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第18話 死兵

 燃え落ちた橋が谷底で黒煙を上げている。

 木々を巻き込み、炎が静かに燃えている。

 谷は上からは夕陽の赤に、下からは炎の赤に照らされている。

 

 荒くれどもの下卑げびた笑い声とともに、配下たちが応戦する掛け声が木霊こだまする。

 部下たちは決して優勢ではない。

 だが、自分は橋向こうに釘付けにされている。

 駆けつけることなどできない。


「いくぜえ、冷血皇子!

 そのスカしたつらを潰してやらあ!!」


 威勢よく襲い掛かるロウガ。

 大剣が剛風を伴い、空を斬る。

 だが、自分を捉えるには素直すぎる。

 躱しざまに氷礫《氷のつぶて》を放って、手下たちを排除していく。

 このまま数の有利を潰していけば、戦局は自分に傾いていく。

 それに――。


 手下たちに放つと見せかけ、ロウガ自身に氷柱を撃つ。

 ロウガは慌てて大剣で防御するが、余波の冷気に顔をしかめている。

 そうだ。ロウガはバルドーと違い、魔法の耐性は弱い。

 体力と若さで勢いは勝っていても、完成された強さではない。

 その速度と軌道さえ読めれば、対処の仕方はあるのだ。


「チッ! もう普通の手は通用しねえか!

 もはや思い切るしかねえってことか!!」


 己の不利を感じ取ったか。

 ロウガの表情が真剣味を帯びる。

 そして、素早く腰元の革袋をこちらに投げつけた。

 なんだ、これは。

 水、いや油の可能性もあるのか。

 足元にぶちまけられ、嫌な匂いが立ち込める。


「放てええええ!!」


 手下どもが火矢を放ってくる。

 引火させるわけにはいかない。

 凍らせるべきは、油か、火元の矢か――。

 逡巡しているところに、ロウガが勢いよく斬りかかってくる。

 馬鹿な。燃えたら巻き添えになるというのに。


 勢いよく飛び退いて、油の足場から退避した。

 そこに飛び込んだロウガだけが立ち上る炎に焼かれる。

 ――が、炎など構わずに、燃える皮鎧をそのままに襲ってくる。

 炎で視界が揺れ、軌道がよく読めない。

 大振りに回避すれば、火矢は止まらず、そしてロウガの突進も止まらない。

 もはやロウガは矢を避けることを考えていない。

 矢はロウガを構わず発射されている。

 革袋を投げたのは、構わず撃てという合図でもあったのか。

 後先を考えない、狂気を帯びた攻勢だ。

 こうなると軌道を見切った回避が効かなくなる。

 常人なら踏みとどまる理性の境界を、ロウガは踏み込んでくる。


「貴様、死ぬ気か!」


「ああ、そうさ!! こうでもしなきゃ歯が立たねえって分かってるからな!」


「なんのために、ここまで……!」


「ああ!? 大層な目的なんざねえよ!

 散るなら派手に散るって、それだけよ!!」


「くっ……」


 だが、動きは直線的になった。

 腹部めがけて氷柱を突き出す。

 ロウガは半ば腹を裂きつつ、それでも止まらずにこちらを斬りつけてくる。

 傷つこうが動きが止まらない。

 血を止めようと傷口を抑えることすらしない。

 

 《《死兵》》だ。

 痛みも負傷もかえりみない決死の進撃。

 これでは常識が通用しない。

 背中に矢を突きたてながら、大剣が振るわれる。

 やっと腹部を押さえたかと思えば、血飛沫ちしぶきを投げつけてくる。

 正気の沙汰ではない。

 

 血で視界が塞がれるのを嫌えば、それを読まれて大剣が突き出される。

 すんでのところで回避するが、――今度は外套を掴まれ、引き寄せられる。

 そして、肘鉄を食らわせてきた。

 腹の息が詰まり、咄嗟に退避する。

 あまりの無軌道に予測が追いつかない。

 だが――。


 その喧嘩に付き合う必要はない。

 距離を取って、氷礫を浴びせればよい。

 避けないというのなら、良い的だ。


「させるかよおお!!」


 遠距離の不利を悟り、大剣がこちらに投げられる。

 予想もしない飛び道具。

 大振りに避けたところで、猪のように突進される。

 ――回避が間に合わない。

 それにこのままでは足場が……。

 谷底に落ちそうなところに、氷柱を形成して押し留まる。

 

 相手は無手だ。武器を手放している。

 至近距離でレイピアが取り回せない。

 喧嘩の間合いだ。


「掴んだぜ、皇子!!」


 ニイと凶悪に笑うと、――頭突きがぶちかまされた。

 脳天に衝撃が走る。視界が飛ぶ。

 もはや長引かせられぬ。

 痛みでかえって冷えてくる頭で、レイピアを短く持ち替え、腹を横から突き刺し詠唱する。


「――凍れ!」


 剣を通じた魔法。内臓への直接攻撃。

 さらにレイピアではらわたを引き裂きながら振り抜いた。


 痛む頭を抑えながら、崖際から退避した。

 もはや致命傷のはずだ。

 さすがに反撃はない。


 だが、まだ立っている。

 ゆらりと腰をかがめ、まだこちらをぎょろりと見据えている。


「はあ――、もう動け……ねえなあ。

 立てても、歩けねえやあ――。

 だがよお――」


 ゆっくりと稜線を指さした。

 そこは太陽が沈んだばかりだった。


「陽は落ちたぜ。

 お前はもうここで夜を明かすしかねえ……。

 時間稼ぎとしちゃあ、十分だろう――」


「……………ッ」


 思わず歯噛みする。

 この消耗で夜道は急げない。夜で様変わりした山道では迷う危険性も高い。

 部下たちも着いてこれまい。この休まらぬ山中で、足を止めざるを得ないのだ。


「手下どもは、もう逃げちまったがなあ。

 てめえらが休んでたら、夜襲の挨拶には戻ってくるかもなあ。へへへ。

 ゆっくり休んで、回復なんざさせてやらねえよ……」


「黙れ」


 呪詛じゅそのような言葉を、これ以上聞いてはいられなかった。


「へへへ、もう口ぐらいしか動かねえんだ。最後におしゃべりくらいさせろや。

 なあ、バルドーの爺は生きてるんだろ? 俺の最期を伝えてくれよ。

 爺とは違って、気取った皇子のツラをしっかり歪ませてやったってよお!」


 その通りだった。

 バルドー程の武勇があったわけでもない。

 ロウガの戦法は滅茶苦茶だった。

 だが、それ故に手早く決着を付けられなかった。

 フェルクの本来の戦法は間合いと隙を見切った必殺剣。

 しかし、死に物狂いなぞ予測不能だ。

 その結果が、山中での時間の浪費だ。

 夜襲を警戒し、東の空を憂い、不安なまま夜を越すしかない。

 総大将の時を奪い、心身を消耗させる役割は存分に果たされてしまった。

 

 言いたいことを言ったからか、いつのまにかロウガは事切れていた。


 陽が落ちた山間は随分と静かだった。

 重い足取りで崖に立ち、必要最低限の魔力で一人用の通路を作る。

 部下たちと合流し、損耗の確認と野営の準備を指示する。

 

 山岳の武装勢力を撃退したというのに、気分は全く晴れなかった。

 こんなときに場を和ませるダグラスもここにはいない。

 もう冬も近い。

 ながく、冷たい夜になりそうだった。


「我々が交代で見張ります。

 殿下は休養に専念してください。

 そして、明朝には我々を置いて東に向かって下され」


「よい判断だ。任せた」


 やはり帝国の兵は頼りになる。

 必要なことをちゃんと分かっている。

 してやられたことを悔やんでも仕方ない。

 山岳の危機は去ったのだ。

 あとは早く東に向かわねば――。

 

 どうせ道中は長い。嫌でも考える時間ならある。

 明日に即座に動くために、早く仮眠を取ろう。

 フェルクは重い身体を動かし、野営の準備に加わった。

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