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引きこもり公爵令嬢は新任の家庭教師(隣国の王子)と外に出る  作者: ひとえ


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03 人と話せるようになりたかった


「イーリス様のことはおおよそ理解できました」


「質問に答えなさい!」


 イーリスがその凛とした両目を細め睨みつけるが、ニコラスは気にすることなく話を続ける。

 

「イーリス様は、加護の発動を極端に恐れているものとお見受けします。それが人と関わりを持とうとしない原因なのでは?」


「知ったような口を利いて」


「ではなぜ、私が部屋に入ることを止めようとしたのですか?」


 イーリスの片眉がぴくりと持ち上がる。その様子を見て、ニコラスはどこか満足そうに口角を吊り上げた。


「イーリス様は本当にお優しいお方だ」


 ニコラスはくたびれた靴を鳴らしてイーリスの前を通り過ぎ、書斎机の椅子に腰を下ろす。指を差して「わたしのよ!」と声を荒げるイーリスなどお構い無しだ。


 組んだ足をイーリスへ向け、真剣な表情で口を開く。


「私は決してあなたから離れません。お約束します」


「何をバカなこと言って」


「信じられませんか?」


 真っ直ぐ向けられた瞳に、イーリスはただただ困惑した。すぐにニコラスを拒絶しなかったのがその証拠だ。


 ニコラスを受け入れるべきか、それとも一人を貫くのか。イーリスの心は揺れていた。


「では証明してみせましょう」


 イーリスが答えを出すよりも早く、ニコラスは告げる。


 スラリと伸びた脚を組み直し、絡めた指を膝の上に置いた。そしてニコラスは、深く息を吸い込む。


「――あなたは愚かだ。どうしようもないほどに」


 イーリスが目を剥くと同時に、一本の矢がニコラスの右大腿部を貫いた。いや、飛んできたのではなくすでに刺さっていたかのように、その矢は現れた。


「何してるの!?」


 暴れそうになった足をニコラスはぐっと押さえつける。イーリスの慌てふためく顔を見て、ニコラスは喉の奥で笑った。


「加護を理由に他者を拒絶するなど、ただの言い訳でしかない。本当は、あなたが臆病なだけだ」


 まばたきの瞬間、グサリと両方の下腿に矢が突き刺さる。そして、止まっていた時が動き出すように、えぐられた傷口から血が溢れ出した。


「防御術式を使えるんでしょ!? なんで使わないの――」


「ですが私は離れません。あなたがどれだけ私を拒絶しても、どれだけこの身が傷つこうとも」


 イーリスを遮り、ニコラスは涼しい顔で続ける。まるで手品でも披露しているかのように、大きく両手を広げた。


「これが、その証拠でございます」


「あなた…… ばかなの……」


 ニコラスのローブの裾から、ぽたぽたと血液が落ちていく。足下の絨毯が、より濃い赤へと変わっていく。


 イーリスは言葉を失った。頭の中がぐしゃぐしゃになった。


「わたしはおおばかものですよ。ですがあなたに、魔法を教えることができる」


 言いながら、ニコラスは少しかがんで太ももを貫いている矢の先端に手を伸ばす。返しがついた矢尻をバキッとへし折ると、歯を食いしばって残った矢を握りしめた。


「やめて、そんなことしたら!」


 ニコラスはいきみながら矢を引き抜いた。流れ出る血はさらに勢いを増し、額から汗が滴り落ちる。そんなことなどおかまいなしに、もう一本、もう一本とニコラスは刺さった矢を全て処理した。


「最後に、これで……」


 目をうつろにしながら、ニコラスは自身の足に手をかざして囁く。


「ヒーリング」


 眩い緑の光がニコラスの両足を包み込む。傷口は一瞬の内に塞がり、ローブにはどこかで引っかけたような穴が三ケ所残っただけだ。


「ほら、これで元通りです…… って、イーリス様?」


 イーリスは嗚咽を漏らし大粒の涙を流した。人前では冷徹に振舞おうと決めていたが、ニコラスの無事を見てその仮面は剥がれ落ちた。


「あなたは本当に…… 人の気も知らないで……」


「こ、これはご無礼を」


 ニコラスが困ったように眉を垂らしてイーリスの下へ駆け寄る。彼が懐から取り出した刺繍入りのハンカチを受け取り、イーリスは(まぶた)を拭いた。


「魔法が使えれば…… 誰も傷つけずに済むの?」


 鼻をすすり、イーリスが問う。ニコラスは安心したように息を吐き出した。


「もちろんです。強力な防御術式を広範囲で展開すれば、イーリス様の加護の被害を抑えられます。それに治癒魔法を習得すれば、どのような怪我にも――」


「難しいことはいいから!」


 息を荒げるイーリスに、ニコラスはピタッと固まる。


「魔法が使えれば、私は普通に話せるようになるの?」


 すがるような思いでイーリスはニコラスを見上げる。


 顔も体も、全身が熱を持っていた。一生叶わないと思えた願いを吐き出したからだ。


 人に怯えているのは本当はイーリスの方だ。きつい言動は、相手から拒絶されることを望んでいるが故の裏返しで。そして、誰かを傷つけるのが怖いからと、部屋に閉じこもった。


 でも本当は、人と楽しく話せるようになりたかった。

 

 瞬きをするとまた涙が押し出されてくる。

 雫が頬にたどり着く前に、ニコラスの指先がそれを拭った。


「もちろんですよ」


 ぼやけた視界の向こうで、ニコラスが穏やかに瞳を和らげる。心を覆っていた靄を貫き、光が射し込んだようだった。


 イーリスは軽く深呼吸したあと、もう一度ハンカチで瞼を拭う。ニコラスの指がイーリスの顔から追い出される。


「わかりました。あなたを家庭教師として採用します。だけど、自分を傷つけるようなことは今後一切しないと約束しなさい」


「承知しました……」


 ニコラスが口元を手で覆い、クスクスと笑う。


「何がおかしいの!」


「いえいえ、イーリス様は本当にお優しいお方だ」


 目と頬を赤くし、イーリスはニコラスの視線から逃げるようにそっぽを向いた。


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