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引きこもり公爵令嬢は新任の家庭教師(隣国の王子)と外に出る  作者: ひとえ


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05 十四歳の公爵令嬢が成すべきこと


 気になりすぎる!


 ナイフで切り分けた鹿肉のソテーを口に運びながら、イーリスは心の中で叫んだ。


 ニコラスは隣国、サハンカ王国の王子だった。だがなぜ追放された。なぜイーリスの家庭教師をしている。


 湯水のごとく溢れ出した疑問をニコラスへぶつけたのだが…… 彼の返答はこうだ。


「魔法で鉄球を一分以上浮かせることができましたら、また一つ、言うことをお聞きしましょう」


 柔和な印象を振りまく目を弧にしならせたニコラスの顔が、今も鮮明に脳に焼き付いている。あまりに無理難題が過ぎるだろう。自分のことはイーリスに教えないと言っているようなものだ。


 肉を切り分ける右手のナイフがカタンと皿に当たる。力が入りすぎた。少し落ち着こうと、隣の皿のワッフルに目をやる。

 焼き色の付いた四角い網目状の生地。その上を彩る蜜漬けされた果実。ハンナ菓子店の一品でイーリスの好物だ。自然と頬がにやついてしまう。


 晩餐会が開かれることもある屋敷の大食堂で、イーリスは一人、食事を続ける。部屋を縦断するように配置された長テーブルには、食器よりも燭台(しょくだい)の数の方が多い。


 普段はメイドに食事を自室へと運ばせるのだが、今日はそういうわけにもいかなかった。


 バン、と勢いよく扉が開く。


「イーリスちゃーん。お父様が帰ってきましたよー」


 肉の詰まったお腹を先頭に、だらしなく頬を緩ませたアドマンドが大食堂に入ってくる。アドマンド・イリステラ。イーリスの父にしてプラネーカ王国の公爵だ。


 イーリスは食事の手を止め立ち上がると、ニコリと首を傾ける。


「お久しぶりですお父様。ですがその喋り方は、二人だけの時の方がよいかと」


 アドマンドの後ろ。給仕用のカートを押すメイドが気まずそうに佇んでいる。

 耳を赤くしたアドマンドが咳払いすると、メイドは料理をそそくさと運んで逃げるように部屋を出た。


「やっと豪雨災害の処理が一段落してな。愛する娘の顔を見られて気持ちが高ぶってしまったようだ」


 恥ずかしさを残した笑みを浮かべながら、アドマンドが席に着く。続けてイーリスも、ドレスが広がらないよう手を添えながら座った。


「お父様、一つお聞きしたいことが」


 大きく切った鹿肉を咀嚼し飲み込むと、アドマンドが「どうした?」と目を瞬かせた。アドマンドが食べる料理は、自分のよりも幾分か美味しそうに見える。


「家庭教師のニコラス…… 様なのですが。あの方は一体どういうお方なのですか?」


「どういう……?」


 きょとんとした顔でアドマンドがイーリスを見ている。


 アドマンドに、ニコラスはサハンカ王国の王子ですか? と直接尋ねるわけにはいかないのだ。どうせ信じないだろうが、アドマンドがニコラスを厄介者扱いして追い出してしまう可能性もある。


 それにニコラスとの約束も…… まぁ一番は、有能な家庭教師を手放したくないという理由なのだが。


「家庭教師になる前はどのようなことをされていたのか、という意味です」


「なんだ、そういうことか。彼は流浪の魔法使いだよ。街を渡り歩いて生計を立てていたそうだ」


「そうでしたか…… 聞き慣れないお名前でしたので、もしかしたらサハンカ王国の貴族様なのかと」


 アドマンドは豪快に肉を平らげると、腕を組んで椅子に座り直す。


「それはありえん、最近は我が国と良好な関係を築けているとはいえんしな。次の家庭教師はリーズル卿が受け持つ予定だったのだが…… 我がイリステラ家に媚びを売る輩は根性なしばかりでかなわん」


 イーリスがそっと顔を伏せる。アドマンドが「イーリスちゃんは悪くないんだよー」と付け足した。アドマンドはイーリスのよき理解者でもある。


「一目見てニコラス君は優秀な魔法使いだと判断したよ。それに、彼と上手くやれているそうじゃないか。報告は受けているよ」


「ええお父様…… ニコラス様はとても教えるのがお上手で……」


 イーリスは苦々しい笑みで応える。追放されたとはいえ、一国の王子を君付けで呼んでいるのはいささか肝が冷える。


「そうだイーリス」


 布のナプキンで口を拭くと、アドマンドは真剣な眼差しをイーリスに向けた。


「知らない人間が近くにいて体調を崩してはいないか?」


「はい、今のところは……」


 そうかそうかと、アドマンドはぶどう酒の入ったグラスを傾ける。いつも体調を崩すのは、イーリスではなく相手の方なのだが。


「決して無理はするなよ。好きなだけ家の中にいればいい」


「ありがとうございます、お父様」


 イーリスの笑顔を見て、アドマンドは機嫌良くぶどう酒を飲み干した。今日はいつもより酒が進んでいるように見える。


 だがいつまでも親に甘えて引きこもっているわけにはいかない。イーリスは公爵令嬢だ。もう十四歳。自分が成すべきことは理解している。


 少しずつ、ほんの少しずつでいい。鳥の雛が巣から一気に離れるようにとはいかなくとも、変わっていけるような日々を過ごせばいいのだ。


 明日はいつも閉め切っている部屋のカーテンを開けようと、イーリスは胸に誓った。




♢♢♢



「今日は外で授業を行います」


「え……?」


 翌日、日差しの射し込むイーリスの部屋。イーリスの新たな一歩は、太陽のように眩しい笑顔を振りまくニコラスによって、大幅に難易度を上げられた。



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