第23話 エピローグ:冬芽
東の平野での会戦が終わった後――。
帝都の治癒院は大忙しであった。
次から次へと怪我人が運び込まれてくる有り様。
通常の人員だけでは足りず、バルドーの元門下生たちも手伝いに駆り出されていた。
包帯など治癒の道具を運び、湯を沸かし、血で汚れた布を洗い、入りきらない患者を移送し――。
治癒魔法が使えずとも、いくらでもやることはある。
さすがのグレンも疲れ切った顔で昼休憩を迎えることになった。
「あ、グレン。来てたんだー!」
昼食のパンを頬張っていると、リセアから声がかかった。
「リセア! って、顔色悪いな。大丈夫か?」
「あー、魔力切れでねー。今日は後はお手伝いだけかな」
「そっか。頑張ってるんだな」
「うん、しばらくは大忙しだね。戦が終わったばかりだもんね」
「南部と帝国の大きな戦があったんだってな」
「うん。患者さんからいろんな話を聞いたよ。
一番びっくりしたのが、南部の旗頭の話!
翠風のルーシェって子が、南部軍のリーダーになったんだって」
「女の子が?」
「うん。風の魔法で兵たちを励まして、帝国軍を押し返したって」
「すごいな……。俺たちとそう歳も変わらないのに、そんなことを……」
グレンはなぜか悔しいと感じた。
里にいた頃は、バルドー師匠みたいな英雄になりたいって思っていた。
けれど、今はそんな憧れを目指す日々からは遠ざかっている。
「グレンも、いつか英雄みたいになりたいって言ってたよね。
今はどう? 頑張れてる?」
「訓練では褒められてるし、大体の仕事は一番に終わらせてるよ。
でも、帝国で評価されるのも、なんだかなぁー」
グレンは難しい顔をしながら、スープをすする。
「あたしは帝国でも、たくさん患者さんを治すのはやりがいがあるよ。
里にいるときより、何だか頑張ってるって気がする」
「リセアは、そうだよな。
でも、同じ帝国のためでも、治すのと戦うのは全然違う気がする。
もしも訓練が評価されて、帝国兵になれ!って言われたとしても、心から戦えないというか。
なんていうか。こう、頭の先から脚の先まで一本の線が通った感じがしないと思う」
「一本の線……?」
「ああ。師匠に褒められたときはさ、もっと強くなりたいって素直に思えたんだ。
里を守れるようになりたいとか、いつかすげえ奴になりたいとか。そういうのを心の底から思ってた」
グレンはスープの表面を見つめながら、眉を寄せた。
「でも、今は違う。
頑張ってるのに、どこへ進んでるのか分からねえ。
褒められても、嬉しいって思う前に、これでいいのかって考えちまう」
「……そっか」
リセアは小さく頷いた。
「グレンはきっと、何のために強くなるかを探してるんだよ。
まだ、自分が何になるかを決めるときが来ていないだけなのかも。
でも、いつか本当に選ばなきゃいけないときが来たら、グレンなら分かると思う」
グレンは、リセアが自分の数歩先にいるなと思った。
その差を埋めたいと思った。
けれど、何をすれば追いつけるかは、まだ分からなかった。
ただ、冷めかけたスープをもう一口すすった。
「……いつか分かるかな?」
「分からないってことは、まだ決めるときじゃないってことだよ」
「そうだな……」
気付けば、スープは空になって底が見えていた。
治癒院の奥から、また誰かが呼ぶ声がした。
休憩はもう終わりらしい。
「行くか」
「うん。まずは今できることから、だね」
グレンは立ち上がり、空になった器を片づけた。
外では、白い雪がちらつき始めている。
自分たちの行く先はまだ分からない。
けれど、分からないままでも、今日やるべきことだけは目の前にあった。
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東の平野での会戦が終わった直後――。
日が暮れたため、宿場町にて南部軍は夜を越すこととなった。
もちろん、普通の街に全軍を受け入れるほどの余裕はない。
街の中で休めるのは、怪我人たちが優先だった。
大半の兵たちは街の外に陣を敷き、焚き火を囲んで夜を明かすこととなった。
そんな野営地の片隅で、キーグの一味だけが、どこからか持ち出した酒樽を囲んでいた。
あちこちで裏工作をしていた別動隊も合流し、報告と苦労話と愚痴が飛び交っていた。
「いやー、翠風のルーシェの演説は身に染みたぜー。
本当に、あの場にいなかったおめーらは勿体ねーよ。
このロクデナシの俺ですら、南部のために!なんて思っちまったもん!
旗頭ってやつは、すげえんだなあ」
杯を片手に、一味の者たちが口々に語りだす。
その様子を、キーグはぼんやりと眺めていた。
ぶっちゃけ、疲れているのである。
軍師以上にあちこちに指示を出して、あらゆる妨害をけしかけたのだ。
さすがのキーグにも手に余る大役であった。
だが、言い出しっぺの一人である以上、柄にもなく全力を尽くしたのだった。
「そういやよお、あの演説の中で出てたロウガって奴は誰だ?
ディオゼの大領主サマと、軍師サマと、うちの親分と並んで語られてたから、さぞすげえ奴なんだろうが……」
「知らねえなあ。誰か知ってるか?」
あちこちに問いかけるが、誰も知らないようだった。
会話が途切れて、場が静かになる中で、キーグが呟いた。
「知ってるさ」
ゴロツキたちはその一言に、「さすが、親分だ!」 「どんな奴なんですかい!」と飛びつく。
「バルドーの悪弟子。剣の腕が立つし、馬鹿力もある。だが、口は悪いし、すぐ手が出る。
俺たちとおんなじロクデナシの類だよ」
「ははあ、しかし、なんでまたそんな奴が翠風の口から?」
「西の山で冷血皇子を食い止めてたんだ。
それも、命がけでな。
あいつがいなかったら、平野に吹雪が荒れ狂ってるところだったんだぜ」
キーグが打ち明けると、ゴロツキたちはどよめきだした。
口々に「おいおい、マジかよ」 「だから、フェルクが遅れて来たのか……」 「あの戦鬼相手に無茶しやがって」 「馬鹿度胸もいいとこだぜ」と驚きが広がる。
そして、ある者が高々と杯を掲げて言った。
「ロウガに乾杯!」
次々と賛同者が続いた。
「悪弟子、最高!」 「西の山の赤き狼!」 「誰だよそりゃあ!」 「供養に呑もうぜ!」
あちこちで乾杯が交わされ、夜は深まっていく。
荒くれの一人は「こんな話、誰も知らねえぞ! 俺が広めてくる!」と他所の焚火に突っ込んでいった。
ロウガの話はもはや原型を留めず、野営地の語り草となっていくのだった。
盛り上がるゴロツキどもを遠目に見ながら、キーグは誰ともなく呟いた。
「派手に散れて満足か、ロウガ。
今夜はバルドーの爺よりも、お前の方が英雄扱いだぜ。
柄にもねえと笑うだろうが、悪い気分じゃねえだろう?」
そこまで言って、キーグは鼻で笑った。
「……いや、違うな。勝手に美談にすんじゃねえ、酒でも持ってこいってお前は怒鳴るか」
ゴロツキたちの笑い声が飛び交う中で、野営地の夜は賑やかに更けていった。
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帝都に戻ったフェルクは、イヴェリの病室を訪れていた。
イヴェリは眠っている。
相変わらず血の気の薄い表情で、今にも壊れてしまいそうだ。
でも、手を触れれば温かい。確かに生きている。
「戦は、終わらなかった」
フェルクはぽつりと零した。
当然、返事はない。
その言葉は懺悔のように、静かな部屋へ落ちた。
バルドーの里を制圧すれば、争いの始まりは止められると思っていた。
しかし、破滅の運命は形を変えただけだった。
グレンの代わりに、ルーシェが立ち上がった。
帝国の冬を、炎の代わりに風が裁こうとしている。
こうなってしまっては争いは続いていくのだろう。
きっと、どちらかが旗を降ろすときまで。
イヴェリの毛布を少しだけかけ直した。
もう随分と寒くなった。
寝息で、胸が規則正しく上下している。
静かな時間だった。
物語は動き続けているのに、ここに来れば時は止まる。
ずっと止まってしまえばいいのにと思う。
自分が生きていて、イヴェリも生きている。
ただ、それだけでいいのに。
世界は止まらずに動いて、そして自分も絶えず選択を迫られる。
だが、逃げるわけにもいかない。
負けるわけにもいかない。
降りかかる火の粉も、向かい風も払わなければならない。
生きる望みを模索する。それはこんなにも難しい。
窓の外には白い雪が舞っていた。
この世界に転生して、初めて見る自然の雪だった。
季節が過ぎていく。冬に備えなくてはならない。
春にもう一度動き出すために、芽を閉じて力を蓄えないといけない。
「行ってくる」
この世界で最初にここを訪れた時にもかけた言葉。
あのときと比べて、随分と荷物が増えたような気がした。
これからもきっと増え続けるのだろうけど、放り出すわけにもいかなかった。
「まだ、凍てついてはいない」
自分の胸に言い聞かせながら、フェルクはイヴェリの居室を後にした。
第一部(第一巻) 了
これにて第一章(第一巻分)が完結となります。
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ストックはまだありますので、もうしばらくは1日1話更新を続けていきます。引き続きお楽しみいただけると幸いです。




