第二十六章 【千夏の回想】
湖月邸、猫カフェに行った夜。
九尾の狐と佑也先輩の話が終わり、皆で、さあ、帰ろう、という時、長毛の白猫――シロが、千夏の元から、離れようとしなかった。
その様子を見ていた、九尾の狐が、ボソリと呟く。
「連れて帰りな」
千夏が戸惑っていると、かれんが、横から、口を挟む。
「わあー、九尾殿、有難うございます。千夏さん、良かったですねぇ」
九尾の狐は、フフン、と鼻で笑うと、言った。
「さあ、帰った、帰った。私しゃ、もう寝るよ」
そして、千夏は、シロを連れて帰ったが、その夜、千夏は眠れなかった。
夜、シロを抱えて、ベッドに入ると、千夏には、シロの、いや、七十年前当時の湖月邸の主の記憶が、そして、閉鎖された聖花園から、湖月邸に引き取られた子供たちの記憶が蘇ったからだ。
慌てて、ベッドから起き出した千夏は、一階の青蝶堂で、湖月邸という文字を念頭に、当時の記録をもう一度、調べなおした。すると、閉鎖された聖花園からの、子供たちの引き取り先として、月輪寺以外にも、湖月邸があったことが分かった。
月輪寺へ退避した子供たちが十五名弱、湖月邸へは五名程だった為、湖月邸という文字の記載は、一冊の書物にしか載っていなかったのだ。そして、その書物には、飼い猫シロの名も記載されていた。
翌日、寝不足で目を赤くした千夏に、かれんが声をかけた。千夏の足元には、シロの姿があった。
「昨晩は、寝不足ですか。大変でしたねえ」
「もう、かれん先生、説明して下さいよ~」
かれんは、ウフフ、と笑って、言った。
「ごめんなさい。でも、ご自分で調べた方が納得されるでしょう?」
「別に、かれん先生に説明されても、納得しますよ~」
「それはそうですねえ」
と、かれんは言って、千夏と顔を見合わせて、笑いあった。
そして、千夏は真顔を作って、かれんに聞いた。
「そのー、一つ疑問があるんですけど」
「なんでしょう?」
「シロは、足元のシロは、七十年前のシロの子供の子供の子供、ぐらいですか? それとも……」
すると、かれんは、あっさり、応えた。
「それとも、の方ですよ。シロは化け猫ですよ」
千夏は、深々と溜息をつくと、
「ですよねえ」
と言うと、しゃがみこんで、シロの頭を撫でてやる。
かれんも、しゃがみこむ。
「あら、千夏さんにも分かりますか? 霊力が付いてきましたね」
千夏が、困った様な顔をする。
「そんな、私に霊力なんてありませんよ。でもだって、シロの子供の子供の子供だったら、飼い主は誰なんですか? 野良猫だったら、相方は何処ですか? 子供ぐらいいるでしょう? そもそも、九尾の狐さんがカフェやるんだったら、狐カフェでいいじゃないですかあ~。私、狐カフェも行きたいです~」
かれんが嬉しそうに笑う。
「千夏さんは名探偵ですねえ」
「もう、茶化さないで下さいよ」
「いやいや、本心ですよ」
「名探偵じゃありませんよ~。シロが化け猫なら化け猫で、私には分からないことがあります」
「何ですか?」
「どうして、九尾の狐さんは、私にシロを預けたんですか?」
かれんが、ちょっと、考えて、言う。
「それは、シロの望みを、叶えてあげる為でしょう」
「シロの望み?」
「望み、というか、怨念ですかね。化け猫ですから」
「あっ」と、千夏。「それはそうですねえ。化け猫は怖いですねえ」
千夏は、シロの喉元を撫でてやる。
シロが気持ちよさそうに、目を細める。
千夏が、溜息をつく。
「うー、こんなに可愛いのに。シロの怨念ってなんでしょう?」
「それはまあ、千夏さんの方がお詳しい、というか、体感なさってるでしょう」
「ですよねえ」
かれんは、ちょっと、真顔になって、千夏に言う。
「千夏さん。シロを、セラフィスに、フラムの元に連れていくのは、千夏さんにしか出来ないことです。七十年前の記憶が体にある千夏さんにしか」
「それは、分かってます。でも、シロは、何をしたいんですか? フラムに復讐だなんて、相手になりませんよね?」
「もちろんです。シロなんて、フラムからしたらイチコロですよ」
「ですよねえ。では、シロは何を?」
「それは私にも分かりません。恐らく、九尾の狐さんにも分かりませんよ」
「九尾の狐さんにも分かりませんか」
かれんは、微笑むと、言った。
「でもまあ、連れて行ってしまえば、後は、シロが勝手にやります」
「ですよねえ」と、千夏。「化け猫ですものねえ」
千夏はそういうと、シロの前両脚を、それぞれ握って立たせてやると、睨めっこをして、遊んでやった。




