第13話 雌伏には早く
軍議室には、フェルクの側近が揃っていた。
武門長ダグラス、内政長レノリタ、諜報長ヴァスケル。
そして、そこにもう一人、普段は声をかけない人物を招集していた。
白髪交じりの整えられた頭髪と、几帳面な顎鬚。
広い肩幅で悠然と腰掛け、胸元のいくつもの勲章が歴戦を物語る。
帝国屈指の老将、グスタフ・ゴロヴィンである。
軍議はそれぞれの部署の現状報告から始められた。
「門下生たちですが、一通りの適性検査が終わり、軍の末端で働かせています。
反抗的な態度もほぼなく、あとは見習い兵に近い形で慣らせば、問題なく馴染むと考えられます」
「突出した者はいるか」
「はい。まずは治癒院に抜擢したリセア。院長の評判も良く、早くも院の主力に比肩しつつあります。
次にグレン。書類仕事はからっきしですが、身体を使った任務、集団行動において高い適性があります」
「ふむ……」
グレンとリセア。この世界で主人公となる可能性は潰したが、優れた才能はそのままだ。
帝国の保護下でどこまで成長するかは不透明だが、育てておくに越したことはないだろう。
本来の原作であれば最強格まで伸びる戦力だ。帝国のために使えれば理想的には違いあるまい。
「各人の能力に応じ、任務の強度を引き上げ続けろ。
余すことなく、その力を発揮させよ」
「御意に」
ダグラスの順当な報告が終わり、視線でレノリタに報告を促す。
「里の運営は順調です。門下生の穴は新兵を充てさせています。
バルドーが領主代行として続任しているため、住民は変わりなく過ごしています。
行商の売買の帳面は付けさせていますが、流通に過不足も不審もない模様です。
あとは移住希望者さえ集まれば、新兵と交代させ、耕作地の開拓を安定化できるでしょう」
「そうか。もうすぐ冬だ。寒村から希望者も集まろう。
十分な数が集まれば、春先には滞りなく移送と住居の手配をせよ」
「仰せの通りに」
続いて、ヴァスケルからの報告である。
「レノリタのいう通り、里に反抗の兆しはありませぬ。
バルドーと門下生の件が効いておるのじゃろう」
ヴァスケルは頷きつつ、続ける。
「今回の制圧にかかる南方の反応であるが、驚きや恐れの反応が多数のようじゃ。
バルドーを倒したというのは、南方の者たちにはやはり衝撃が大きいようじゃな。
いつもなら奪えば即座に反撃の話も持ち上がるところじゃが、今のところ報告はないのぉ」
「なるほど」
これも予想通りだ。里を制圧したのだから、住民がそのままなら南方は容易に攻められない。
仮に報復があるとしても、準備には時間を要することだろう。
グレンが逃げ延びることもなく、難民も発生しなかったのだから、南方の奮起は見込みづらい。
少なくとも冬が終わるまでは、お互いに雌伏のときを過ごすことになるだろう。
ここまでは現状の確認、ここからが本題である。
「バルドーの里の制圧作戦は成功し、事後処理も順調である。
そこで俺はグスタフに帝国の守りと軍の統括を任せ、諸所の確認に赴きたい」
宣言すると、前以て伝えていたグスタフ以外は驚いた反応を返す。
「殿下が、帝都を離れられるのですか!
それも自ら、いずこに確認に出向かれると!?」
最も動揺しているのは、ダグラスだった。
急に指揮系統が変わるのだから、一番影響が大きいのはダグラスになる。
今までこのように言い出したこともなかった。その反応も当然だろう。
とはいえ、どう説明したものかな。
これまでは原作の開始を防ぐために注力してきたが、その危機は落ち着いたと見える。
となれば、次の喫緊の課題はイヴェリの治療である。
陽光の聖女となるリセアは確保したものの、他にも有力なヒーラー候補は各所にいる。
また、治癒術師に限らずとも、原作で本来、グレンら英雄陣営が引き入れる人材を先んじて確保できれば、帝国の盤石化に貢献する。
放置して南部に合流されたら、それこそ英雄陣営が再現され、冷血皇子の討伐ルートが始動しかねない。
一つ一つの破滅の芽を予防的に摘んでいく段階に移行できるのだ。
しかし、ゲーム知識を元に前触れなく『あちらに良い人材がいるから、交渉に行ってくるわ』と言ったら、予知能力者かと怪しまれる。
情報をつい最近仕入れたかのように振る舞って、妙な憶測を呼ばないようにしなくてはならない。
加えて、イヴェリを治すというのは半ば私情である。こうした軍議の場で持ち出すべき課題ではない。
「在野の良い人材の話をいくつか耳にした。要職への登用に関わる故、自ら精査したい」
「ほほぅ! 結構なことですじゃ! 里が安定したら、我らもぜひ協力させてくだされ!」
ヴァスケルの目が光る。自分のその場凌ぎの言い訳を見抜いてなければいいのだがと、冷汗が出そうになる。
まぁ情報収集や調略は、本来は諜報部門の得意分野だ。状況が安定すれば、頼ることもあるだろう。
ヴァスケルの鋭い視線から逃れるように、グスタフに「任せるぞ」という目線で頷きを送る。
「ご安心を、殿下。私が必ずや帝国を守りましょう」
重い声で、グスタフは大任を承った。
古くより帝国に仕える名門の貴族で、数々の卓越した戦績を持つ武将である。
堅実に帝国の守護を全うすることであろう。
「ところで、殿下。先の話にはなりましょうが、仮に南方が兵を挙げるとして、――どこを衝くととお考えですかな」
グスタフは身を乗り出し、大きな地図を指し示し、こちらの考えを問うた。
改めて地図を確認し、すぐさま右の方面を指し示した。
「東の平野だ。我が軍と南方軍の衝突の大半はここに終始している」
帝国と南方の国境は、大きく分ければ3つの地域から成る。
1つ目は西の山岳地帯。荒涼とした険しい山道を抜ければ、帝国に繋がる道に辿り着く。
2つ目は中央の丘陵地帯。西寄りはなだらかであるが斜面が続き、木々で鬱蒼としている。バルドーの里はここに位置する。
3つ目は東の平野部。街道が敷かれ、村落が点在しており、商人の行き来も盛んである。
西の山岳はそもそもの行軍が困難である。大軍で押し寄せられるような地形ではない。
中央の丘陵については、今回はバルドーの里を抑えている。ここに攻め入ることは考えづらい。
となれば、人馬の往来に適した東側が、南方の反撃の唯一の活路となり得るだろう。
「私も同じ考えです。そして平野部は大軍を展開しやすい地形となります。
武具と兵の質に勝る帝国が布陣すれば、王道の戦略を以って南方軍を圧倒できましょう」
グスタフの構えは手堅い。
お互いに大軍を布陣できるのであれば、寄せ集めの南方軍よりも精強な帝国軍が勝る。
そして、軍の組織だった運用は帝国に分がある。
開けた地形では、互いに真っ向勝負とならざるを得ない。
そのぶつかり合いであれば、帝国が勝つだろう。
歴戦の将であるグスタフが、正規の布陣による勝負で引けを取ることはない。
安心して帝国の守りを任せられる。
「然り。平野部での衝突を想定し、軍備に励め」
「承知いたしました。殿下のご期待に沿いましょう」
これで帝国を安泰とする体制は整えられた。
破滅回避に向けて、今度は守りから攻めに転じることができるだろう。
そして軍議を終えようとしたところで、――軍議室の扉が叩かれた。
控えめではある。
しかし、性急さも感じられる叩き方だった。
「入れ」
現れたのは、伝令兵である。
その手には、黒い紐で封じられた小筒が握られていた。
ヴァスケルの目がすっと細められる。
「……儂の配下からか」
「はっ。南方商路の監視役より、至急と」
伝令兵は膝をつき、報告を読み上げる。
「南方諸都市にて、兵糧の買い付けが急増。干し肉、麦、塩、馬の飼葉、矢羽根の流れに異常あり。
また、キーグ配下と思われる商人が、複数の街道筋から姿を消し始めているとのこと」
軍議室の空気に緊張が走る。
グスタフが低く唸った。
「南方は兵を出すつもりのようですな」
ヴァスケルも神妙に頷いた。
「やはり、ただ驚いておるだけではなかったのう」
自分は地図の南方国境に視線を落とす。
盤面は落ち着いたはずだったのに。
なぜ南方はこうも早く動くのか。
原作で南部結集の旗印となるグレンは手元で確保している。
それなのに、なぜ反攻の機運が即座に立ち上がっているのか。
これではかえって、原作よりも早く南部の反撃の狼煙が上がることとなる。
先の伝令は、キーグの名を挙げていた。
――キーグ。
南方の裏社会の親玉だ。
原作でも英雄陣営に裏方として協力し、物資や人員の調達に暗躍する。
確かに奴が今回の帝国の制圧を危険視して鋭敏に反応したなら、この動きもあり得るか……。
しかし、そうだとしても早すぎる。
まだ情報が少なすぎる。一体、南方で何が起こっているというのか。
盤面は決して安定していなかった。破滅を回避したと安心するには気が早いと、風が告げているようだった。




