表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月の道  作者: 月上まもる
28/31

第二十七章 The Night Three Souls Met 【リンネの独白】

 私は自分の寿命を知らない。

 あと五十年生きるかもしれないし、五百年かもしれない。魔女だからといって不老不死というわけではない。私たちにも確かに死は訪れる。ただ、それがいつなのか――誰にも分からないのだ。

 でも、私があと何百年生きようとも、あの夜のことは決して忘れないだろう。佑也と美咲と語り明かしたあの時間を。二人の純粋な魂に触れた、あの瞬間を。

 私はドイツの小さな村で生まれた。今でも世界中に魔女は存在している。正確な数は誰も把握していない。もちろん、その理由は明白だ。存在を明かせば火あぶりにされるか、さもなければ実験材料として囚われてしまう。

 私の場合は、親戚に魔女が多かった。自然と私も魔女になった――というより、ある日、魔女として目覚めた。私たち魔女の姿は様々だ。老女もいれば若い娘もいる。一般的に、魔女の見た目は、魔力を使えるようになってから三年程度の時点の見た目で固定される。面白いことに、これは魔力の強さとは全く関係がない。だから、よぼよぼの老婆だからといって弱いわけではないし、そして、また、若く美しい魔女だからといって侮ってはいけない。

 日本に来てから四年が経つ。面白いプロジェクトがある、画期的な魔科学の実験が行われている――そう聞いて来日した。それがフラムのセラフィスでの実験だった。彼が七十年前にもこの地で実験を行っていたことは、来てから知った。

 フラムの実験には二つの目的がある。一つは日本の子供たちを魔女や魔導士に変えること。もう一つは火の蛇神・アポピスの力を最大限に解放――利用することだ。

 七海澪と守屋詩織。七十年前の被験者のことは、当初、私にも秘密にされていた。でも、彼女たちに会った時、すぐに理由が分かった。外見は若く健康そうに見える。実験は「成功」した様にも一見、見える。でも、彼女たちの体の内部、その内臓はボロボロなのだ。いずれ、彼女たちの体は崩壊するだろう。

 つまり、フラムの一つ目の実験目的は失敗だったのだ。彼自身もそれに気付いているはず。でも、考えてみれば当然の結果だった。誰もが魔女になれるわけではない――これはドイツ人なら、少し考えれば分かることなのに。

 だからこそフラムは、この実験を異国の地、日本で行っているのだ。誰も彼を止められない場所で。誰も真実を知らない場所で。


 日本に来てから、私はずっと考えていた。この国にも魔女がいるのか、あるいは魔女に類する存在がいるのか、と。

 そもそも、私たち魔女の力は、全て自分たちのものというわけではない。フラムや私の場合、アポピスの力を借りているのだ。そう考えると、ある意味で日本の巫女と同じかもしれない。

 七十年前、フラムの実験を阻止したのは龍神の力だった。いや、より正確に言えば、龍神の力を引き出し、フラムにぶつけた巫女・神崎咲子の力が大きい。日本の魔女に類する存在、巫女によってフラムの実験が阻止されたのは、皮肉なようでいて、当然の帰結のような気もする。

 先ほど、フラムが現在の実験を日本でやる理由を「異国の地だから」と言ったが、むしろ「巫女の存在があるから」なのかもしれない。

 だが、日本で魔女の存在に最も近いのは、九尾の狐だろう。時間・空間を操り、幻術も使うという。その九尾の狐が、先日、このセラフィスを訪れた。七十年前、九尾の狐はフラムの実験を阻止するために動くことはなかった。この点が、龍神などの神に類する存在ではないことを示している。

 では、なぜ今、セラフィスに? 私に会った後も、九尾の狐は、中庭に留まり続け、そして、ある人物を観察していた。その人物とは――最上佑也。

 佑也は不思議な人間だ。いつも笑顔を絶やさない。武や理子はもちろん、病院のスタッフにも笑顔を向ける。セラフィスには怪我人として、つまり金を払った客として来ているのだから、そこまで気を遣う必要はないのに。

 一度、私から言ったことがある。「佑也はいつも笑顔だけど、ここでは患者なんだから、私たち病院のスタッフには気を遣う必要はない」と。

 すると佑也は、少し照れくさそうに笑顔を作って答えた。

「笑顔を作るのは家訓なんですよ」

 そして、珍しく真面目な顔になって付け加えた。

「でも、武や理子ちゃんを見てると、自然に笑顔になるんです。まだ小さいのに、僕より重い怪我を背負って、あるいは治る見込みのない病気を背負って、リハビリしてる。……僕が勇気を貰っている。だから、笑顔は、お礼の意味合いもあって、自然に出るんです」

 そう笑う佑也に、私は思わずドキッとした。彼の笑顔にはまだ少年らしさが残っているが、あと三年もすれば、きっと男らしい魅力を帯びてくるだろう――そんな予感が、私の胸を掠めたからだ。


 フラムの実験には、子供たちが必要不可欠だ、子供たちの純粋な魂が。

 子供の魂が純粋であることは、誰もが疑わない事実だ。でも、なぜ純粋なのか? 考えてみれば、それは不思議なことだ。

 私は一元論者で、心と体は表裏一体のものだと考えている。恐らく、魂が純粋であるためには、体が成長期でなければならないのだろう。成長のためにはあらゆる栄養素、エネルギーが必要で、センサーである魂は、それらを一片も逃すまいと懸命なのだ。だから、純粋なのではないだろうか。

 フラムの測定で、佑也の魂の純粋度が高い数値を示したのは、そういった理由なのではないか――これが私の仮説だ。

 佑也の怪我からの驚異的な回復力は、ずっと謎だった。けれど、九尾の狐が彼を観察しているのを見て、謎が解けた気がした。佑也は九尾の狐の何らかの縁者なのだろう。

 そして、神崎美咲。七十年前、フラムの実験を打ち砕いた龍神の巫女・咲子の孫だ。

 美咲は理子の近所に住んでいるらしく、理子のお見舞いによく来る。私とはあまり話したことがない。だが、佑也のことを調べているうちに、美咲が彼のクラスメートであり、そして咲子の孫として、今は霧空大社で巫女修行をしていると知った。

 興味を持った私は、霧空大社に足を運んでみた。そこには結界が張られていた。柔らかいけれど、決して破ることのできなさそうな結界だった。仮に破れたとしても、結界を張った主がすぐに現れ、大事になってしまっただろう。

 それで私は諦めた。美咲の巫女訓練を観察することはできなかったけれど、彼女の存在の重要性を、改めて実感することになった。そして、この地には、異国の地には、私やフラムが知らない、未知の存在がまだまだいることを。

 セラフィスでは定期的に、病院スタッフと患者の家族が交流する機会を設けている。もちろん、フラムとしては何かトラブルが起きた時に事態を大きくしないための予防策なのだろうが、私たちスタッフにとっては患者の家族を知る貴重な機会となっている。

 そして毎年、諏訪湖畔で行われる花火大会の日には、セラフィスでも、花火大会をセラフィスの屋上から見るイベントが催される。私はこのイベントが大好きだ。単に花火が美しいからというだけでなく、その花火を見上げる全ての人々が心から喜ぶからだ。病院には気難しい患者もいるが、まだ一度も花火にケチをつけた患者はいない。

 今年の花火大会の日には、佑也と美咲も来ていた。武と理子の話相手として来たのだが、両親も参加していたため、佑也と美咲は二人きりになっていた。そして、どこか居心地の悪そうな空気を漂わせていた。お互いにまだシャイな部分が残るティーンエイジャーだから、それも不思議ではないのだけれど。

 私に声をかけてきたのは佑也だった。彼が声をかけてきた時、美咲もほっとしたような表情を見せた。三人で話し出して、しばらくして、佑也は単刀直入に訊いてきた。

「リンネさんって魔女ですよね?」

 これは私の人生、いや、魔女ライフでも初めての出来事だった。その瞬間、私は本当に佑也が好きになった。しばらく、笑いが止まらなかった。

 でも考えてみれば、佑也も美咲も、七十年前と今のフラムの実験、そしてアポピスの赤白い光を見ている。佑也は九尾の狐の縁者で、美咲は巫女。また、美咲に関しては、そもそもペンダントにメイがいるのだし、ノアとも会ったことがあると考えるのが自然だ。佑也も美咲から色々、情報を得ているのかもしれない。

 だから、フラムの助手である私が魔女だと考える方が、むしろ自然なのかもしれない。だが、佑也がそんな回りくどい思考をしたとは思えない。

「そうよ、私は魔女。佑也と美咲が知っているなら、別に隠す必要はないわ。だけど佑也、私が魔女だと何時から分かったの?」

「最初からです。セラフィスの受付で、リンネさんがリハビリ担当ですって自己紹介した時から」

 佑也は少し照れくさそうに頭を掻いてから続けた。

「あの時、一瞬見えたんです。リンネさんの魔女姿が」

 私は素朴に聞いた。

「魔女は怖くない?」

「それが不思議なんですよ。ちっとも怖くない。まるで、懐かしい親戚に会ったような感じで」

「美咲も?」

 美咲はペンダントを握りしめると、

「私にはメイがいるから」

「そうね、愚問だったわ」

 それから、佑也と美咲は矢継ぎ早に質問してきた。大半は魔女に関する質問だったが、そのうち私からも龍神や咲子のこと、そしてサッカーの話もした。気がつけば、一神教や多神教のこと、宇宙の成り立ちにまで話は広がっていた。

 知識としては、もちろん私の方が豊富なのだけれど、本質的な議論とは知識の量ではなく、知識に対する感受性のぶつかり合いになる。私たち三人は、時に息せき切って、時に深い沈黙を挟みながら、語り合った。

 その夜、だが実は三人とも同じことを恐れていた。そして、それを三人ともお互いに分かっていた。

 三日後の満月の夜、美咲は龍神の巫女として、佑也はこの地に生まれた者として、或いは、美咲の友として、そして私は、フラムの助手として――互いに敵味方を分かつ運命だということを。

 だが、それも、美しき夜のその美しさとは何の関係もない話だ。

 今は、ただ、その美しさに身を任せればいいのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ