第二十一章
月光の下、美咲、千夏、かれん、そして、ノアの四人が、湖月邸に足を踏み入れると、長毛の白猫、黒縞の三毛、赤茶の子猫など様々な猫が、駆け寄って来た。
ノアは、無意識に、九尾の狐を探す。前回は、可愛い猫の化身達は、一瞬で消されてしまった。それじゃあ、猫カフェに来た意味がない。
しかし、ノアの想いは、杞憂だったようで、四人は、思い思いの猫を抱き上げることが出来た。ノアも、三毛を抱き上げることが出来て、思わず、頬が緩む。
そんな四人に、着物姿の女将に化けた九尾の狐の声が飛ぶ。
「おや、珍客万来だねえ」
九尾の狐は、長毛の白猫・シロが、千夏に抱き上げられるのを確認すると、笑みを浮かべた。シロは、七十年前、聖花園が閉鎖された直後、この故・湖月邸の主が、行き場を失った子供たちを引き取った時の飼い猫である。主が死んだ後も、化け猫になって、この湖月邸に住み着いてた。
かれんは、一歩前に出ると、九尾の狐に、頭を下げた。
「九尾殿、今日は、メイさんの封印解除の件で、お邪魔しました」
九尾の狐は、ゆっくりと扇子を開きながら、
「おやおや、霧空大社の巫女さんのお出ましかい。私は誰とも揉めてないけどねえ」
と、からかうような口調で返した。
「ええ、もちろんですとも。今日は我が主の意向は関係ありません」
かれんの凛とした態度に、九尾の狐は目を細めた。
「巫女さんに主は関係ない、と言われてもねえ。まあいい、のれんを下ろしてしまうよ。そこらにお座りな」
九尾の狐が引き戸の外ののれんを下ろす間、美咲は、千夏に声をかけた。
「千夏の膝にいる白い猫、なんだか、千夏に懐いてるわねえ」
千夏が喜ぶ。
「そうなんですよ。可愛いですねえ」
「お似合いですよね」
と、かれんも口を挟む。
人に猫がお似合いとは、おかしな表現だと、美咲は内心、怪訝に思う。
そうして、九尾の狐が、四人の近くの椅子を引き寄せて座ると、かれんは、静かに口を開いた。
「今日はノアさんがお話があるそうで」
ノアは思わずギョッとしたが、九尾の狐は愉快そうに笑った。
「流石、霧空大社の巫女さんだ。分かってるじゃないか。魔女さん、話があるのは貴女だろ」
ノアは深く息を吸い、腹を括った。
「九尾殿、最上佑也を献上する、と約束したが、どうしたらいいので? 何も首に縄をつけて、ではないでしょう?」
「当たり前じゃないか。そんなことしたら、こっちがお縄だよ」
「はあ」
「全く、何もわかってないねえ。私は最上佑也と契約したいんだよ」
「契約といいますと?」
九尾の狐は、大きく、溜息を付いた。
「契約は、契約さ。そもそも契約なんて言葉、西洋から来たものだろう。西洋では、例えば、魔女と使い魔の契約があるだろう。魔女の血を分け与えて、使い魔に力を与える。その代わり、使い魔は魔女に永遠の忠誠を誓う。血の契約というやつだ。まあ、そんなものだ」
ノアが頷きながら、言う。
「なるほど。では、九尾殿が最上佑也と連絡を取り合えばいいのでは」
九尾の狐の溜息は一層深くなった。
かれんが助け舟を出す。
「ノアさん、日本では、地位の高いものは直々にそういうことはしないものなんですよ。だからノアさんに」
ノアの顔が明るくなる。
「何だい、そういうことなら、簡単な話じゃないか。ちょいと電話するよ」
九尾の狐は疲れたように言った。
「何だか馬鹿らしくなって来たねえ。そうだ、かれんさんに仲介を頼んじまうかい」
ノアは慌てて声を挙げる。
「いやそれじゃ、メイの封印が」
その時、かれんが凛とした声を上げた。
「九尾殿、今日は私から提案があります」
「ほう、なんだい?」
「最上佑也さんとの仲介は私が取り持ちましょう。もっとも仲介といっても、最上さんが九尾殿と契約するかは最上さん次第ですが」
「そんなことは分かってるさ。続けな」
と、九尾の狐は興味深そうに前のめりになった。
「九尾殿は、ノアさんとの約束をお果たしください。メイさんの封印を解除してください」
「へえー、それで、アンタになんの得があるんだい?」
かれんは居ずまいを正すと、応えた。
「もともと、メイさんが封印されてしまったことは、私達も心苦しく思っていたのです」
九尾の狐はちょっと、考えて、言った。
「『私達』ってのは誰だい?」
「この地の神々に守護されるもの、龍神様に縁のあるもの、そして、七十年前の子供たち」
九尾の狐は一瞬、目を細めた。
「ふん、龍神様ってのは何て言い草だい? 自分で封印しといてさ」
かれんは少し俯いたが、すぐに顔を上げて静かに語り始めた。
「龍神様はその力が巨大な故、自らですら制御できない。そのことは、その力を使った結果が必然、運命とはいえ、時として、修復が必要な時もあると、龍神様の意を汲む者たちは、考えているのです」
「ふん、全く、龍神の馬鹿力も困ったものだねえ」
九尾の狐は、ゆっくりと扇子を閉じた。
「いいだろう。その申し出乗るよ。その方が私としても話が速そうだ」
「有難うございます」
と、かれんは深々と頭を下げた。
その時、ノアが不安そうな声を上げた。
「一つ分からないことがあるんだが」
「なんですか、ノアさん」
「九尾殿、結局、メイの封印はどうやって解くんですか?」
九尾の狐は押し黙ったまま答えない。
部屋の空気が凍りつく。
ノアが、震えながら、声を出す。
「ちょっと! もしや、その方策が分かってないと?」
九尾の狐はフフンと鼻を鳴らした。
「龍神の封印の解除? そんな、龍神本人だって分からないものを分かってる者がいると思う方がおかしい」
ノアは血相を変えて、言う。
「お、おい、ば、婆」
かれんが威厳を持って、ノアを窘める。
「ノアさん、失礼ですよ」
続いて、かれんは、九尾の狐に向き直る。
「九尾殿、続きがあるのでしょう? お話しください」
九尾の狐は、淡々と答える。
「まあ、当たりはついてる。この地に来た初日に一通り調査はしたさ。十中八九、いけると私は判断した」
「具体的にはどういうことでしょう?」
「私しゃ、憶測じゃ喋らない性質でね」
再び、部屋が静まり返る。
しばらくして、かれんの声が静かに響いた。
「ノアさん、どうされますか?」
「どうするも何も」
と、ノアは困惑した表情で、美咲のペンダントに呼びかけた。「おい、メイ、どうするんだよ?」
ペンダントが柔らかな光を放つ。
「ノア、私達がこの国に来て何年になるかしら?」
「二百五十年ぐらいかねえ」
「そのうち七十年、私はペンダントの中。それでも私はこの国に来てよかった。ノアもそうでしょ」
「そりゃまあ」
「だから任せよう、この国の神に」
ノアは苛立たしげに、声を荒立てる。
「だから、この国は多神教で、その神ってのがアテにならないんだよ!」
「うん、分かってる。でもさっき、かれんさんが説明してくれたじゃん。この地の神々に守護されるもの、龍神様に縁のあるもの、そして七十年前の子供たち、皆が私達を応援してくれるって」
「だから、それは神々に守護されるもので、神々じゃないだろう?」
そして、メイの声は優しく、確信に満ちた様子で、響いた。
「きっと自らの子の願いを無下にする神様なんていないよ。この世には」
九尾の狐が、フフンと鼻を鳴らして、感心したように呟く。
「西洋の魔女にしちゃあ、洒落たこと言うじゃないか」
再び静寂が訪れた。
猫カフェの窓からは、月光が差し込み、美咲の、千夏の、かれんの、そして、ノアの腕の中の猫たちを優しく照らし出していた。
静寂を破ったのは、かれんだった。
「ノアさんよろしいですね? 私が九尾殿と最上佑也さんを仲介する。九尾殿はメイさんの封印を解く」
ノアは諦めたように肩を竦めた。
「メイがいいって言ってんだ。好きにしな」
美咲はかれんに圧倒されていた。
この場を取り仕切っているのは完全にかれん先生だ。それも、何百年生きているか分からない、九尾の狐や魔女を相手に。そして、話をまとめてしまった。しかし、考えてみれば、これしかない、という結論だ。誰でも出来そうだ。――そう、時間をかければ。だが、それを、かれん先生は、さっと短時間で……。
これが、調停の神・天之霧命の力?
いや、かれん先生は最初に、「今日は我が主の意向は関係ありません」と言った。そして、実際、天之霧命に祷る、伺う、ような言葉もなかった。あくまで、かれん先生の意思・行為だ。
だが、もしかしたら、巫女として、神々の調停の場に立ち会った経験のなせる業かもしれない。でも、かれん先生は未だ中学三年生だ。場数といっても、たかが知れてるだろう。
そして、かれん先生の話の中で忘れらない言葉、「龍神様に縁のあるもの」。
……巫女たる私は最たるものじゃない! もしかして、今日、かれん先生がしたことは、私がしなければならなかった?
私が最初、霧空大社を尋ねた時、かれん先生は、「龍ちゃん」と呼びかけた。驚きはしたが、不快な感じはしなかった。その理由が今は分かる。今日、かれん先生は、「龍神様はその力が巨大な故、自らですら制御できない」と言った。つまり、かれん先生の呼びかけには、慈愛の響きがあったからだ。
――龍神様に、慈愛の気持ち。……無理! 私には、龍神様に対して……。
そして、かれん先生が、最初、「龍ちゃん」と呼びかけた時、こうも言った。「貴方の巫女さんが参りましたよ」と。その呼びかけに応える様に、龍神様は、姿を現してくれた。
……私も、腹をくくらないといけないんじゃない?
「美咲さん、美咲さん」
かれんの声に、美咲はハッと我に返った。
かれんの声が優しく響く。
「どうしました、怖い顔をして?」
「え、ええ、ごめんなさい。ちょっと、考え事をしてて。何でもありません」
「善は急げですよ。ペンダントを机の上に置いて下さい」
「は、はい」
美咲は、首からペンダントは外すと、かれんの言うままに、ペンダントを机の上に置いた。かれんが言う。
「龍神様の念がある鏡。そして、相手方は、この地の者である最上佑也さん。私の鏡遠術でも、充分、会話出来ます。ああ、鏡遠術というのは、テレビ電話みたいなものですね。現代では、別に、重宝するものではありません」
「はあ」
「ただ、通信インフラに関係なく、スムーズに会話できます。電波の届かないとこに行った時は便利ですよ」
「はあ」
かれんは、茶目っ気たっぷりに続けた。
「ただ、いきなり、私が最上さんに語り掛けても、最上さんがびっくりしてしまうでしょう? それに、最上さんにも鏡を用意して貰わないといけません。だから、先ず、美咲さんの方で、最上さんに電話して下さい」
ノアが、皮肉たっぷりに言う。
「何だ、結局、電話を使うのではないか」
その頃、佑也は、自宅の二階の自室のベッドに寝っ転がり、フラムの勧める点滴治療のことを考えていたら、考えがまとまらなくなった。
記憶が走馬灯のように浮かんでは消える。
※
白衣のポケットから小さな円盤状の装置を取り出すリンネ。
「特殊な薬剤を使用した点滴治療さ。従来の理学療法と組み合わせることで、細胞レベルでの活性化を促す」というフラムの説明が、専門的で、かつ分かりやすく響く。
七海澪のピアノ演奏が雨音に木霊する。
「この曲を七十年間、毎日弾き続けてきたの」
赤白い炎が立ち昇り、不思議なことに足の痛みが消えていく。
冬の全国選手権。高校サッカーをする者の晴れ舞台。……あの舞台に立ちたい。
……でも、待てよ。俺たちだって、試合に負けた後は次に向けての対策を考える。フラムだって同じはずじゃないか。
フラムは、七十年前の失敗を踏まえて、きっと龍神への対策を練っているに違いない。そうでなければ、わざわざ龍神の力が宿る諏訪の地に、再び、のこのことやってくるはずがない。
姿見鏡の中で唇を動かす七海澪の姿が、まぶたの裏に浮かぶ。
「邪魔はさせない」
その言葉が、今でも耳に残っている。
初めてセラフィスを紹介された日の医師の声が蘇る。従来の常識を超えた回復例の話を、医師は熱心に語っていた。
リハビリルームでの武との会話。
「武くんこそ、この前より随分歩幅が大きくなったじゃない」
その時の武の笑顔は、少し本物に近づいていた気がする。
記憶は最後に、あの不思議な出会いへと辿り着く。
深い翡翠色の瞳を持つリンネ。彼女が微笑んだ瞬間に見た幻影――黒い尖った帽子の下から覗く青い髪の魔女の姿。
※
佑也は、自分の思考が堂々巡りの中に陥っているのを感じた。
フラムの実験を、単純に悪と決めつけていいのだろうか。でも、もし、本当に止めなければならないとしたら。……龍神の力だけで足りるのか。
佑也が、軽く目を瞑って、今日はこのまま寝てしまおう、と思ったとき、スマホの呼び出し音が鳴った。待ち受け画面を見ると、神崎美咲からだった。
美咲や千夏とは、最近、会っていなかった。なんでも、巫女訓練で忙しい、とのことだった。その美咲からの電話だった。
何だろう、こんな時間に。
佑也が、スマホに出ると、美咲の声が響いた。
「こんばんは、佑也君」
「おう、どうした、こんな時間に」
「ごめんなさい。話があるの。話があるのは、かれん先生。……いや、九尾殿かな」
「九尾殿? 誰だそいつ?」
すると、スマホの向こうの美咲は、黙り込んでしまったかと思うと、やがて、美咲の思いつめた様な声が、佑也の耳に聞こえてきた。
「佑也君、サッカーでゴールを決める時のことを思い出して。つべこべ言わない、あれこれ考えない、腹をくくる、そうでしょ?」
「へえー、分かってんじゃねーか」
「今がその時なのよ、私も、佑也君も」
「……」
「いいから、私の指示に従って」
佑也は、美咲の気迫に押されて、スマホに向かって、頷いた。
美咲は、先ず、鏡を用意しろ、と言う。手鏡でいい、と言う。
佑也は、一階に降りて、居間にいる母親に声をかけた。
「母さん、手鏡ある?」
「おや、明日はデートかい? 今更、鏡見たって、色男になんてなれりゃしないよ」
「いいから、手鏡」
「何だい、母親に向かって、その言い草は」
佑也の母親はそう言いながらも、両親の寝室に行って、手鏡を貸してくれた。
「サンキューな」
佑也は、そう感謝の念を述べると、自室に戻った。
佑也は、再び、スマホの美咲に呼びかけた。
「おい、手鏡は用意したぞ。次はどうするんだ?」
「そしたら、椅子に座って、手鏡を机の上において。……電話はもう切るわよ」
「うん? それで終わりか?」
佑也の怪訝な声は、美咲に届いたのか、届かなかったのか。
スマホは、切れてしまった。
「ちぇっ、何がどうなってんだか」
佑也は、ぶつぶつ、言いながらも、美咲の指示に従い、勉強机の前に座り、手鏡を机の上に置いた。置くや否や、見たことのない少女の顔が、手鏡に映った。
佑也は、何一つ驚いていない自分に、驚いた。
「全く、何でもござれ、だね、本当に」
手鏡の中の丸顔の可愛らしい少女がにっこり、微笑む。
「今晩は、初めまして。水無月かれんと申します。美咲さんと千夏さんにはお世話になっております」
「今晩は、最上佑也です。……美咲と、巫女訓練とやらを一緒に受けているのかい?」
手鏡に、美咲の顔が映し出される。
「ちょっと、失礼よ。この人がかれん先生。私に指導してくれてんの!」
「……」
指導も何も、未だ、中学生じゃねーか。
手鏡の中では、かれんが、美咲に向かって、いいんですよ、美咲さん、と言っている。
かれんは、再び、佑也に向かって、言った。
「先程の、美咲さんのサッカーのゴールの話、分かりやすかったですね。私も、感心しました」
「まあな」
「その続きです。今はちょうど、欧州ですと、移籍マーケット真っ盛りですね」
「へえー、良く知ってるな」
「佑也さんにも、オファーがあります。もっとも、サッカーのプロ契約ではありませんが」
「ふーん」
すると、手鏡の中には、かれんの姿が消え、やたら色っぽい妙齢の女性が映った。
色っぽい? 美咲と千夏の前に、姿を現した奴か。
手鏡に映る妙齢の女性は、佑也に言った。
「わらわが九尾の狐じゃ」
「九尾の狐?」
「知らぬか。まあ、あとでぐぐるといい。概ね、間違ってはおらぬ」
「……」
なんだい、なんだい、芸能人かい。すると、芸能事務所? だが、俺も別に、色男ってわけじゃないからなあ。
九尾の狐は、佑也の怪訝な様子を見て、言葉を費やした。
「わらわは、古より龍神と時に対立し、時に協力し、共に、この国をつかさどって来た存在」
……駄目だ、何言っているか分からねえ。
佑也は、手鏡に向かって、声を張り上げる。
「おい、千夏。いるなら、代われ」
すると、千夏がひょっこり、顔を現した。
「佑也先輩、お久しぶりです~」
「九尾の狐って何だ? 三行で説明しろ」
「ええー、ご本人がいるんだから、ご本人に聞けばいいじゃないですか?」
「俺はお前に聞きたいんだ」
「あら、女心をくすぐりますねぇ」
「うるさい」
千夏は、コホンと咳払いすると、説明した。
「九尾の狐は、数百年から千年以上生きているとされる長寿の存在です。賢明で力があるため、神の使いとして崇拝されます。高い知性と強力な魔力を持ち、人間の姿に変身する能力があります。以上」
何だ単なる化け物か。
佑也は、再び、手鏡に向かって、声を張り上げる。
「おい、美咲。代われ」
手鏡には、美咲が顔を現した。
「何よ?」
「お前は、その、龍神様には会ったのか?」
「会ったわよ、二度」
「そうか」
すると、手鏡には、九尾の狐が姿を現した。
「もう、いいであろう。だから、あとでぐぐれ、と」
「分かった、分かった。それで、契約ってどんな契約なんだ?」
「うむ」と、九尾の狐。「わらわと契約すれば、汝は、わらわの力が使えるようになる。もっとも、何が何処まで出来るかは、修練次第だがな」
「わらわの力?」
九尾の狐が、深いため息をついたかと思うと、千夏がひょっこり、姿を現した。
「佑也先輩、凄いですよ~。九尾の狐は、時間、空間を操れて、幻術が使えます。それに、知性のおまけ付き。羨ましいです~」
「分かった、分かった、あとでぐぐる。それにしたって、どの力も修練次第だろ?」
「そりゃ、そうですよ~。世の中、美味しい話なんて無いんですから」
「美味しい話と言えば、デメリットは何だ? 契約することのデメリットは?」
九尾の狐が姿を現す。
「デメリットというか、条件と言った方がいい。条件は大きく二つある」
「二つ?」
「一つは、契約の絶対性。一度結んだ契約は生涯に渡って継続し、破棄することは不可能。一つは、大義への従属。個人の願望や幸せより、九尾の狐としての使命を優先せざるを得ない。例えば、愛する者を守りたい場合でも、九尾の狐としての大義が優先じゃ」
「……」
九尾の狐としての大義ねえ。
佑也は、九尾の狐に向かって、言った。
「考える時間はくれるのか?」
「もちろんじゃ。こっちはこっちで、ちと、都合がある」
鏡の向こうで、美咲は呟いた。――メイさんの封印を解除しないとね。
佑也は、ちょっと、考えて、言った。
「契約前に、一つ、条件というか、お願いがあるんだが」
「何だ、言うてみい」
「一度だけでいいから、俺が望んだら、その場ですぐ、契約前でも、九尾の狐の力を使わせてくれないか? もちろん、その時をもって、俺としては契約締結でいい」
「ふむ、お試し、と言うやつか。時代も変わったのう」
「別に、そういう訳じゃないが」
「まあいい。だが、先程も言った様に、修練が無ければ、使える能力には限りがある。だから、分身を送ってやろう。もちろん、わらわに比べれば限りがあるが、まあ、お主が望む、大抵のことは出来るはずだ」
「それは助かる」
「よし、話はまとまった。かれん、この度は大義であった。礼を言うぞ」
「いえいえ、こちらこそ」
手鏡には、いつの間にか、かれんが映っていた。
「それじゃあ、最上佑也さん、今日は有難うございました。お休み……」
佑也が慌てて、言う。
「あっ、ちょっと、ちょっと。おい、分身とやらは、いつ」
九尾の狐は、姿を現さず、声だけが、佑也のもとに届いた。
「もう、送ったわ」
「ふえっ?」
かれんが、にっこり微笑む。
「大丈夫ですよ、最上さん。私、霧空大社の巫女の前でなされた約束は神聖なものですから。それでは、お休みなさい」
かれんがそう言うと、いつの間にか、手鏡には、佑也自身の顔が映し出された。
霧空大社? なんじゃそりゃ。……ぐぐるか。




