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月の道  作者: 月上まもる
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第二十八章 満月の日

湖月邸、その一

 夕暮れ前の柔らかな光が差し込む湖月邸。かつての廃屋の面影は消え、今は優美な和風猫カフェとして生まれ変わっていた。

 店内には客の姿はなく、ただ十数匹の猫たちが、着物姿の女将に群がっていた。その女将の正体は九尾の狐。優雅な着物姿で、猫たちに囲まれながら、微笑んでいる。黒猫、三毛猫、茶トラ。様々な猫たちが、まるで昔からの友人のように、九尾の狐の周りでくつろいでいた。

 九尾の狐が、懐かしむように呟く。

「シロのやつ、元気にしているかねぇ」

 窓の外では夕陽が傾き始めていた。

「今日は忙しくなりそうだよ。何せ今宵は満月だからねえ」

 九尾の狐の言葉には、どこか意味ありげな響きが込められていた。


湖月邸、その二

 セラフィスから湖月邸に続く道。

 小学生の武と理子が歩いていた。二人は本来なら、この時間はセラフィスで治療を受けているはずだった。だが、治療の開始前に、二人で、逃げ出してしまったのだ。その後ろめたさが、二人の間に漂っている。

 理子が不安そうに呟いた。

「逃げ出しちゃって、怒られないかしら」

「今日はしょうがないよ。だって今の治療、痛いんだもん。理子ちゃんだって、今日は無理って言ってたじゃん」

「うん、それはそうだけど……」

 二人はしばらく無言で歩き続けた。行き先も決めずに、ただ足の向くまま進んでいく。やがて理子が声を上げた。

「でも、武君、どこに向かってるの?」

「うん、足が勝手に向くんだ」

 武は自分でも不思議そうに答えた。

「あっ、私もそうなんだ」

 理子が不思議そうに答える。

 そして、二人が歩いていく先に、由緒ありそうな屋敷が姿を現した。

 門の前には「猫カフェ」という看板が立っている。

 門の先には、のれんもかかっている。

 武の声が弾む。

「あっ、猫カフェだって」

「猫カフェだ!」

 理子も思わず嬉しそうな声を上げた。

 二人は顔を見合わせる。二人は、何かに導かれるように、ここまで歩いてきたことを実感していた。

「きっと、猫ちゃんが僕たちを呼んだんだよ」

「うん」


湖月邸、その三

 引き戸が開く気配に、九尾の狐は目を向けた。小学生らしき少年少女が、おずおずと店内を覗き込んでいる。

「いらっしゃい」

 優しく声をかけながら、九尾の狐は瞬時にそれを感じ取った。

 二人の周りに渦巻く魔気。

 ――ふん、フラムの実験体か。それにしても強い魔気だねぇ。

 入り口で躊躇う二人を見て、九尾の狐は微笑む。子供だけで入店して良いものか、入会手続きは必要なのか、そんな不安が二人の仕草に表れている。

「そこらに座りな。お茶でいいかい?」

 気軽に声をかけてやると、二人の肩から力が抜けていくのが分かった。

「はい」

 揃って返事をする声に、安堵の色が混ざっている。

 九尾の狐は背を向けると、武と理子は店の奥へ行き、隣同士の席にゆっくりと腰を下ろす。すると、それまで女将の周りにいた猫たちが、まるで待っていたかのように二人の方へ寄ってきた。三毛猫が理子の膝に飛び乗り、茶トラ猫が武の足元でゴロゴロと喉を鳴らす。

「可愛い」

 武が思わず声を挙げる。

「わぁ」

 理子の顔も明るくなる。

 武が、理子に囁くように言う。

「お茶だって。僕、ジュースがいいなぁ」

「武君、だめだよ、そんなこと言っちゃ」

 二人はすっかり、セラフィスの治療から逃げ出したことを忘れてしまった……。


霧空大社、その一

 霧空大社、境内。

 トレーニングの合間に、美咲と千夏が、一息入れている。千夏の足元には、シロが気持ちよさそうに、身を寄せている。

 美咲がちょっと羨ましそうに、言う。

「シロも、すっかり、懐いたわねえ。というか、千夏には、最初から懐いているのよねえ」

「えへへ」

と、千夏が笑う。が、その表情は何処か複雑だ。 

 千夏は、ついつい、シロの怨念と企みについて考えてしまう。

 美咲が、千夏に声をかける。

「どうしたの、ぼんやりして」

 千夏が、ハッと我に返って、一つ、溜息を付く。

「シロも大変なんですよ~」

「へえー。……お食事が合わないのかしらねえ」

 そんな美咲と千夏の姿を見ながら、かれんの心は揺れていた。

 今宵は満月。フラムは間違いなく動く。そう確信できる兆候が、ここ数日、霧見の鏡に映し出されていた。

 フラムの今までの実験の全てが、今夜に向けた布石。そして、今日はもう実験なんて言葉では片付けられない、新しい魔力の領域。そう呼ぶべきものを、フラムは計画している。

なんとしても、阻止しなければ。でも……。

 美咲さんが霧空大社に通い始めてから約一ヶ月。本当に驚くほどの成長ぶりで、巫女としての基礎体力は十分についた。でも、たった一ヶ月じゃ、龍神様の力を自在に扱えるようになるのは難しい。

 恐らく、いや、間違いなく、現時点で確実に龍神様の力を引き出せるのは、私のはず。長年の修行の成果は確かなもの。けれど、龍神様の巫女は美咲さん。

 ――私にはどうしたらいいかわからない。


霧空大社、その二

 不意に、美咲のスマホの呼び出し音が鳴った。

 理子の母親からだった。

「美咲ちゃん」

「お母さま、どうなさいました?」

「その、理子が、今日もリハビリの予定だったんだけど、来てないって」

「セラフィスのですか?」

「はい。セラフィスから電話があって。……家は普段通り、出たんだけど」

「それは心配ですね」

「ええ。それが、理子が、この一週間ぐらい、セラフィスに行くの嫌がるというか、迷っているというか。……ちょっと前までは喜んで行ってたのに」

「そうですか」

 何だろう、凄い胸騒ぎがする。胸騒ぎ? 違う、フラムの実験が関係しているに間違いない。きっと、理子ちゃん、実験で嫌な思いしてるんだわ。――友達の家とかだったらいいけど。セラフィスに連れ戻されたら、最悪だわ。

 美咲は、努めて、明るい声を出す。自らを励ますように。

「お母さん、ごめんなさい。私、理子ちゃんに相談受けてたの。新しいリハビリが、痛くて、嫌だって」

「そう言えば、理子、そんなこと言ってた気がするわ。でも、フラム先生から直々に電話があって」

「そうですか。それでは仕方ありませんね。でも、とりあえず、今日のとこは、理子ちゃんが戻って来ても、怒らないでください」

「分かったわ」

「私も、これから、心当たりを探してみますので」

「そう? 有難う。私は、未だ電話してない、理子の友達の家に電話してみるわ」

「お願いします」

「有難うね、美咲ちゃん」

「いえ。それでは失礼します」

 美咲がスマホを切ると、いつの間にか、かれんが傍に立っていた。

 美咲が、かれんに言う。

「かれん先生」

 かれんが微笑しながら、頷く。

「今日のトレーニングはお終いにしましょう」

「はい、有難うございます」

「着替えて、また、ここに直ぐ戻って来てください。渡したいものがあります」

「渡したいもの? 分かりました」

 美咲はそう言うと、踵を返すと、社務所を目指す。

 かれんは、千夏にも、厳しい顔で、声をかける。

「千夏さん、今宵がその時ですよ。着替えてきて下さい」

「はい」

 踵を返した千夏を、足元のシロが追う。


霧空大社、その三

 かれんは、普段着に着替えた美咲と千夏を、境内の宝物殿に案内した。いや、かれんが案内したのは、宝物殿ではなく、その隣の小さな倉庫だった。宝物殿の屋根は、薄緑色のカラフルな瓦だが、その隣の倉庫の屋根は地味だった。だが、造りの頑丈さでは、宝物殿にも劣らないことが、美咲にも分かった。

 かれんは、その倉庫の南京錠を開けると、扉を開けた。

 小屋の中を覗き込んだ美咲が、あっ、と思わず声を挙げる。

 倉庫は武器庫だった。

 壁一面に薙刀が並び、その下の棚には手入れの行き届いた弓が置かれている。一番奥の壁には、木製の立派な刀掛けがあり、三振りの日本刀が丁寧に収められていた。

 どの武器も古いものばかりだが、手入れが行き届いており、今すぐにでも使えそうな輝きを放っている。薙刀の柄は漆が塗り直された跡が見え、弓の弦も新しく張り替えられていた。

 小屋の中央には、巫女が使う祓串や鈴も、整然と並べられていた。それらは単なる祭具ではなく、一つ一つが確かな力を宿した武具としての存在感を持っていた。

 かれんが、説明する。

「一見、普通の武具ですが、これらは、巫女用の武具です。正確には、代々の水無月家の巫女が、使ってきた武具で、霊力が込められています。水無月家の長女は、霧空大社の巫女を努めますが、次女や三女は、異なる御社の巫女を務めさせて頂くこともあります」

 時として、適切な巫女の成り手がいない他社にしても、また、巫女の素養がある女子を複数、抱えた水無月家にとっても、お互いに、都合がいい。

 かれんが続ける。

「その他社の中には、もちろん、武神を奉っていた神社もありました。その様な社で、巫女の務めを担った水無月家の巫女が使った武具が、これらになります」

 美咲は、かれんの意図を理解して、胸が一杯になった。

 しかし、かれんは、いつになく厳しい表情で、続ける。

「念のため、申し伝えておきますが、これらは単なる祭具ではありません。実戦で使われた武具です」

 そこで、かれんは、美咲に向き直った。

「美咲さん」

「はい」

「言うまでも無く、龍神様は、最強の武神です、我が国では」

「……」

「私なりに七十年前のこと、そして、現在の情勢を調べましたが、フラムの魔力は、底が知れません」

「……」

「正確に言えば、彼らの原理を私が理解できていない、ということになります」

「……」

「でも、それは、フラムも同じはずです」

「……」

「そして、また、まだまだ修行中の私は、我が主・天之霧命の偉大さ、及び、その力の原理を理解できていません」

「……」

「今回の戦いはそういう戦いです。美咲さん、一つ質問させて下さい。この戦い、敵のことも、味方のことも、何もかもが分かりません。この戦い、美咲さんは、どう、戦いますか?」

 美咲は、自分でも不思議なほど、自然に言葉が出た。

「龍神様の巫女として」

 かれんは、軽く目を見開いた後、やがて、微笑んだ。

 かれんは、一歩横に下がり、美咲に武器庫を見せやすくすると、言った。

「美咲様、武具をお選びください」


湖月邸、その四

 二十分ほどして、白いワンピース姿の少女が、引き戸を開けて入って来た。

 少女は、先ほどの二人とは比べものにならない魔気を放っていた。きつい表情で店内を見渡す少女に、九尾の狐は淡々と声をかける。

「いらっしゃい」

 少女が、カウンター越しに、九尾の狐に視線をやる。

 九尾の狐は、少女と目を合わせ、互いに探り合うような視線を交わした。

 九尾の狐は内心で呟く。

 先ほどより、強い魔気を感じるよ。おやおや、これはなかなかのものだ。だが、見た目は健康体だが中身はぼろぼろじゃないか。この感じ、ああ、月輪寺にいた少女と同じだ。ふむ、こっちは実験体〇〇一・七海澪の方かい。

 澪は澪で、九尾の狐のただならさを感じ取る。

 これがリンネが言っていた、九尾の狐か。リンネは決して、相手にするな、と言っていたけど……。

「澪さん!」

 奥の席から武と理子の声が上がる。

 澪は、九尾の狐に背を向けるようにして、武と理子の元へ歩む。

「さあ、病院に戻りましょう」

 澪が優しく、武と理子に呼びかける。

「今日は体調が悪いから、治療は……」

 武が小さな声で抵抗を試みる。

「私も……」

 理子も同調する。

 澪が言う。

「そうね、先生に相談しましょう」

 武と理子はすがるような感じで、九尾の狐を見る。

 すると、九尾の狐は、明後日の方向を見てしまった。

 武と理子は諦めたように小さな溜息をつく。

 その様子を見ていた、七海澪が内心、ほくそ笑む。――なるほど、リンネが言う通り、我関せずか。

 七海澪が、チラッと、九尾の狐に視線をやってから、店を出ていく。武と理子も、その背中に引きずられるように、重い足取りで、店を出ていく。

 九尾の狐は店を出ていく三人の背中を、意味ありげに見つめていた。そして、猫たちが再び九尾の狐の周りに集まってきた。

 九尾の狐は猫たちに向かって、呟く。

「さて、これで、お客さんは終わりかねえ」


湖月邸、その五

 セラフィスから湖月邸に続く道。

 最上佑也は、湖月邸へと続く道を、軽快な足取りで歩いていた。

 先程、サイドステップ練習やラダー運動などのリハビリ――リハビリというよりは、もはやサッカー選手向けのトレーニングだが――は、終えてきた。

 左足首も痛くないし、体調は、すこぶるいい。悔しいが、幾らかは、エーテリウム、フラムの赤白い液体の効果だろう。

 それで、九尾の狐を訪ねることにした。契約した以上、いつかは、訪ねなければいけない、というか、契約した意味がない。だが、どうも、佑也は九尾の狐が苦手だった。

 不意に、前方から、物音がする。

 佑也の視界に、セラフィスの送迎バスが、入って来た。すれ違う瞬間、バスの窓越しに白いワンピースの少女の姿が目に入る。七海澪だ。

 そして、七海澪の隣には、武と理子が。……どうして、こんな所に? バスとすれ違った後も、佑也はそのままバスの背面を睨みつける。

 やがて、佑也は諦めた様に、元の通り、湖月邸の方へと歩みを進めた。


湖月邸、その六

 七海澪と二人の子供が出てってから、十分ほどしただろうか。一人の少年が入って来た。最上佑也だった。

「いらっしゃい」

 九尾の狐は声をかけながら、佑也の様子を細かく観察する。

 おやおや、この坊やも魔気を帯びているよ。二人の子供たちに近いねえ。魔気自体は子供たちに比べて弱いが。何だい、この、体全体から発する力の強さは。

 佑也が怪訝に声を上げる。

「何だい、人をジロジロ見て?」

「悪い悪い、ちと考え事さ」

 九尾の狐は我に返ったように答えた。

 佑也が、若干、緊張した様子で言う。

「今日は頼みがあって来た。頼みといっても契約内のこととも思うが……」

「大方、術を教えてくれ、とか、そんなとこだろう?」

「まあな」

「ふっ、来るのが随分遅かったじゃないか」

 九尾の狐は言いながら、ああ、フラムの治療を受けていたからかい、と内心、理解する。

「野暮用があってな。それはそれとして、一つ聞きたいことがある」

「なんだい?」

「今表で、セラフィムのバスとすれ違ったが」

「ああ、先程、七海澪が子供たちを連れ戻しにやってきたよ」

 佑也の声に、少し、怒りがこもる。

「子供たちが嫌がっていただろう?」

「良薬は口に苦し、さ。それは今坊やが体感してるんじゃないのかい?」

「……」

「それに私はこの地のことにゃ干渉しないよ。最初から言っているじゃないか」

 猫カフェに、時計の音と、時折、風鈴の音だけが流れる。

 やがて、佑也が、沈黙を打ち破った。

「術を教えて欲しい」

「フラムとの戦いだろう? でもまあ戦うのは龍神だろうに」

「ああ、それは分かってる」

 佑也は居住まいを正して続ける。

「九尾殿、この戦い、どう見る? 俺は何が出来る?」

 九尾の狐は内心で呟く。

 鍵を握るのはシロだけどねえ。この坊やが何が出来るか?

 しばらくの間、沈黙が流れる。先程の沈黙より長い沈黙だった。

 やがて、九尾の狐が、おもむろに、口を開く。

「悪いねぇ、考えたが分からなかった」

「そうか」

 佑也は、九尾の狐と、ちょっと睨み合うような感じになる。――言葉に嘘は無さそうだった。九尾の狐が、気を取り直したような感じで、言う。

「ところで、この前、青蝶堂の少女が説明したろう。わらわの力は……」

「時間の力、空間の力、幻術の力、知性の力」

「ちょっとは勉強したかい。そうさねえ、知性の力なんてそれこそ才能と経験さ。次に、魔女や魔導士相手に幻術もねえ」

 佑也が黙って聞いていると、九尾の狐は続ける。

「時間の力だが、あくまで過去の記憶がベースさ。だけど、今回の戦い、十分前からやり直す、とか、それこそ、永久ループさ。教えてもいいが、他が疎かになってしまう。今回はお勧めしないねぇ」

 佑也の沈黙を横目に、九尾の狐は、話を続ける。

「そんな訳で、空間の力の基本でも覚えていくかい? 日常生活でも便利だしねえ」

 佑也は深々と頭を下げる。

「よろしく頼む」


霧空大社、その四

「淋しくなりますわねえ」

 美咲と千夏を送り出した後、かれんが、境内を丹念に清めていると、背後で、どさっと物音がした。

「イテテっ」

 声の主は、いつぞや、湖月邸・猫カフェで、鏡越しに対話した少年だった。

「あらっ、最上佑也さん」

「よう」

と、佑也は、声の主を振り返る。

 巫女姿の、丸顔の可愛らしい少女が、竹ぼうきを手に立ってっている。

 水無月かれん、だったな。

 だが、不意に、その少女の姿が大きくなって、佑也にズンズンと迫って来る。別にかれんが、駆け寄って来た訳じゃない。佑也の錯覚、いや、感知だ。先程会った、九尾の狐ともまた違う、威圧感。 

 佑也は、慌てて、自分の頬を叩く。

 なんなんだ、こいつは。こいつも化け物じゃねーか。

 一方、かれんは、佑也が落ちてきた空を見上げる。

 真夏の入道雲が、もこもこと空を支配しているだけだった。

 ――九尾の狐さんの空間移動の術のようですねぇ。

 かれんが、佑也の視線に気づく。

 かれんが微笑む。

「駄目ですよ、最上さん。初対面の女の子をそんな目で見ては」

「あっ、悪い悪い、つい」

と、佑也が言う。

 佑也は、我に返って、辺りを見回しながら、かれんに尋ねる。

「美咲は、今日は、来てねーのか?」

「先程、セラフィムに向かわれましたよ」

「そうか、行き違いか」

「そのようですわね」

 佑也は、ふと、脳裏に浮かんだ質問をしてみよう、と思った。

「俺が、フラムのエーテリウム、赤白い液体を体にぶち込んでるのは分かるか?」

「ええ、もちろん」

「仮に、一週間前、その点滴治療を受けるべきかどうか、俺がかれんに相談していたら、どうしてた?」

「そうですねえ」と、かれん。「もちろん、その点滴治療を受ける様に、アドバイスしましたわ」

「そうか」

「何しろ、魔力の素ですものねえ。こんなチャンスありませんよ」

「ふむ」と、佑也。「では、かれん、自分にそのチャンスがあったら?」

 すると、かれんはおかしそうに笑った。

「私は無理ですよ。巫女ですから」

 その答えを聞いた、佑也は、クックッと笑い出した。

 かれんが、きょとんとして、佑也に尋ねた。

「どうされました?」

「いや、何でもねえ」

 佑也は内心、嗤った。

 悪くねえ、俺にしか出来ねぇことを、俺は選択した。

「そうですか」

 そして、かれんは居住まいを正すと、続けた。

「最上さん、一つ、この地にある霧空大社の巫女としてのアドバイスを受け取って貰えないかしら?」

「おう、頼む」

 かれんは、息を吸うと、言った。

「美咲さんは、この一か月で随分、大きくなられました。美咲さんをお信じ下さい」

 佑也は頷く。――ああ、美咲の方が、俺より一歩先を行っている、それは分かってる。

「千夏さんは、この一か月で随分、逞しくなられました。千夏さんをお信じ下さい」

 あの弱っちい千夏が、逞しくなったか。

「二人とも、頑張ったんだな」

「ええ。私も誇らしく思います」

と、かれん。「それから、最後に、お願いがあります」

「なんだ?」

「美咲さんと千夏さんは、今はちょうど、湖月邸の手前でしょう」

「そうか、助かる」

「ピックアップなさるのでしょう?」

「ああ」

「でしたら、美咲さんにお会いになったら、こう、声を掛けて下さいませ。寄るとこがお存りではないのか、と」

「寄るとこがねーのか、か」

「はい」

「分かった」

 佑也は、不思議な感覚に襲われた。

 この少女とは、いつまでも話していたくなる。

 そう言えば、美咲が言っていた、この少女の神は、調停の神だと。

 佑也がかれんに聞く。

「調停の極意は何だ?」

 かれんは、フフッと笑った。

「主なら、戦と同じだ、と言うでしょう。万物の関わり合いは全て一様でその濃淡があるだけだ、と」

 ……何言ってるか、分からねぇ。

「こういう言い方の方が分かりやすいかもしれません。敵を知り己を知れば百戦危うからず」

「ふむ。ちっとは分かる」と、佑也。

 佑也は、ふと、まじまじとかれんを見つめてしまった。

 この少女は、寂しいのではないかと。

 同級生が馬鹿に見えて、しょうがないだろう。いや、同級生どころか、大の大人だって。

 かれんが、小首をかしげる。

「どうされました?」

「いや、何でもねぇ」

 佑也は、内心、未練を断ち切る様に、よし、と呟くと、かれんに言った。

「それじゃあな」

「はい。ご武運を」

「おう」


湖月邸、その七

 霧空大社からセラフィスに向かう道。

 美咲と千夏と、そして、シロが、セラフィムへの道を急いでいる。

 不意に、湖月邸の手前で、千夏が、

「あっ」

と、声を挙げた。

「美咲さん、今、人が落ちてきましたよ、人が!」

 千夏はそう言うと、タタッと駆け出す。シロも、ニャーと鳴きながら、続く。千夏が人影に近づくと、それは、佑也だった。

 佑也が、腰をさする。

「イテテっ」

「佑也先輩じゃないですか!」

 千夏は空を見上げる。入道雲がもこもこしているだけだった。

 千夏が続ける。

「何ですか、今、空から落ちてきましたよね?」

 美咲も駆け寄って来て、空を見上げるが、何の気配もない。

「佑也君、大丈夫?」

 佑也が、立ち上がりながら、千夏に向かって、言う。

「おい、千夏。先ずは、俺の心配をしろ!」

「えへへ。でも、何だか、お元気そうなので」

 佑也は、千夏と美咲をみやると言う。

「セラフィスに行くんだろう? 俺もだ」

「ええ」

 美咲が、そして、千夏が、頷く。

「俺は今、霧空大社に行って、かれんに会って来た」

「かれん先生に?」

「ああ、美咲を探しにな」と、佑也。「そしたら、かれんが、美咲に会ったら、こう言え、と言っていた。寄るとこがお存りではないのか、と」

 美咲は、佑也の言葉に、かれんの言葉に、頷く。

「うん、有難う、迷っていたの」

「よし、何処に寄るんだ?」

「私の自宅」

「よし、分かった。美咲も千夏も俺の肩に掴まれ」

 千夏が、ちょっと、興奮して、言う。

「わー、九尾の狐さんの空間移動の術ですね。羨ましいです~」

 千夏が、腰をかがめると、シロが、千夏の両腕に飛び込む。千夏は、シロを拾い上げると、佑也の肩に手を置いた。美咲も倣った。

 佑也は、美咲と千夏の手が、自分の肩にかかるのを確認すると、軽く目を閉じた。

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