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第11回─メモリー


 ヴィガとレイリスは、空間の歪みの中に浮かぶ、黒い扉を前にして、なかなか足を踏み出せずにいた。


 レイリスの心臓は早鐘のように鳴り、記憶が波のように押し寄せてきた。

彼女は思わず足を止め、そっとヴィガに言った。


 「ねぇ、覚えてる?私たちが一緒に過ごした

、あの時間を……」


 彼は軽く微笑み、優しい目で彼女を見つめた。


 「決して忘れるわけないだろう。

君がそばにいてくれたから、

一番大切な思い出になったんだ」


 彼はレイリスの手を引き、

ゆっくりと隅の方へ歩いていった。

そして、少し休むように彼女を促した。


 「まずは座ろう。急ぐことはないさ……

僕も君にたくさん伝えたいことがあるんだ」


 「自分の足で世界を巡った時、

いろんな場所を見たね……」


 レイリスの声には懐かしさが漂っていた。


 「あの巨人たちの住む故郷、覚えてる?

見た目は怖かったけど、みんな純粋で、子供みたいな心を持ってたわ」


 ヴィガは頷きながら微笑んだ。


 「そうだね。彼らは僕たちと一緒に山を駆け回るのが好きで、

足音だけで谷が震えるほどだった。

特にあの一番大きな巨人……」


 彼は思わず笑った。


 「走る競争をしたがって、

僕たちはいつも後れを取ってたよ」


 レイリスも思い出して笑いをこぼした。


 「そうね。最後には彼が

自分の大きな手袋を渡してくれたの。

私たちへの記念だって言ってた」


 ヴィガは懐かしそうに目を細めた。


 「その手袋、まだバッグの中にあるんだ。

見るたびに、あの時のことを思い出すよ」


 そう言いながら、彼はそっと手袋を取り出した。

手袋は彼とレイリスが使いこなせないほど大きく、

分厚くて、縫い目も粗い。

けれど、どこか温かみがあった。


 「これ、覚えてる?」


 ヴィガは微笑んで手袋を見せた。


 レイリスは手袋を見つめ、笑顔をこぼした。


 「もちろん! あの小さな巨人がくれたものよ。

彼らの家族の象徴だって言ってた」


 「そうだね。

勇気と力をもたらすものだって言ってたよ」


 ヴィガは手袋をそっと撫でながら、懐かしそうに言った。


 「でも……」


 レイリスは微笑んで首を横に振った。


 「これを本当に使える人なんていないわね」


 ヴィガも笑みを浮かべ、

柔らかな目で見つめ返した。


 「たしかに。でも僕たちにとっては、

ただの手袋じゃない。

友情と思い出の象徴だよ」


 彼は手袋を丁寧にバッグに戻し、

その大切な友情を胸にしまった。


 「他に覚えている場所は?」


 ヴィガは興味深そうに問いかけた。


 レイリスは少し考えたあと、

顔を上げて微笑んだ。


 「湖畔の夜、覚えてる?

一緒に湖のほとりに座って、

満天の星を見上げたの。

湖面には私たちの影が映って、

まるで夢のようだった……」


 「あと! それから、

ドワーフの村でのこと、覚えてる?

超辛い煮込み料理を振る舞ってくれたときのこと」


 レイリスは目を瞬かせ、

少し困った表情を浮かべた。


 「辛すぎて耐えられないと思ったけれど、彼らは平気で、

ただの前菜だって言ってたのよ」


 ヴィガは大笑いし、

その宴会の情景が鮮明によみがえった。


 「ああ、そのとき君の顔は真っ赤だったけど、

意地でも『おいしい、もっとちょうだい!』って

言ってたね。

彼らは君が大好きだと思って、

どんどん盛ってくれたんだ。

君の強がりには驚かされたよ」


 「もう、彼らの優しさに

感動して泣きそうだったの」


 レイリスは額をさすり、

少し照れくさそうに言った。


 「でも、本当に親切な人たちだったわ。

鍛冶場でも、武器の作り方を

少し教わったし、」


 「そうだね。あのとき作られた剣は本当に頑丈だった。

山の奥で最も希少な金属を

使っているって言ってたよ」


 暗闇に包まれた宮殿の中で、

二人の温かな笑い声が星々の光とともに、

空間に温もりを添えていた。


 しばらくして、ヴィガはふと笑みを浮かべて

言った。


 「あの四葉のクローバー族のところで、

カードゲームをした夜のこと覚えてる?」


 レイリスは頷き、微笑みを浮かべた。


 「覚えてる。ルールが複雑で、

いつも変わるから、

最初は全然理解できなかったわ」


 「そうだったね!」


 ヴィガも笑いながら回想した。


 「運だけじゃなく、

柔軟に適応しなきゃ勝てないゲームだったよね。

僕なんか、全然歯が立たなかった」


 レイリスは彼の肩を軽く叩き、

笑いながら言った。


 「でも、最後に私が勝った時は、

みんな驚いてたわよね!」


 ヴィガは頷き、

称賛の眼差しで彼女を見つめた。


 「うん、四葉のクローバー族に勝った唯一の瞬間だった。

あの勝利は本当に誇りだったね」


 「たくさんの経験を通して、

私たちはいろんなことを学んだね~」


 ヴィガの声は深く、

過去の思い出に浸るようだった。


 「そうね。一緒にいろんな景色を見て、

数え切れないほどの冒険をした」


 レイリスはヴィガを見上げ、

目には温かな思い出が宿っていた。

そして、ゆっくりと彼の肩に

頭をもたせかけた。


 「巨人たちと舞い踊り、

ドワーフの炉端で学び、

私たちは互いに支え合いながら

ここまで来たのね」


 ヴィガはそっと彼女の肩に手を置いた。

その声には、

わずかな安らぎが込められていた。


 「一番困難だったのは、

どうやって僕の星の光を

君の夢に送り込むかということだった。

特に君が暗い森の中で消えてしまったあの日々、僕はこの冷たい宮殿で

長い間一人で過ごし、


心にはただ一つの想いだけがあった――

必ず君を連れ戻す、と」


 レイリスは振り返ってヴィガを見つめ、

その真剣な表情に心が軽く震えた。


 ヴィガは彼女の澄んだ大きな瞳に見つめられ、

顔を赤らめて急いで視線をそらした。


 レイリスは彼の反応にくすっと笑い、再び彼の胸に寄りかかりながら

髪をいじり始めた。


 「いろんな場所の話をしたけど、

私、まだ行きたいところがあるの」


 レイリスは突然口を開いた。

その声には、少し期待と神秘が

込められていた。


 ヴィガは振り向いて、

興味深げな笑みを浮かべて尋ねた。


 「ん?どこだい?」


 レイリスは顔を上げ、

宮殿の上方に広がる無限の闇を見つめた。

彼女の目は闇を貫くように、

星空を感じ取ろうとしていた。


 「決まってるでしょう、あなたの故郷」


 彼女はそっと言った。


 ヴィガの瞳に一瞬驚きがよぎったが、

すぐに落ち着きを取り戻した。


 「僕の故郷か……」


 彼は小さくそうつぶやいた。


 「あなたはどうやってここに来たの?前に聞いたときも……

あまり詳しく話してくれなかったわ」


 レイリスは好奇心をにじませながら尋ねた。

視線は依然としてその無限の闇に

留まっていた。


 ヴィガは深く息を吸い、

目を静かに伏せた。


 「僕は星の王国の王子で、

四百五十歳で成人したとき、

伝統に従って他の世界を観察する資格を得たんだ」


 「四百五十歳?」


 レイリスは驚いて目を大きく開き、思わず笑みを浮かべた。


 「あなたたちにとって、

それが成人なの?」


 ヴィガは微笑み、頷いた。


 「そうだよ。

僕たちの成長過程は人間とは違う。

成人後、僕は他の世界を観察する権利を得た。

それは特別な特権なんだ。

僕は多くの時間を費やして

それらの世界を見つめていた。

どの世界も生命力と可能性に満ちていて、僕は深く魅了されたんだ......」


 「それで?」


 レイリスは夢中で聞き入り、

その瞳には好奇心が輝いていた。


 「でも、僕は一つの禁忌を犯してしまった」


 ヴィガの声は沈み、

わずかな後悔が滲んでいた。


 「僕たちは他の世界を観察することは許されている。

でも、決して干渉してはならない。

だけど僕は……」


 彼はレイリスを見つめた。

その目は温かくも、

自分を責めるような色を帯びていた。


 「僕は君を見たんだ。

君が風雨の中で一人さまよい、

無力で孤独だった。

そのとき、僕の心に強い衝動が湧き上がり、

君の苦しみを無視することができなかった。

だから僕は規則を破り、

その雨の夜に君の前に現れたんだ……」


 「じゃあ……あなたは私のために

禁忌を犯したの?」


 レイリスの声はかすかに震え、

その目には信じられないという感情が溢れていた。


 ヴィガは頷き、

目にほろ苦い笑みを浮かべた。


 「そうだよ。

これが僕が初めて凡人の心を持った瞬間であり、

初めて感情というものを理解した瞬間だった。

規則を破ったことで、

星の王国は僕を追放し、

星墜城に送った。

僕の墜落を象徴する場所だ」


 「星墜城……

それは罰の場所なのね?」


 レイリスは小さな声で尋ね、

心の中で何かが繋がったように

感じていた。


 「そうだ」


 ヴィガはうつむき、

そっとため息をついた。


 「星墜城は、罪を犯した星の民が

墜ちる場所だ。

そこから人間界へと墜ちるんだ。

まるで流れ星のように。

僕が王子であっても例外ではない。

罪を犯せば、代償を払わなければならない……

そしてそのときから、

僕の寿命も君と同じように

限られたものになった」


 「まるで流れ星のように……

私の世界に墜ちてきたのね?」


 レイリスはそっと問い、

その胸の中に温かな感情が広がった。


 「そう。まさに流れ星のように。

僕は君の世界に墜ち、

自分の運命を変え、

そして君の運命も変えたんだ」


 ヴィガの声は低く優しく、

少しの無力感と深い思いが

込められていた。


 レイリスは彼の話を聞きながら、

心に複雑な感情が押し寄せ、

これまで二人が歩んできた道のりを

思い返していた。

彼女はそっと彼の手を握り、

声には柔らかく穏やかな愛情が

滲んでいた。


 「どんなことがあっても、

あなたがここに来てくれて、

私のそばにいてくれて

本当に良かったと思っているわ」


 ヴィガはレイリスの髪を優しく撫で、微笑んで言った。


 「僕もそうだよ」


 その声には少し懐かしさがあり、

苦しいながらも価値のある体験を

思い返しているようだった。


 話が進むにつれ、ヴィガの笑顔は

少しずつ消え、

代わりに重苦しい記憶が浮かび上がった。

まるであの日の無力さを

再び目の当たりにしているかのように、低い声で語り始めた。


 「君が森の中で闇に飲まれ、

虚無と恐怖の中を彷徨っていたのを見た時、

何かしなくてはと思ったんだ」


 レイリスはそっと顔を上げてヴィガを見つめ、心に多くの疑問が浮かんだ。

彼女は、あの暗闇の中に飲み込まれた瞬間のことを思い出し、

すべてを失ってしまうかのような感覚と、抗えない恐怖に包まれていた

その時のことを振り返っていた。


 彼女は小さな声で尋ねた。


 「どうやって私を見つけてくれたの?」


 「覚えてる……あの時、

絶望的な暗闇に覆われていて、

希望なんてほとんどなかった……」


 「そう、その時だった」


 ヴィガは頷き、

低く感情を込めて言った。


 「森の中の古い遺跡で巨大な水晶を見つけ、その水晶に触れたことで

僕は永夜の国に導かれたんだ。

青い巨鳥の助けを借りて、

ようやくあの壊れかけた古い魔法の鏡を見つけた。

その鏡を通して君の夢の中に入り、

少しずつ君を目覚めさせることができた。」


 「水晶?」


 レイリスは眉をひそめ、

疑わしげな目で彼を見つめた。


 「そう。その水晶は闇を越える力を持っていて、

君を見つけ出し、君の夢の中に入り込んで少しずつ目覚めさせる手助けをしてくれたんだ」


 ヴィガの声は穏やかだったが、

その中には深い心配と愛情が

込められていた。


 「でも、その過程は決して簡単じゃなかった。

夢の中のルールに従って

行動しなければならなかったし、

正体を直接明かすことはできなかった。

そうしないと、

君は永遠に目覚めることが

できなかっただろう......」


 レイリスは静かに聞き入りながら頭の中には夢で見た光景が

よみがえっていた。


 彼女が自分のことも分からない時に、

いつも優しい笑顔で

熱いミルクを用意してくれた

あのおじいさんが思い出された。


 彼は、そんな時に彼女の心に

小さな安らぎを与えてくれていたのだ。


 突然、彼女はすべてが真実であることに気づいた――

あのおじいさんは、

最初からヴィガだったのだ。


 「それじゃ……おじいさんって……」


 彼女は小さくつぶやき、

微笑みを浮かべた。

顔を上げてヴィガを見つめ、

いたずらっぽい目をして言った。


 「やっぱり、おじいさんは

あなただったのね?」


 「僕は星の光をその姿にして

君の夢に入り込み、

少しずつ君を目覚めさせることしか

できなかったんだ。

君が好きな熱いミルクも……

それが少しでも

君が自分を取り戻す助けになればと思ってね。

君は、寒い冬の日、

親切な誰かがくれたあの熱いミルクがどれだけ君を温かくしてくれたかって、そして悲しい気持ちを

和らげてくれたと言ってたよね」


 ヴィガはそっとうなずき、

少し困ったような温かな笑顔を浮かべた。


 レイリスはヴィガを見つめ、

思わず笑いをこぼした。


 「まさか……あなたが、

あのおじいさんだったなんて!」


 彼女は一瞬間を置き、

夢の中の一つ一つの場面を思い返した。


 「おじいさんが話してくれたこと、全部本当だったのね……」


 彼女は心の中に温かな気持ちがあふれ、

ヴィガが自分の人生で最も大切な存在であることを改めて感じていた。


彼女が孤独で途方に暮れていた時、彼は彼女の行く道を照らし、

闇に飲まれそうな彼女のために

勇敢に未知の暗闇の中へと

飛び込んでくれた……


彼女には言いたいことが山ほどあったが、

それをどう表現すればいいのか、

何と表現すれば自分の心からの感謝が伝わるのかが分からなかった。


 レイリスは自然と満ち足りた微笑みを浮かべ、今この瞬間、

ただ彼の温かい胸に寄り添っていたいと思った。


彼の優しい声を聞きながら、

過去に一緒に経験した冒険や笑い声を思い出していた。


 彼女はまだ、ヴィガがかつて

感情を表現することが苦手な

小さな男の子だった頃のことを

覚えていた。


 そんな彼が成長し、今では彼女の心に太陽のような温もりをもたらす存在へと変わった。


 その成長が、彼女にこの瞬間を

さらに大切に思わせ、


そしてどんな未来が待っていようとも、

ヴィガがそばにいれば、きっとすべてを乗り越えられると確信させてくれた。


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