表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
引きこもり公爵令嬢は新任の家庭教師(隣国の王子)と外に出る  作者: ひとえ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/7

04 二人だけの秘密


「いつまで繰り返せばいいのよ」


 宙に浮いたこぶし大の石が、ゴロンと赤い絨毯に落下する。


「物体の操作は魔法の基礎ですから。せめて一分は持ち上げたままにならないと」


 分厚い歴史書をめくりながらニコラスが淡々と言った。イーリスは深いため息のあと、再び石に向けて両手をかざす。


 指先に血流を集中させるイメージで、自身の体を流れる魔力を集める。そして石に注ぎ込むように、魔力を解き放つのだ。


 触れてもいないのに、ゴツゴツとした触感が手の中にある。あとは真下の石を持ち上げるだけ――


「浮いてる、浮いてるけど……」


 強張った肩がガクンと下がると同時に、目の高さにあった石が床を打つ。ニコラスの防御術式によって、絨毯や床に傷がつくことはない。


「十八秒ですね。一分維持できるようになったら、石からそこの鉄球に切り替えますので」


 ニコラスが部屋の隅に転がる鉄球を指差す。その鉄の塊も、何度も持ち上げている石も、イーリスの加護によってニコラスの頭部へ落下したものだ。


「厳しすぎない!?」


「大丈夫です。イーリス様ならできますよ」


 イーリスが唇を尖らせる。ぱたんと本を閉じ、ニコラスは柔らかな眼差しを向けた。


 ニコラスがイーリスの部屋へ不法侵入を果たした日。ニコラスはイーリスの家庭教師になることが正式に決まった。もちろんニコラスの不敬は、イーリスのみが知るところだ。


 空いていた客室がニコラスに割り当てられ、朝と昼の一日二回、イーリスの自室で魔法の訓練が行われている。


「さすがにもう飽きてきたわ。朝から石とにらめっこしてばかり……」


「そのようなことをおっしゃらず。イーリス様は素晴らしい才能をお持ちなのですから」


 本音なのか生徒を持ち上げる建前なのか。ニコラスの穏やかな瞳から、その真意を読み取ることは難しい。イーリスが人を避けて暮らしてきたことの弊害かもしれないが。


「そんな言葉でやる気が出るなら苦労しないわ」


 苦言を呈しながらも、イーリスはもう一度絨毯で転がる石に両手をかざす。

 ニコラスは考え込むように指を顎に添えると、思いついたように口を開いた。


「今日中に一分間石を浮かすことができたら、イーリス様の言うことを何でもお聞きしましょう」


「何でも!?」


 イーリスがひゅんと首を回す。


「おっと、石が落ちそうになっていますよ」


 わあっ、と声を漏らしながらイーリスは視線を戻す。首元の高さにあったはずの石は、ちょうどドレスのスカートが広がる腰ほどまで落ちていた。指先に力を入れ直すと、羽が生えたように石が浮上する。


「さっきの言葉、撤回なんてしないわよね?」


「もちろんですとも」


 ニコラスが優しく微笑みかける気配がする。

 イーリスは無意識に軽く唇を舐めた。


 誰かとこんなたわいもないやり取りをするのは初めてだった。


 今この瞬間は、魔法が使えるようになりたいだとか人が怖いなんてものは、どこかへ飛んでいってしまったようだ。


 楽しい。


 とても純粋で人を動かす根幹であろうその感情だけが、イーリスの体を満たしていた。


「凄いですよイーリス様! 一分経ちました」


「ちょっと黙ってて」


 イーリスの目には空中で漂う石の塊しか映っていない。重力に従おうとするそれを、ただ懸命に押し戻す。


「あぁ…… もう…… だめ……」


 イーリスの両手が膝を突く。ゴトンと落ちる石。肩で呼吸をしながら、イーリスは火照った体を鎮めた。


 子どもの時以来だろうか。全力で庭を走った後のような疲労感が、全身を巡っている。

 この感覚は嫌いじゃなかったなと、イーリスの頬が自然と緩む。


「お見事ですイーリス様、一分二十九秒です」


 見上げたニコラスの顔は、言葉とは裏腹にほとんどが驚きで構成されていた。

 どうやらイーリスに魔法の才があることは本当らしい。


「当然、でしょ……!」


 歯を見せながら勝気に笑うと、ニコラスは困ったように眉を垂らして微笑する。


 これも思い出したことだが、イーリスは小さいころから負けず嫌いなのだ。




「それじゃあ約束ね」


 息が整ったところで、イーリスが嬉々として口を開いた。ニコラスが気まずそうに目を泳がせる。


「あなた、初めてわたしの部屋に来た日。わたしを泣かせたでしょ」


「イーリス様、誤解を招く言い方は……」


「その時渡してくれたハンカチ」


 イーリスの言葉に、ニコラスの瞳が微かに揺らいだ。微細な変化を見逃すことなく、イーリスは続ける。


「隅に漆黒の獅子が刺繍されてあったわ。あれは隣国、サハンカ王国の国章。なぜあなたが持っているの?」


「それは……」


「言い逃れはできないわよ。それに、あのハンカチは洗礼式を終えた王族が短剣と共に手渡される物。わたしも一度お父様と参列したから、目に焼き付いているわ」


 絨毯を踏み、イーリスはぐんぐんと詰め寄る。ニコラスは両手を上げて半歩下がった。

 さらにもう一歩、イーリスが踵の高い靴を前に出す。強張るニコラスの瞳いっぱいに、イーリスの顔が映し出されている。


「わかりました、降参です。嘘をつくわけにもいきませんから」


 言いながらニコラスは、部屋の端にある鉄球を一瞥(いちべつ)した。


 ローブを(ひるがえ)してイーリスから距離を取ると、ニコラスは右手をそっと自身の胸に当てる。


「私の本当の名はニコラス・バーナンド。サハンカ王国の第一王子です」


「サハンカ王国の第一王子は、ゴルドフ殿下よ。そんなでたらめな嘘を」


 イーリスが凛とした瞳を細めるが、ニコラスはさも当たり前のことを言うかのように平然と告げる。


「ゴルドフは私の弟ですね。私は国を追放された身ですので、ゴルドフが第一王子となっているのです」


「――ちょっと待って。国を追放? ゴルドフ殿下が弟?」


 開いた手をニコラスに突きだし、もう一方の手でイーリスは自らの眉間を押さえ込む。


「でも、やっぱり嘘よ。そんな話聞いたことないわ」


「それはそうですとも。サハンカ王国にとって、私は隠しておきたい存在ですからね」


 ニコラスはピンと伸ばした指を、自身の頭頂部に当てる。


「ここに何も落ちてこないことが、証明にはなりませんか?」


 イーリスは口を両手で覆い、息を呑んだ。自分の加護のことは、自分が一番よく知っている。


 人を欺き傷つける嘘はイーリスに通用しない。ニコラスが嘘をついているなら、今頃彼の頭の上に石の塊が落ちていることだろう。


「あなたが、サハンカ王国の王子……?」


 イーリスが目を剥く。どこか得意気に、ニコラスは指を唇に添えて言った。


「このことは、イーリス様と私だけの秘密ですよ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ