタフは苦い顔をしながら発言する。
「もはやそれでも確実とは言えませぬ。
南方には旗頭がおり、軍師が入れ知恵し、裏組織が暗躍します。
こちらが万全の形を整えられるかも定かではなく、もう一段の強化が必要かと存じます」
総大将を務めた老将の、実感の籠もった重みのある発言であった。
確かに何らかの手を使って、再び帝国軍を機能不全に陥れようとする可能性はある。
そして、それを防ぎきれるとも言い難い。
ならば、さらなる手段を講じる必要があるのは確かだろう。
「さらなる備えが必要ということか。
では、我が軍をさらに強化する方法はあるか」
問いかけるが、即座の発言はなかった。
沈黙を破ったのは、ダグラスだった。
「……殿下。発言をお許しください」
「許す」
ダグラスは一度、拳を握り締めた。普段の朗らかさは姿を潜め、その顔には東の平野で届かなかった者の陰りが宿っている。
「先の会戦において、予備騎馬隊は役目を果たせませんでした。
私の判断が遅く、南方の槍衾と風に足を止められ、殿下の到着まで戦線を支えきることも、敵陣を突き崩すことも叶いませんでした」
「ダグラス。それはお前ひとりの責ではない」
グスタフが低く言った。
「承知しております。ですが、責が私だけにないからこそ、問題は重いのです」
その言葉に、軍議の空気がわずかに変わった。
ダグラスは顔を上げた。
「私が再戦までにさらに鍛え、兵を叱咤し、次こそ死力を尽くす。ですが、その当然の努力だけでは恐らく足りませぬ。
南方は知りました。帝国騎馬は風で乱し、槍で止め、足を奪えば良いと――。次も同じ騎馬で挑めば、同じように止められる可能性があります」
正直な男の、正直な敗北の言葉だった。
気合が足りなかったのではない。
勇気がなかったのでもない。
ただ、足りなかった。
それを認める声は、軍議の場に重く落ちた。
「ならば、騎馬隊の再編が必要か」
「はい。訓練、編成、馬の補充、指揮系統の見直し。すべて行います。ですが――」
ダグラスはそこで、わずかに言葉を詰まらせた。
「帝国の騎馬だけで、南方の新たな戦術を上回れるかと問われれば、即答はできませぬ」
「武門長の見立てに同意します。兵も馬も、数だけなら補えます。ですが、前回と同じ部隊を前回と同じ理屈で動かすなら、それは補充ではなく再演です」
「南方は帝国騎馬の止め方を覚えて味をしめたじゃろう。成功した毒をもう一度使いたがるのも必定じゃろうな」
レノリタとヴァスケルも同意を示した。まっすぐに強化しても、根本が一緒なら同じ対策が効果的なことはその通りだ。
確かに、先の戦で大きく戦局を左右した要因の一つは、予備騎馬隊を対策されたことであった。
俺が率いれば先陣は強化されるだろうが、後続の騎馬たちは同じ対策で封じられる可能性はある。
対策を考えなければならない。手っ取り早く強化するなら、外部と手を結ぶとか、しかし――。
原作知識を思い出す。
思えば、原作主人公らの英雄陣営は次々と他勢力と手を結び、終始戦力を拡大していった。
反面、帝国は単独で戦い続けていた。
理由は簡単で、冷涼な風土の帝国は常に他国へと攻め入ってきた歴史があるからだ。
故に、帝国を良く思う国は少ない。孤立するのも止むを得ない、いや自業自得とさえ言える。
……ちょっと待て。この状況は今も同じだぞ。納得している場合じゃない。状況が詰んでないか。
一方で南方は原作通りに帝国の脅威を訴えれば、敵の敵は味方の論理で同盟候補はたくさんある。
ならば帝国内部の強化……といっても、レノリタのいう通りそれは芸のない再演の延長になってしまう。
……自分では良い考えが出ないな。またバルドーの里のときのように意見を求めてみるか。
「帝国騎馬では足りぬというなら、外部から補うか。しかし、結べる先はいるか?」
少しの沈黙の後、レノリタが挙手をする。
「利を考えればいないわけではないでしょうが、外部と結ぶとなると、我々だけで決められる話ではありません」
……その通りであった。手を結ぶとなれば外交の分野だ。我々軍部の裁量を超えてしまう。
「外交部門の管轄です。候補の洗い出し、交渉戦略、贈答品、通商条件……。
いずれも軍議だけでは決められません。第二皇子リュセト殿下に諮るべきかと」
リュセト……。その名前を聞いたとき、心の中のフェルクが苦々しい表情をした気がした。
帝国第二皇子リュセト。外交部門を担当している、フェルクとは対照的に弁達者な皇子である。
軍事の先にも後にも外交があるものだ。毎度、頼みごとをされたり、嫌味を言われてきたのだろう。
しかし、こればかりは部下に任せるわけにもいかない。皇族には皇族が話すのが一番早い。
「そうであるな。兄上に聴くとする」
そうして、方針は決まらぬまま、外交部門にお伺いを立てることとなった。
内心のフェルクがいつも以上に沈んだ面持ちをしている気がする。
リュセト。原作で、その名を見た記憶はある。
だが、顔も声も、イベントでの立ち位置もあやふやだ。
そもそもが戦闘に参加する人物ではなかったのだ。
だからこそ、分からない。
ゲームの画面外にいた者はどれほどの力を持っているのだろうか。
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一方の南部でも、同様の軍議が行われていた。
大領主ディオゼ、軍師ユキウス、裏の王キーグ、新たな旗頭ルーシェが揃う。
状況を統括した後に、ユキウスは提言した。
「今回は策が成り、帝国と互角以上の戦いができました。
ですが、同じ手は使えません。ロウガ殿はもうおらず、帝国とて似たやり口は警戒します。
別の方法を考えなければならないことは自明です」
そして、ディオゼが明るい調子で切り出す。
「この戦で南部は帝国とやり合えるってことが示せたわけだ。
俺たちと結んで、帝国に一泡吹かせようって国も出てくるんじゃないか」
キーグは悪い顔で微笑む。
「俺の商売も捗るってもんよ。
南部を売り込むのも良し。南部に売り込んでくる連中も増える。
稼ぎ時ってやつだなあ」
ルーシェは大人たちの会話に入っていけず、周りをきょろきょろと見回していた。
ユキウスが頷いているのが目に入った。
「その通りです。私が各国に書状を記しましょう。
返答を見極めながら、次に手を取るべき相手を選びましょう。
そのときにはルーシェさん、貴方にも働いてもらいますよ」
自分に話が振られると思ってなかったルーシェは、急に水を向けられて背筋を伸ばした。
「わ、私、はい!」
びっくりした返事をすれば、大人の3人たちは笑い出す。
ユキウスが優しく諭した。
「そんなに畏まることはありませんよ。手筈は私たちが整えます。
ですが、南部の新しい顔は貴方なのです。
交渉の場への顔出しが必要になることもあるでしょう」
「そう……なんですね。はい、私で力になれるなら頑張ります!」
「ええ、その意気です。ですから、ルーシェさん。
返事が来るまでは十分に休んでください」
「休み……ですか……」
「そうだぞ、ルーシェ。お前は今回、声も魔力も振り絞ったんだ。
こんな大人に混じって肩肘を張るのは今日だけで終わりだ。
しばらくはゆっくりしろ。でなきゃあ、バテちまうぞ」
「分かりました、父上。少し羽を伸ばすことにします」
南部の一同は、まるで親戚同士のような雰囲気で語り合うのだった。
その日のうちに、ユキウスの綴った書状は南部各地から外へ向けて放たれた。
封蝋には、グランヴェル家の印。
そして添えられた名は、当主のディオゼではなく――翠風のルーシェ。
ルーシェ自身はまだ、その名がどれほど遠くまで運ばれるのかを知らなかった。




