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第14話 最善の下策

 ユキウスの屋敷での会談は白熱していた。


「フェルクに勝てなくても、勝負には勝てます。その方法をこれから伝授します――」


 地図を囲み、南部の勇士たちは真剣な眼差しを投げかける。

 そして、ユキウスはこまの配置を指し示した。


 最北の帝都には、大きな青い駒が君臨している。

 そして、現在地であるユキウスの街には、緑と赤と灰色の駒がある。


「帝国と南部の境界は、おおよそ3つに分かれます。

 山岳部の西、丘と森の中央、平野部の東。

 西は地形的に難しく、中央はバルドーの里を抑えられて封じられた。

 真っ当に攻めるなら、東からとなるでしょう」


 そして、ユキウスは3つの駒を東の平原へと向かわせる。


「確かに攻めるなら東しかないか」


 順当な説明に、ディオゼは頷きながら同意を示す。


「しかし、大規模に軍を動かせば、たちまちに情報が知れ渡ります。

 暗部を通じて帝都に南部軍の動きが伝わり、フェルクが応戦するでしょう」


 バルドーの里に置いていた黒い駒が、東の平原と北の帝都を行き来する。

 そして、帝都から青い駒が平原に乗り出すと、緑・赤・灰の駒はすべて倒されてしまった。


「これでは全滅です。南部軍は勝てません」


 キーグが大きな手で顔を覆う。


「おいおい、負けちまったじゃねえか」 


 ロウガが焦れたように、声を荒げる。


「あーもう、じゃあどうすりゃいいんだよ!」


 野次を気にすることなく、ユキウスはロウガに目くばせをしながら、赤い駒を手に取る。


「そこでロウガ、貴方の出番です。

 貴方には西の山岳から参戦してもらいます。

 貴方が日頃率いる屈強な荒くれ、コホン、傭兵部隊であれば、山道も抜けられるでしょう」


 赤い駒は西の山道をトントンと快調に進んでいく。


「おっしゃあ! これで俺の大活躍で、帝国を倒せるわけだな!」


「いいえ、それを許す帝国ではありません」


 平原にあった青い駒が、今度は西の山道に立ちはだかる。


「山道から帝国の喉元に食いつかれては困りますからね。

 進軍を察知したのなら、確実に対策をしてくることでしょう。しかし――」


 ユキウスは地図から顔を上げ、3人に訴えかけた。


「これで東の平原は、《《フェルクのいない戦場》》となります。

 これにより初めて南部に勝ちの可能性が生まれるのです」


 ユキウスは初めて南部の勝利の目を口にした。

 しかし、3人の表情は固い。楽観できる状況ではないことを、誰もが分かっているからだ。


 今度はディオゼが地図の外から、黄色い駒を取り出して帝国寄りの平原に置いた。


「仮にフェルクを西におびき寄せられたとして、帝国の将軍は一人だけじゃあない。

 有力武将が平原に大軍を率いてくるだろう。楽な戦いにはならないよな」


「その通りです」と、ユキウスは声を低くして頷く。


「それによぉ」と、キーグが西の赤い駒と青い駒をぶつけ合わせる。


「……これだとロウガとフェルクが対決すんだろ? どうなるんだよ?」


「死ぬでしょうね。相手がフェルクなら、敗走する隙すら無く全滅です」


 ユキウスはあっさりと平坦な調子で打ち明けた。


 ディオゼとキーグが神妙な様子で、ロウガの表情を伺う。

 無頼漢ぶらいかんを自負するロウガも、さすがに黙り込んでいる。


「……俺はフェルクには勝てねえか」と、ロウガがつぶやけば――。


「あなたはバルドーに勝てましたか?」と、ユキウスが淡々と返す。


「爺には負けねえよ!ってハッタリなら言えるがな。

 フェルクみたいに涼しい顔して勝てるとは言えねえな。

 強がれる実力差ではねえな……」


「……………」


 さすがのユキウスも言葉を続けられない。執務室に嫌な沈黙が降りる。

 犠牲を前提とした策が投げかけられた。

 その策の是非を決められるのは、死地に飛び込む本人――ロウガだけだった。


「だがよ、こうするしか勝ち目は拾えねえんだな?」


「私の力不足で、この下策でしか活路を見出せませんでした」


 ロウガは顔を上げ、両の拳を付き合わせて打ち鳴らし、言い放った。


「なら、いいぜ! 爺は散ることすらできなかった!

 だがよ、俺は派手に散って、帝国に泡を吹かせることができんだ!

 そしたらよ、爺は悔しがるに違いないぜ!

 俺は命を賭けて、フェルクのスカした顔をぶち壊せるんだからよ!」


 痛快な覚悟だった。明るく己の死を笑い飛ばしている。


「貴方が決死で作る好機を、無駄にはしません」


 ユキウスはロウガに深く頭を下げた。

 ロウガはしっしっと手を振り、やめろと照れ臭そうに合図する。


「ほらほら、俺がフェルクを引き付けたとして、本番は東なんだろ!

 そっちの話もしやがれよ!」


「はい……、状況を続けましょう」


 咳ばらいをして、ユキウスは緑の駒を手に取って、黄色の駒とぶつける。


「ディオゼ殿が懸念するとおり、帝国は大国です。

 フェルクほどではないにせよ、東にも有力な将を送ってくるでしょう。

 そして帝国は強い。フェルク抜きでも、まともに戦えば、こちらが不利です」


「それはそうか……」とディオゼは腕組みをして息を吐く。


「そこで、キーグ殿。貴方には全力で働いてもらいます」


 ユキウスの掴んだ灰色の駒が、平野のあちこちを動き回る。


「嫌がらせ、陽動、罠、誤情報、輸送路遮断……、ありとあらゆる妨害をしかけてください。

 やればやるほど、正攻法で来るであろう帝国の軍は消耗するでしょう」


「ハンッ! 得意分野だぜ! 奇襲戦なら任しときな!」


「はい。そこで消耗した帝国軍を、本命のディオゼ殿、あなたが撃破する、これが作戦の要となります」


「なるほどな。となると、俺は真っ向勝負するしかねえかな?

 そうなりゃあ数と質のぶつかり合いになってしまうが……」


「策は、一つだけあります。

 これが成れば、大幅に兵の数と士気が上がります」


 一拍を置いて、ユキウスは続けた。


「帝国にあって、南部にないもの。

 それはフェルクという存在です。

 フェルクは最強の武将であると同時に、最高の軍事的象徴でもあります。

 皇族にして眉目秀麗、武勇と才知を併せ持つ。彼に任せれば、どんな戦いも負けない。

 帝国はフェルクが先に立つからこそ、高い士気を保ち、兵たちも我先にと続く」


 ユキウスは恨みがましいように、青く大きな駒を指で上から叩く。


「フェルクの強さを、我々が手に入れることはできません。

 ですが、象徴的存在、旗印はたじるしであれば、今からでも用意ができます。

 戦場の華となり、南部の機運を高める存在。新しい星が我々には必要なのです」


 ディオゼは腕組みをして、表情を険しくする。


「………心当たりがあるって顔だな。誰を担ぎたいと思ってるんだ?」


「ディオゼ殿のお嬢、ルーシェ様なら、旗頭はたがしらとしての資質が十二分と考えます」


「そうくるか――」


 ディオゼは髪をかき上げ、苦い表情で口を歪める。


「ルーシェの嬢ちゃんねぇ……」と、キーグは納得したように息をつく。


「帝国との戦で母を亡くした、若き風魔法使いの少女が立つ――ってか……。

 吟遊詩人どもが好きそうな筋書きだ。売れそうな看板になりやがるな」


「俺の娘が見世物扱いかよ。さらに弓矢の格好の標的マトにもなるじゃねえか。

 下策もいいところだな! 下策に下策を重ねないと、帝国には勝てないってことかよ!」


「はい……」


 ユキウスは静かな声で、迷わずに答えた。


「これが私の出せる最善の下策となります」


 思い悩みながら、ディオゼはロウガに目をやった。

 死地に赴けと言われたのに、涼し気な表情をしている。

 いや、涼しいわけもあるまい。

 己の役目を受け入れた、そういう時、人は何もかも平気そうな顔をするのだ。


 ロウガに比べれば、ディオゼの戦場はまだマシなのだろう。

 しかし、娘を戦場に出したがる親などいるものか。

 妻と同じように娘まで失ったら、ディオゼは死んでも死にきれない。

 だが、その策が効果的であるのも分かる。

 日頃、民衆を統治してきた領主としての経験が――手応えのある策だと判断している。

 それだけに一蹴もできない。

 さらにユキウスはディオゼの事情を知り尽くした上でこの案を出している。

 同じルシアナの影を背負った男の捻りだした、最善の下策なのだ。

 当然に、俺が嫌がることも、躊躇ためらうことも知っていながら、これしかないから打ち明けたのだ。

 これ以外の手段を考え尽くした上での、本当に勝つために捻りだした最悪の提案なのだろう。


「……ルーシェはもう17歳になる。

 自分の生き方を、自分で決められる歳だ。

 どうしたいかは、あいつにきいてみるさ」


「よろしくお願いします」


 沈痛な空気のままで、ユキウスの館での会談は終わることとなった。


 ディオゼには予感があった。

 今、決断を先送りしたとしても、帝国の侵攻は迫ってくるだろう。

 そのときにきっとルーシェは立ち上がるのだろう。

 ルシアナの面影を背負ったルーシェなら、きっと立ち上がらずにはいられない。

 時期が早いか、遅いか、それだけの話なのだ。

 親《俺》が何を思おうが、ルーシェの心に吹きすさぶ風を止めることはできない。


 それでも――。


「なあ、ルシアナ。お前はどうしたらいいと思う……」


 ディオゼは空の彼方かなたに問わずにはいられなかった。

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