表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
11/24

第11話 酒場の奥で燻る

 仕立ての良い派手なマントを纏った大柄な男が、市場を闊歩していた。


 喧騒に満ちて、あちこちから肉と香辛料の良い匂いが漂っている。

 ここは南部でも随一の露店街なのだ。

 用事が終わったら買い食いでもして帰るか、そう思いつつ歩みを進める。

 問題は今から会う男があまりにも物騒なので、飯が不味くならないか不安なことだが――。


 年季を経た酒場に入り、マスターに合図をすると、目当ての男は既に来ているようだった。

 戸棚の奥の隠し扉に通されると、そこでは剃り上げた頭に傷跡を走らせた、凶悪な面構えの男が酒とつまみに手をつけていた。

 どこからどう見てもその筋の者なのだが、実際にその筋の、さらにその頂点のボスがこの男である。


「久しいな、キーグ。相変わらずの凶悪なツラだな」


「おうよ、ディオゼ。てめぇこそ、もう40にもなるのにスカした恰好しやがって。

 ご領主様は相変わらず女を泣かせてやがるのか?」


「ヘッ。俺はそこまで不器用じゃない。

 俺が本気になった女は一人だけだ。

 それを分かってて近付いてくる女を可愛がってるだけだ。

 火遊びになるほどには燃え上がらねえさ」


「ハンッ。相変わらず変なところは律儀な奴だ。

 だからこそ、あんたにしかできねえ相談がある……」


 キーグはからかうような調子を止め、声をさらに低くして本題を切り出した。


「バルドーの爺が倒された」


「なに……、老師が! まだ俺もそんな話は聞いてないぞ!

 一体いつ! 相手は誰だ! いや、なぜ騒ぎにならないんだ……!」


 ディオゼは動揺を隠せない。おどけた調子は消え、いつの間に真顔になっている。


「そこだよ。あんたが驚くような手際、そいつが問題なんだ。

 聞いて驚くだろうが、冷静になって聞けよ。

 なんたって俺らの未来を大きく変えるかどうかの話なんだからな」


 キーグは太い腕を組み、丸い首を顕わにして、深く息をついてから語りだした。


「恐らく1週間前だ。表向きの知らせが出回るにはまだ早え。

 だが、商人の荷と噂はもう俺に届いてんだ。

 門で荷を改められた。かといって、売り買いは変わらねえらしい。

 そんでもって里はさして沈んでもいねえ。

 新しい支配を受け入れちまってるみてえだ」


「どういうことだよ……!」


「相手は帝国。里は綺麗に占領されてやがる。

 腹に包帯を巻いているが、バルドーの爺は健在だ。

 だから、難民もいねえ。そっくりそのまま帝国に里が吸収されちまったんだ」


「やはり帝国か! だが、今までにないやり方だな……。将は誰なんだ?」


「冷血皇子フェルク。そいつが一騎打ちで爺をくだして占領ってとこだ」


「冷血皇子、その武勇なら音に聞いているが。老師を圧倒……ってか……。

 いくら老いたとはいえ、あの英雄バルドーが……」


 ディオゼは驚きを隠せなかった。

 これまでも北の帝国と南部諸国は何度もぶつかり合ってきた。

 その度に追い返し、あるいは追い返され、だが地図が塗り変わることはなかった。

 どちらも取られたら黙ってはいないからだ。だが、しかし――。


「なんだって、占領なんて、まわりくどい真似を……。 いつもなら焼き野原にしやがるのに。

 ――いやでも、こうなるとまずいな。

 俺たちが里を取り返そうとすれば、帝国の奴らはきっと……」


「ああ、そのまんま肉の壁にされちまうよ。そしたら手を出せねえ。

 俺もいつもなら商売圏シマを荒らされたら、難民に荒くれ者をブレンドして取り返すんだがな。

 その手が使えねえ。だから、ご領主のあんたに相談しにきたんだ。

 帝国がこのやり口に味を締めて、街を一個一個、順次占領されたら、南部は干上がっちまうぜ。

 手を打たねえとならねえが、うめえやり方が思いつかねえんだ」


「……………」


 ディオゼは考え込みながら、呟いた。


「老師があそこに里をひらくと聞いたときは、帝国に近すぎるとも思ったんだ。

 目の敵にされちまうんじゃないか。いちゃもんをつけられるんじゃないかって。

 それとも最後に帝国に泡を吹かせて、枯れる前に一花咲かせるつもりなのかとも思ってた。

 それがこうも見事に先手を取られて、派手に散ることすらできなくなるとはなぁ……」


「『帝国への反乱を企てる不穏分子を無力化した』と、ご大層に触れまわってるらしいぜ。

 いつものわざとらしい大義名分だが、結果がこうとなりゃあ何だってできちまう。

 欲しい場所に難癖をでっち上げて、そっくり呑み込んじまえばおしめぇだ。

 そんな無茶苦茶を許すあんたじゃあねえだろう?」


 ディオゼは歯噛みしながら断言する。


「当たり前だ! 俺は帝国だけは許せない!!

 俺も領主になって丸くはなったが、そこは譲れねえ!

 おい、キーグ! 裏社会を牛耳るお前なら、どうにかできねえのか!」


「だから、冷静になれって言ってんだろ!

 裏の王の俺様が分かんねえから、こうして南部最有力領主のあんたに頼ってるんじゃねえか。

 そんで、王2人でどうにもならねえとわめく姿を見せれねえから、こんな場所を選んだんだが――」


 キーグは禿げ頭をガシガシといて、酒を煽った。


「行き詰っちまったな。

 じゃあ早いとこ帝国に頭を下げるか? 今なら占領で済ませてくれそうだぞ?」


「できるかよ! あの世で今は亡き妻(ルシアナ)に追い返されちまう!

 ルシアナなら、迷わず槍を取ったはずだ!

 ルーシェにだって、戦わずに縮こまる背中は見せれねえ!」


 キーグは大げさに拍手する。


「その意気だ! 気合は十分じゃねえか! あとはやり方だけだ!

 こうなりゃどっかの智慧者ちえものに頼るしかねえか。

 どっかにいねえか? 俺たちも舌を巻くくらい、えげつねえやつがよぉ」


「そう、だな……」


 ディオゼが考え込むと、即座に一人の男の顔が浮かんだ。

 困った案件の時に呼びつけると、会議の場を凍らせつつ、しかし納得させる優男である。

 奴ならばあるいは、この難問への回答を閃くのかもしれない。


「ユキウスに献策を頼んでみる。そこでもう一度作戦会議だ。

 帝国の好きにはさせねえぞ!」


「おうよ! 俺も力を貸してやらあ!

 まぁ呑めよ。焦っても仕方ねえさ。

 帝国だって里の占領には手間取ってしばらく動けねえさ。

 俺たちはぬかりなく手を運べばいいんだ。そうすりゃあ、きっと目はある。俺の勘だがよ」


 琥珀色の液体がディオゼのグラスに注がれていく。

 今回はやけにキーグが協力的だ。いつもなら報酬を吊り上げるところから始めるこの男が、だ。

 それだけ今の事態を重く見ているのだろう。

 でなければ、対価の要求すらチラつかせずにこうも力を貸すまい。


 ガラス越しの澄んだ色に自分の姿が映った。

 ――負け犬みたいな面をさらしていると思った。

 酒で勢いでもつけないと、ユキウスにからかわれちまう。

 

 そう思って、グラスを煽った。

 きつい酒精が喉を焼き、喝が入る。


 南部の魂を帝国になんざ売れねえ。


 酒場の奥の片隅で交わされた密談。

 南部諸国の反撃の灯火が今、ここに静かに息づいたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ