第12話 吹雪と軍略
「見えてきたぜ、ユキウスの街が」
「うへぇ、相変わらず定規で測ったかのように整ってやがる。
俺がここに住んだら、頭がおかしくなっちまいそうだ」
小高い丘から、縦横にきっちりと区分けされた街を見下ろした。
ここを南部で最も頭脳の切れる能吏、ユキウスが治めている。
人で賑わう書店、ベンチで勉学を語らう少年少女、あちこちの広場の青空教室などなど。
半ば学術都市めいたその異様を見て、キーグは領主の館に着く前からぐったりしていた。
「早く館に帰って、賽を転がしながら酒を呑みたい」
キーグの嘆きを笑い飛ばしているうちに、ユキウスの住まう領主館に着いたのだった。
家令に取次ぎを頼むと、そのまま領主の執務室へと通された。
そこには大きく地図が開かれ、この辺り一帯を俯瞰できる。
ご丁寧に帝都、バルドーの里、ユキウスの街、ディオゼの都市に目印が置かれていた。
横にはいくつかの駒が並べられ、さも軍議をする準備は万全かのように整えられていた。
「ディオゼ殿、来ると思っていました。
貴方が立たないのなら、貴方を盤面に立たせる策を仕込もうと考えていたところでしたよ」
奥から、線の細く、肩まで髪を伸ばした学者肌の男が、立ち上がり歩み寄ってくる。
押せば倒れそうな痩せた体躯であるものの、その瞳には意思の光が強く宿っていた。
「俺がここで立たないわけがないだろう。お前が一番よく分かっているはずだ」
「ええ、分かっています。ですから、貴方の軍を前提に、策を考えておりました」
キーグは胡散臭いものを見るように、ディオゼとユキウスの顔を見比べる。
「おいおいおい、出会って急に二人の世界を作るなよ。
あんたは女遊びだけじゃなく、この優男ともデキてるってことかよ……。
ご領主様は器がでけえんだなぁ……」
キーグが間抜けに口を開けていると、ユキウスはくつくつと笑い出す。
「ハハハハハ、どうやら説明が必要のようですね。
とはいっても、面白い話じゃありません。
ただ単に私がディオゼ殿の奥方を《《殺した》》。それだけの話です」
「……マジかよ」と、さすがのキーグも言葉に詰まる。
「おいおいおい、そいつは語弊があるだろ!
あれは確かにお前の献策だった。だけど、不幸な事故でルシアナは死んじまった。
たまたまお前の策が外れちまった。それだけの話だ。
お前が責任を感じる必要はないって何度も言っているだろう!」
「そう……ですね。貴方はそう言ってくれます。
私だって悔やんでも仕方ないと理解はしています。
ですけれどもね……」
ユキウスは振り返り、部屋の書棚を見渡しながら言葉を続ける。
「あのときの失敗があったから、私は執念深くここまで軍学を修めた。
そして、その成果を発揮すべきときが今である、そう思っているのですよ」
「ユキウス……お前……」
「フフ、私が珍しく感情的な話をしてしまいましたね。
ですが、ディオゼ殿、キーグ殿、私が勝ちたい気持ちは本気であることを理解してください。
これから私は勝つために手段を選ばない、人を人とも思わない策を出すでしょう。
しかし、根本にはあの日の無念を晴らす念願があることだけは誤解なく知っておいてほしいのです」
「ああ、分かったぜ! 早速お前の策を聴かせてもらおう!」
「ええ。ですが、策を立てる前に、現状の説明をするとします」
ユキウスは地図の前に立ち、指揮棒を手に取ると指さし始めた。
「今、バルドーの里は占拠されています。
恐らくは帝都暗部のヴァスケルを中心に、初期の監視と統制を強めている最中でしょう」
「おお、ヴァスケルのことまで知ってるのか。裏社会でなくても知ってるやつがいるんだなぁ」
「ヴァスケルを始めとした暗部が優秀ですから、帝国は正確に兵を動かす情報を得ています。
私たちはそれを前提として、策を立てていかなくてはなりません。ですが――」
ユキウスは黒い駒を手に取ると、バルドーの里に置いた。
「今の暗部は占領したばかりのバルドーの里の安定に注力せざるを得ません。
この隙を突かない手はありません。
時間が経てば経つほど、里は帝国に取り込まれ、暗部は元の任務に戻ります。
最初に仕掛けるなら、今が絶好の機会なのです」
「おう、確かにそれはそうだな。だがよ、どこにどう仕掛けるって言うんだい?
真正直に里を取り返そうとしたら、それこそ里の民が盾にされちまうぜ。
それに帝国の暗部だって、全員がバルドーの里に夢中なわけもねえ。
数は減っても、いつもどおり情報収集にあたってる連中もいるだろうよ。
少しは攪乱しやすいだろうが、まともにどこかを攻めても、迎撃くらいは普通にされるだろうぜ」
「そうでしょうね。そして、今の帝国の総大将、第三皇子フェルクは強い。
まともに戦うべき相手ではありません」
ディオゼは帝都に置かれた青く大きな駒を突きながらボヤく。
「そこだよな。あのバルドー老師を圧倒するような相手だ。
どうにかして倒す方法はないもんかね」
「それが倒せないから問題なのです。フェルクが出てきた戦場は我々の負けです。
過去の小競り合いの話を統合しても、あの男は正しく災害です。
荒れる吹雪が人間の形を取っているだけ。
そう考えた方が的確でしょう」
「おいおいおい、そこまでかよ。
冷血皇子の武勇を讃える歌は、帝都に行った商人がそこらで聞いてるがよ、ああいうのは脚色されたもんだろ?」
「そうですね。確かに敵国の将の強さを実際に知ることは難しい。
ですが、バルドー老師の武勇なら知っているでしょう。
10年前の100人組み手の話。南部で知らないものはいないでしょう。
10年分老いたとはいえ、弟子を取り鍛錬を欠かさなかった老師を一蹴したのです。
バルドー以上の勇将を用意しなければ、打ち合いにすらならないのは確かでしょう。
そのような剛の者、果たして南部にいましたかね?」
バルドーの100人組み手、有名な逸話である。
バルドーが里を拓くと言ったとき、多くの志願者が集まった。
それを選別するために、バルドーは100人連続で組み手を行い、誰もを圧倒してみせたのだった。
結局、バルドーはその中でも骨のあるものを選び、道場の最初のメンバーとしたのだった。
里に落ち着いてからは、孤児をはじめとした少年少女も受け入れたものの、開拓メンバーは選りすぐりだったのだ。
ユキウスに強者を問われ、ディオゼとキーグはお互いの顔を見合わせた。
しかし、二人とも知らねえよと言わんばかりに、どちらともなく両手を広げたのだった。
「そうです。だから、《《フェルクのいない戦場》》を作るのです。
そのためには――」
コンコンと、硬質なノックの音がした。
ユキウスが核心を突こうとした教鞭は遮られた。
「なんだよ、こんなときに」とキーグは禿げ頭に手をやるが、ユキウスは微笑んでいた。
「いいえ、ここに必要な来客ですよ。さあ入りなさい!」
家令に伴われ、荒々しい大男が姿を現した。
品のあるこの部屋には似合わぬ無精ひげの男。
常に荒事ばかりをしているように、古傷の跡が腕のあちこちにある。
山賊の長だと紹介されたら、誰もが納得しそうな風貌の男。
大男は胸を張り、ユキウスを見下ろした。
「来てやったぞ! ユキウス!!
バルドーの爺を倒したやつを、俺に倒させろ!」
男の威勢の良さに、ユキウスは苦笑した。
「紹介しましょう。彼は100人目の男、ロウガ。
バルドーの組み手を中断させた、私の策に必要な剛の者です」
「弟子入りのときの話の紹介は好かねえよ。
だって、俺は爺に破門された男だぜ。
俺のことはただのロウガでいい」
キーグはその逞しい姿に目をしばたかせる。
「ははあ、こいつは確かに強そうだがよぉ。
こいつならフェルクに勝てるのかい?」
ユキウスは微笑みながら断言する。
「いいえ、勝てませんよ」
ディオゼはガクリと肩を落とす。
「って、勝てないのかよ! じゃあどうすんだよ!!」
「フェルクに勝てなくても、勝負には勝てます。その方法をこれから伝授します――」
南部の勇士たちが次第に集まっていく。
ユキウスの地図の上にて、酒場の奥での燻りは静かにその熱を増していくのだった。




