第11話 酒場の奥で燻る
仕立ての良い派手なマントを纏った大柄な男が、市場を闊歩していた。
喧騒に満ちて、あちこちから肉と香辛料の良い匂いが漂っている。
ここは南部でも随一の露店街なのだ。
用事が終わったら買い食いでもして帰るか、そう思いつつ歩みを進める。
問題は今から会う男があまりにも物騒なので、飯が不味くならないか不安なことだが――。
年季を経た酒場に入り、マスターに合図をすると、目当ての男は既に来ているようだった。
戸棚の奥の隠し扉に通されると、そこでは剃り上げた頭に傷跡を走らせた、凶悪な面構えの男が酒とつまみに手をつけていた。
どこからどう見てもその筋の者なのだが、実際にその筋の、さらにその頂点のボスがこの男である。
「久しいな、キーグ。相変わらずの凶悪なツラだな」
「おうよ、ディオゼ。てめぇこそ、もう40にもなるのにスカした恰好しやがって。
ご領主様は相変わらず女を泣かせてやがるのか?」
「ヘッ。俺はそこまで不器用じゃない。
俺が本気になった女は一人だけだ。
それを分かってて近付いてくる女を可愛がってるだけだ。
火遊びになるほどには燃え上がらねえさ」
「ハンッ。相変わらず変なところは律儀な奴だ。
だからこそ、あんたにしかできねえ相談がある……」
キーグはからかうような調子を止め、声をさらに低くして本題を切り出した。
「バルドーの爺が倒された」
「なに……、老師が! まだ俺もそんな話は聞いてないぞ!
一体いつ! 相手は誰だ! いや、なぜ騒ぎにならないんだ……!」
ディオゼは動揺を隠せない。おどけた調子は消え、いつの間に真顔になっている。
「そこだよ。あんたが驚くような手際、そいつが問題なんだ。
聞いて驚くだろうが、冷静になって聞けよ。
なんたって俺らの未来を大きく変えるかどうかの話なんだからな」
キーグは太い腕を組み、丸い首を顕わにして、深く息をついてから語りだした。
「恐らく1週間前だ。表向きの知らせが出回るにはまだ早え。
だが、商人の荷と噂はもう俺に届いてんだ。
門で荷を改められた。かといって、売り買いは変わらねえらしい。
そんでもって里はさして沈んでもいねえ。
新しい支配を受け入れちまってるみてえだ」
「どういうことだよ……!」
「相手は帝国。里は綺麗に占領されてやがる。
腹に包帯を巻いているが、バルドーの爺は健在だ。
だから、難民もいねえ。そっくりそのまま帝国に里が吸収されちまったんだ」
「やはり帝国か! だが、今までにないやり方だな……。将は誰なんだ?」
「冷血皇子フェルク。そいつが一騎打ちで爺を降して占領ってとこだ」
「冷血皇子、その武勇なら音に聞いているが。老師を圧倒……ってか……。
いくら老いたとはいえ、あの英雄バルドーが……」
ディオゼは驚きを隠せなかった。
これまでも北の帝国と南部諸国は何度もぶつかり合ってきた。
その度に追い返し、あるいは追い返され、だが地図が塗り変わることはなかった。
どちらも取られたら黙ってはいないからだ。だが、しかし――。
「なんだって、占領なんて、まわりくどい真似を……。 いつもなら焼き野原にしやがるのに。
――いやでも、こうなるとまずいな。
俺たちが里を取り返そうとすれば、帝国の奴らはきっと……」
「ああ、そのまんま肉の壁にされちまうよ。そしたら手を出せねえ。
俺もいつもなら商売圏を荒らされたら、難民に荒くれ者をブレンドして取り返すんだがな。
その手が使えねえ。だから、ご領主のあんたに相談しにきたんだ。
帝国がこのやり口に味を締めて、街を一個一個、順次占領されたら、南部は干上がっちまうぜ。
手を打たねえとならねえが、うめえやり方が思いつかねえんだ」
「……………」
ディオゼは考え込みながら、呟いた。
「老師があそこに里を拓くと聞いたときは、帝国に近すぎるとも思ったんだ。
目の敵にされちまうんじゃないか。いちゃもんをつけられるんじゃないかって。
それとも最後に帝国に泡を吹かせて、枯れる前に一花咲かせるつもりなのかとも思ってた。
それがこうも見事に先手を取られて、派手に散ることすらできなくなるとはなぁ……」
「『帝国への反乱を企てる不穏分子を無力化した』と、ご大層に触れまわってるらしいぜ。
いつものわざとらしい大義名分だが、結果がこうとなりゃあ何だってできちまう。
欲しい場所に難癖をでっち上げて、そっくり呑み込んじまえばおしめぇだ。
そんな無茶苦茶を許すあんたじゃあねえだろう?」
ディオゼは歯噛みしながら断言する。
「当たり前だ! 俺は帝国だけは許せない!!
俺も領主になって丸くはなったが、そこは譲れねえ!
おい、キーグ! 裏社会を牛耳るお前なら、どうにかできねえのか!」
「だから、冷静になれって言ってんだろ!
裏の王の俺様が分かんねえから、こうして南部最有力領主のあんたに頼ってるんじゃねえか。
そんで、王2人でどうにもならねえとわめく姿を見せれねえから、こんな場所を選んだんだが――」
キーグは禿げ頭をガシガシと搔いて、酒を煽った。
「行き詰っちまったな。
じゃあ早いとこ帝国に頭を下げるか? 今なら占領で済ませてくれそうだぞ?」
「できるかよ! あの世で今は亡き妻に追い返されちまう!
ルシアナなら、迷わず槍を取ったはずだ!
娘にだって、戦わずに縮こまる背中は見せれねえ!」
キーグは大げさに拍手する。
「その意気だ! 気合は十分じゃねえか! あとはやり方だけだ!
こうなりゃどっかの智慧者に頼るしかねえか。
どっかにいねえか? 俺たちも舌を巻くくらい、えげつねえやつがよぉ」
「そう、だな……」
ディオゼが考え込むと、即座に一人の男の顔が浮かんだ。
困った案件の時に呼びつけると、会議の場を凍らせつつ、しかし納得させる優男である。
奴ならばあるいは、この難問への回答を閃くのかもしれない。
「ユキウスに献策を頼んでみる。そこでもう一度作戦会議だ。
帝国の好きにはさせねえぞ!」
「おうよ! 俺も力を貸してやらあ!
まぁ呑めよ。焦っても仕方ねえさ。
帝国だって里の占領には手間取ってしばらく動けねえさ。
俺たちはぬかりなく手を運べばいいんだ。そうすりゃあ、きっと目はある。俺の勘だがよ」
琥珀色の液体がディオゼのグラスに注がれていく。
今回はやけにキーグが協力的だ。いつもなら報酬を吊り上げるところから始めるこの男が、だ。
それだけ今の事態を重く見ているのだろう。
でなければ、対価の要求すらチラつかせずにこうも力を貸すまい。
ガラス越しの澄んだ色に自分の姿が映った。
――負け犬みたいな面をさらしていると思った。
酒で勢いでもつけないと、ユキウスにからかわれちまう。
そう思って、グラスを煽った。
きつい酒精が喉を焼き、喝が入る。
南部の魂を帝国になんざ売れねえ。
酒場の奥の片隅で交わされた密談。
南部諸国の反撃の灯火が今、ここに静かに息づいたのだった。




