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第16話 風雲、急を告ぐ

 帝国の軍議室は、既に南方対策室へと様変わりしていた。

 大きな地図には種々の目印が置かれ、現時点で判明した情報の走り書きが貼り付けられている。


 フェルクは厳しい表情でヴァスケルの報告を聴いていた。


「南方から続々と兵糧と武具の買い付けが増えているとの情報じゃ。

 たずねれば冬支度などとうそぶくが、戦支度に間違いないでしょうな。

 冬が来る前に南方が大きく仕掛けてくるじゃろう。

 我々も軍備を急がねばなるまいて」


「里の対応は縮小だ。軍備に充てよ」とフェルクが号令し、側近たちは「承知!」と慌ただしく応じた。


 老将グスタフが歩み出る。


「衝突は東の平野部と見て、よろしいでしょうな?」


 ダグラスが応じる。


「これだけの規模です。大軍で東に仕掛けてくると見て、間違いないでしょう」


「ならば、予備兵を南東の砦に詰めさせるとしましょう」


 フェルクは頷き、同意を示した。

 こうなれば、フェルクも出撃しないわけにはいかない。

 各員の準備を指示し、この場を解散しようとした――そのときだった。


 軍議室の扉が激しく叩かれた。

 先日の報告よりも切迫した、有無を言わさぬ叩き方だった。


「入れ」


 伝令兵が駆け込んでくる。

 膝をつき、息を整える暇さえ惜しむように顔を上げた。


「殿下、南方より布告が届きました!」


「布告ですと!?」


 ダグラスが驚きに声を大きくする。


 伝令兵は封書を掲げた。

 南方諸侯の印がいくつも押されている。

 だが、中央に記された紋章は見慣れないものだった。


 緑の風を模した印。

 見知らぬシンボルに、胸の奥がざわつく。


「読め」


「はっ」


 伝令兵は封を解き、読み上げる。


「南部諸侯は、帝国によるバルドーの里への不当な侵略を看過せず。

 冷血皇子フェルクによる生きたままの支配を、南部全土への侵略の先触れとみなす。

 我らはここに、南部の自由と尊厳を守るため、帝国への反攻を宣言する」


 軍議室の空気が色めき立つ。

 堂々の反攻宣言。開戦はもはや目前である。


 『生きたままの支配』への非難か……。

 南方の動きは確実に早まっている。

 殲滅でなく支配を選んだことが、かえって警戒を強めてしまったのか。

 むしろ狡猾こうかつなやり口と恐れられ、南方の団結の誘因となってしまったのか。


 伝令を見やれば、まだ続きがあるようだ。

 促すと、その手を震わせながら読み上げる。


「この反攻の旗印はたじるしとして、ディオゼ・グランヴェルの娘、ルーシェ・グランヴェルが立つ。

 ルシアナの遺志を継ぎ、南部に新たなる風を吹かせる者。

 人々はの者の名を――翠風すいふうのルーシェと呼ぶ」


「旗印……だと……!」


 もはや自分は平静を保てず、動揺が声として漏れた。

 

 原作の南方の旗印は《《グレン》》だった。

 そして、グレンは今、帝国の手中にある。

 南方が旗印を掲げて強く結集する未来は防いだはずだった。


 だが、《《ルーシェ》》、ルーシェだと?

 その名には覚えがある。ディオゼの娘という出自も同じだ。

 自分はこの娘を原作ゲームの中で知っている。

 

 まず、ディオゼは南方の最大都市の領主だ。グレンの良き兄貴分となる。

 そこに逃げ込んだグレンが見出され、旗印として担ぎあげられる。

 そしてグレンたちはルーシェと知り合い、ともに戦うようになる。

 ルーシェはグレンたちの一歩後ろからついて来る立ち位置の魔法使いだ。

 序盤から仲間になる希少な魔法使いで健気な少女となれば、愛用するプレイヤーも多かった。

 その二つ名は『風のルーシェ』。主人公らを支え、戦場に花を添えていた。


 しかし、『翠風のルーシェ』だと……。

 もはや自らが戦場に咲き誇る華となっている。

 グレンの代わりに、その役割を埋めるように別の者が立ったというのか。

 自分の改変が秘められた才を開花させてしまったというのか。


 『ノルスヴェイン・サーガ』の始まりは阻止したはずだった。

 だが、物語の激動は形を変えて、自分を襲い来るというのか――。


「殿下……!」


 黙り込む自分に、ダグラスが気遣わしげに声をかけた。

 自分が――フェルクが総指揮なのだ。俺が動揺していては、軍が成り立たなくなる。

 強張る表情を引き上げ見渡せば、――伝令はもう一つ、黒い紐で封じられた小筒を抱えている。


「儂の手の者からの情報もあるようじゃな」


 ヴァスケルが受け取り素早く目を通し、――その眉間の皺をはっきりと深くした。


「……二方面じゃ」


 ヴァスケルは大地図に歩み寄り、西の山岳部に敵軍を示す駒を置いた。


「南方より西の山岳に向かう武装勢力あり。

 規模は大きくありませぬが、山道に慣れた荒武者どもですじゃ。率いる男の名は不明。

 ただ、南方ではバルドーのふるい門下筋が動いたとの噂もあり、西の部隊と関わりがあるやもしれませぬ」


「二方面……、バルドーの旧い弟子……?!」


 旗印を立てて、二方面作戦を展開――。

 この軍略を知っている。間違いなくユキウスによるものだ。

 原作で南方軍を勝利に導いた軍師ユキウス。

 既に奴も結託して動いているというのか――。


 ならば、西の山岳軍も決して陽動や囮などといった生ぬるいものではない。

 放置すれば帝国の喉元を食いちぎろうとする野獣のたぐいだ。

 

 そして、バルドーの旧い弟子……。

 バルドーを捕らえたことで、かつての弟子が奮起したということか。

 また自分の改変が、別の者を立ち上がらせたということなのか――。


 どうすれば、どうすればこの同時侵攻を防げるか。

 かつて自分がプレイヤーだったとき、フェルクはどちらの戦場に現れたか――。


「通常の軍では間に合わない。俺が西の山岳に行く。

 俺なら防げる。山道に耐えうる精鋭だけを寄越せ」


「殿下が、自ら――」


 自分の決断に、ダグラスが歯噛みする。

 ダグラスは日頃からフェルクが先頭に立つことに申し訳なさを感じている。

 だが、今はこうせざるを得ない。こうするしかない。


 ――原作でもそうだった。

 あのときもフェルクは西の山岳に現れた。

 だから、グレンを旗印とした南方軍は東の平野部での初陣にて勝利を収めた。

 まさか今回も、南方軍の初陣で勝利を譲ることになるのか――。


「東はお任せください、殿下。このグスタフ・ゴロヴィンが必ずや南方軍を撃退しましょう」


 拳を胸に当て、グスタフが力強く宣言する。

 頼もしい。実に頼もしい百戦錬磨の将だ。

 そうだ、グスタフがいる。ダグラスも残していく。

 大軍同士の正面衝突なら帝国の勝利は揺るがない。

 兵と武器と、そして将の指揮に優れる帝国が勝つ。 


 原作とは違う。今回はバルドーの里での損耗も皆無だ。

 南方が準備する期間も短かった。


 ルーシェとて急な代役に過ぎない。

 確かに自分の改変により原作の英雄陣営は新生したのかもしれない。

 だが、英雄の旗印など誰にでもなれるものではない。

 ルーシェが真の英雄であるかは、この初陣が終わらなければ分からない。

 原作とは状況が違う。南方軍の勝利は確定していない。


 だが、この胸騒ぎは何だ。

 自分は、勝利のために最適な采配を選択しているはずだ。

 しかし、本当にそうなのか。ユキウスに選ばされているだけでないのか。

 ユキウスはどこまで帝国を読んで、その裏をかく準備をしているというのだ――。


「情報収集を怠るな。この策謀、背後に軍師がいる。その正体を暴け。

 南方領主のディオゼと、裏組織のキーグが結託しているはずだ。

 表だけでなく裏の動きにも用心しろ」


「殿下、そこまでお見通しで……」


 もはや原作の知識の出し惜しみをしている場合ではなかった。

 既に南方には役者が、――英雄が揃いつつある。

 最大限の注意を呼びかけても、既に足りない状況だ。


「各々の持ち場に向かえ! 南方軍を迎撃する!」


 風雲は急を告げている。

 冬が訪れる前に、南方の反攻を食い止める。

 新たなる風が吹くというなら、俺はその前に立ちはだかるまでだ。

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