08 ニコラスの課外授業2
「喜んでいただけたようでなによりです」
ニコラスが両目を細めて微笑む。そして、「では早速」とローブの袖から自身の杖を取り出した。イーリスが受け取ったのと同じ物だ。
「杖には魔力を増幅させる効果があります」
右手で握った杖で、ニコラスは空中に小さな円を描く。そして尖った先端を、土砂に埋もれた家屋へと向けた。
押しつぶされた木材が、泥をまき散らしながらふわふわと宙に浮かぶ。ここから距離はあるが、杖を使えば魔法は届くようだ。線を引くようにニコラスが杖を移動させると、待機していた荷車にそっと木材が積み込まれた。
「このように、復興の支援を行うことが本日の授業です」
作業の手を止め感謝を叫ぶ男たちに、ニコラスは手を振りながら言った。
「やってみるわ」
握りしめた杖を、イーリスはニコラスを真似るようにして構える。
イーリスは拳ほどの大きさの石を浮かばせるのがやっとだ。でも不思議と、その何十倍も重い瓦礫が持ち上がらないとは思わなかった。
狙いはニコラスが動かした木材のすぐ隣。土砂の中から顔を出す柱だ。
胸に手を当て、ゆっくりと吸い上げた空気を一気に吐き出す。
イーリスはこの街を守るイリステラ家の娘だ。そう心の中で唱えるだけで、気合が入った。
イーリスが杖先に魔力を集めると、草の根を抜くように容易く柱が地面を離れる。
「素晴らしい……」
隣で感嘆を漏らすニコラスの顔が目に浮かぶ。
どんなものだ、と自信満々に顔を覗き込んでやりたいところだが、集中を切らしてはいけない。
イーリスは杖を振り、ニコラスと同じように柱を荷台に積んだ。その直後、はぁはぁと肩を大きく揺らしてイーリスは空気を吸い込む。どうやら息をしていなかったようだ。
呼吸を整えると、イーリスはニコラスと共に壊れた家屋や流れ着いた岩を片付けていく。すぐにコツは掴めた。ニコラスから受け取った杖は、元々体の一部だったかのように手によく馴染んでいった。
「生徒さんもやるじゃないか」
男の声とともに、背後から手が伸びてくる気配がする。
イーリスの背筋はぞくりと強張るだけで、体が思うように動かない。長い時間魔法を使っていたからだ。
ダメだ、触られる。加護が発動してしまう。
イーリスは振り向くことしかできなかった。
「失礼」
イーリスの肩を目指した手が、ピタッと止まる。体毛の濃い前腕を、ニコラスの手が包んでいた。
「触れられるのが苦手な子でして」
ニコラスの唇は優しく弧を描いていたが、目は欠片も笑ってはいなかった。初めてニコラスが怒っているのを見た気がする。イーリスはその横顔に釘付けになっていた。
「イ、イーリス様……?」
誰かがイーリスの名を呼んだ。この声はニコラスではない。
ふと声のする方へ顔を向けた時にイーリスは気づいた。
顔を隠していたフードが視界に入らない。勢いよく振り向いたせいか。
群衆の大きく見開かれた瞳が、イーリスだけを捉えていた。




