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引きこもり公爵令嬢は新任の家庭教師(隣国の王子)と外に出る  作者: ひとえ


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02 要塞の令嬢


 半分ほど開いたままの部屋の扉をイーリスはそっと閉じた。

 そのまま背中を扉に預けて視線を落とし、小首を傾げる。


 この男をどうしたものかと。


 ベルベット生地の艶やかな赤のカーテンが、外からの視界だけでなく太陽の光さえ大きく遮っている。

 部屋の四隅に置かれたドレッサーや書斎机、ベッドなどの最低限の家具。床で気絶しているニコラスと隣の鉄球さえなければ、ここがいつものイーリスの部屋だ。


 日頃から鍛えてはいるが、イーリス自らニコラスを部屋の外へ出すのは難しい。イーリスはやっと十四歳になったところだ。ニコラスはどう見ても二十歳そこらの男性。痩せ気味ではあるが、運ぶには誰かの力がいる。


 かといってメイドを呼ぶことはしたくない。彼女たちはイーリスを恐れているし、それに、公爵令嬢の部屋に不法侵入したニコラスの罪が決定的なものになってしまう。


 誰にも喋らなければ、丸く収まる話なのだ。イーリスは誰かを傷つけることを望んではいない。


 となると…… イーリスは書斎机の中をごそごそと漁る。


「あった!」


 嬉々として取り出したのは包帯だ。メイドたちにもしもの事があったらと、前々からイーリスが忍ばせていたものだ。


 ニコラスに駆け寄ると、白い生地の先端を鉄球が直撃した頭部にあてがう。


「これを、こう…… 頭が持ち上がらなくて巻くのが……」


 出来上がったのは、ごわごわな帽子を被らされたようなニコラスだった。包帯と包帯の隙間から、毛量の多い髪が顔を覗かせている。


 まぁ、無いよりはいいかと、イーリスは椅子に腰かけニコラスの回復を待った。


 


 少しして、ニコラスの目がぼんやりと開く。ぱちぱちと上下する長い睫毛。

 突っ伏したままニコラスは確かめるように手足を動かすと、ほっとしたように頬を緩めた。


 その様子にイーリスも胸をなで下ろす。だが、椅子から立ち上がるとイーリスは心を切り替えた。


 家庭教師なんて必要ない。誰もイーリスに近づいてはいけない。


「やっと起きたわね」


 腕を組み、イーリスはニコラスを見下ろす。なるべく威勢の良い声になるようイーリスは努めた。


 きょとんと目を丸くしたニコラスであったが、現状を察したのか整った顔が瞬時に強張る。一瞬のタイムラグは、まだ意識がハッキリとしていなかったからだろうか。


「これはこれはイーリス様、お初にお目にかかります。私は家庭教師を拝命いたしましたニコラスと申します。燃えるような赤いドレスがとてもお似合いですね」


「あなたは、床に寝そべりながら人と挨拶するように教わったの?」


 ニコラスは苦笑しながらも、同じ姿勢で応える。


「あまりにも絨毯の感触が素晴らしいもので、つい、うたた寝を」


「絨毯の上で眠るなんて、あなたはベッドを使ったことがないのかしら?」


 ニコラスの眉根にしわができたのをイーリスは見逃さなかった。


 これでいい。早く嫌いになって出て行ってくれ。

 

「この絨毯はとても良い物だということですよ」


 言いながら、ニコラスは両腕を付いてなんとか立ち上がる。


「……お父様の趣味なのよ」


 両目を細め、イーリスは自身の二の腕を指でトントンと叩いた。


 部屋にある物もこのドレスも、イーリスの父であるアドマンドが溺愛する娘に送ったものだ。

 部屋だけでなく、この屋敷のほとんどが赤で統一されている。そういえば、部屋に籠り始めてからどのぐらい月日がたったのだろうか。

 

「そうなのですね。イリステラ公は実に素晴らしい感性をお持ちだ」


 なんとか立ち上がったニコラスは、眉を垂らしながら後頭部をかいた―― と同時に、頭に巻いた包帯がぐるぐると解けてしまう。


「あぁ!」


 落ちてきた包帯を、ニコラスが両手で受け止める。


「これは一体?」


 手の中の白いもじゃもじゃを一瞥したニコラスが問いかけるが、イーリスはぷいっと目をそらした。


「ここで誰かに死なれたら目覚めが悪くなるわ。それだけよ」


「死ぬ…… そうだ、私はイーリス様の加護に……」


 痛みが蘇ったのか、片目を閉じてニコラスは頭を押さえる。やはり意識がぼやけていたのは間違いないようだ。


 心配そうに口元を押さえたイーリスを見て、ニコラスがニヤリと口端を持ち上げる。


「全て思い出しました。イーリス様の加護への対策はしていたのですが、想像以上でした。『要塞の令嬢』と、民から恐れられているのも頷ける」


 イーリスが静かに唇を嚙みしめる。その時――


 ガン、と拳ほどの石がニコラスの頭を打ち、絨毯の上を転がる。

 先ほどの鉄球同様、何もなかった空中から湧いて出たものだ。


 しかしニコラスは、何事も無かったように包帯を床に置いて石を拾い上げる。


「この程度の小言でも発動するとは…… 誰もイーリス様のことを話したがらないわけだ」


 顎を指先で挟み、ニコラスは灰色の塊をまじまじと観察する。四方から見終えたところで、「ただの石ですね」と呟いた。


「あなたの加護は、恐らく『自身に害を成すものへの不可避の反撃』差し詰め、オートカウンターといったところでしょうか?」


 にこやかにほほ笑みかけるニコラスに、イーリスは怪訝な視線を向ける。


「……そうよ。直接的な攻撃だけじゃなく、不用意に近づく者も、言葉の刃にさえも私の加護は発動する。お父様から頂いた、最強の加護よ……」


 上級階級以上の貴族は、物心がつく頃になると、集めた優秀な魔法使いたちに加護を付与される。上に立つものとしての尊厳を備え、民を導く優秀な人間になるために。


 アドマンドは特に選りすぐりの魔法使いを集め、娘が誰にも傷つけられることのないよう強力な加護を与えるよう命じた。こうしてイーリスはオートカウンターを手に入れた。


「それを知っていて、あなたは一体何を考えているの? 私が怖くないの?」


 イーリスは胸に手を押し当て訴える。


 イーリスは、自身とまともに話せた人を今まで見たことがない。会話は成立していても、頬は引きつりその唇は震えていた。途中で泣き崩れる者もいた。


 誰もがイーリスを、恐怖の対象としか捉えていなかったのだ。


 だが、ニコラスは違う。


 真っすぐイーリスの目を見て言葉を投げかける。体も、声もいたって自然体だ。初めての経験だ。


 イーリスは口の中にたまった唾をゴクリと飲み込む。だからこそ、イーリスは怖くなった。


 緩やかに弧を描くニコラスの両目が、これっぽっちも理解できないから。



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