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引きこもり公爵令嬢は新任の家庭教師(隣国の王子)と外に出る  作者: ひとえ


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31/33

31 婚約発表


 陽は沈み、宮廷大広間の中央で輝くシャンデリアが、二階席から吊るされた各国の国旗を照らしている。


 国王ラークの挨拶を合図に、運命の晩餐会が始まった。


 晩餐会は、主催国の王子であるレガードたっての希望ということで、立食形式を取っている。


 色鮮やかな料理が並んだテーブルが点々と設置され、グラスを手にした貴族たちがそれを囲む。どこまでも伸びていくような弦楽器の音色が響く中、来賓客は会話に花を咲かせていた。


「ここまでは順調だな」


「そのようですね、レガード殿下」


 レガードが不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりと大広間を見回した。その視線を辿ると、黒を基調としたコートばかりが目に入る。サハンカ王国の貴族たちだ。


 レガードに呼ばれたイーリスは、広間の端で二人、婚約発表の最終確認をしていた。


 レガードの言っていた通り、サハンカ王国からの来賓は多い。けれど、立食形式の会にしたことで、プラネーカ王国の兵を給仕として忍ばせることに成功した。

 レガードの大胆な作戦にはイーリスも呆れるほどだが、これでサハンカ王国側の動向を注視できる。相手が強攻策を取ろうとしても、未然に防ぐことができるだろう。イーリスとニコラスを含むプラネーカ王国の魔法使いたちで、防御術式も展開してある。


「このまま手はず通りいこうか、イーリス嬢」


 レガードがニヤリと口角を上げる。イーリスは肩の強張りをほぐすように息を吐き出し、コクリとうなずいた。


 宮廷大広間に入ってから、心臓が痛いくらいに拍動している。得も言われぬ焦燥感が、イーリスの全身を支配していた。


「……俺のことが信じられんのか?」


 レガードの鋭い眉の端が下がる。どうやら表情を読まれたようだ。


「そのようなことは……」


「安心しろ、成功以外ありえん。俺がついているのだからな」


 いつものようにレガードは快活に笑う。釣られるようにしてイーリスも笑みをこぼした。自信満々のその姿に、少しではあるがイーリスの気持ちは落ち着いた。


「それではレガード殿下、私はあちらで待機しております」


 イーリスがこの場から離れようとした時、レガードの顔に緊張が走った。

 彼の瞳が、近づいてくる大柄の男を捉える。


「これはこれは、アレク陛下。こちらから挨拶に伺うところでしたのに」


「気遣いは無用だレガード殿下。このように自由に歩き回れる晩餐会など、我が国では機会が無くてな。よい運動になっているよ」


 従者を引き連れたアレクは含みを持たせた笑みを浮かべる。「それは喜ばしい限りです」と、レガードは無理に頬を吊り上げた。


 アレク・バーナンド。サハンカ王国国王にして、ニコラスを追放したであろう男。

 白を基調に、金糸を縫って華やかさを演出したロングコートを身に(まと)っている。胸には国の国章である、漆黒の獅子が刺繍されていた。


「それにしてもレガード殿下。今日はとても良い場を用意していただけたようだ。各国の要人がこれほど集まるとは」


 手のひらを上に向け、アレクは宮廷大広間をぐるりと指す。


「何かを披露するにはうってつけですな」


 アレクはレガードを見据えながら、付け足すようにして言った。


「我が国と貴国の仲の良さを、皆様にも知っていただけたらと思いまして」


 レガードは穏やかにほほ笑みながらも、大仰に腕を組む。たくましい二本の腕が、より大きく強調された。


「まぁ、楽しませてもらうことにしよう。この晩餐会も、その後もな」


 垂れ下がった頬を持ち上げ、アレクは意味深に笑う。おや、と今更気づいたかのように、アレクはイーリスに目をやった。


「これは失礼した。お話の最中でしたかな?」


「いいえ、アレク陛下。お気になさらないでください」


 イーリスは深く頭を下げる。アレクは「失礼するよ」とレガードに声をかけると、従者と共に去っていった。


「たいそう余裕そうだったな」


 レガードの落ち着いた声音が耳に入り、イーリスは安堵したように頭を上げた。


「こちらの策には気づいてなさそうでしたね」


「そうでなければ困る。だが――」


 レガードは自身の顎を静かにさすると、悪そうな笑みを浮かべる。


「これは好機だ。早速あの老いぼれに吠え面をかかせてやるとしよう」


「レガード殿下……?」


「一緒に来い、イーリス嬢」


 そう言って、レガードは宮廷大広間の中心へと突き進んで行く。イーリスは不安げに眉をひそめながらも、足早にその後を追った。


 立ち止まるや否や、レガードは広間の隅の奏者たちに目をやる。レガードの合図を受け取ると、あらかじめ示し合わせていた通りに、奏でる音楽がぷつりと途切れた。


 場の変化を感じ取り、来賓客たちは会話を中断してきょろきょろと辺りを見回し始める。


 作り出した静寂を切り裂くように、レガードの声が響き渡った。


「ご歓談中の皆々様! 楽しんでいただけているでしょうか」


 宮廷大広間の全員の視線が、一斉にレガードに集まる。


「お堅い外交交渉を明日に控えておりますが、今宵は気にすることなく旅路の疲れを癒し、そして互いの親睦を深めることができればと考えております」


 給仕がレガードに近寄り、そっとぶどう酒の入ったグラスを差し出した。それを手に取り、高く掲げる。


「我々のますますの発展を祈念して乾杯―― といきたいところですが、今日は皆様に、嬉しいご報告がございます」


 レガードの発言に合わせ、その隣に佇んでいたイーリスが一歩前に出る。レガードを捉えていた数多(あまた)の瞳が、一瞬でイーリスへと対象を変える。


 背筋を伸ばし、重ねた両手を(へそ)の少し下に置く。力強く天を向く睫毛、凛とした目に燃えるような赤のドレス。


 他者を自身から遠ざけようと作り上げたイーリスのその姿は、ざわつきかけた広間の人間全てを黙らせた。


 落ち着けと胸の中で漏らすほどに、心臓は高鳴りだす。膝が震えそうになるのを、イーリスは懸命にこらえた。


 舞台は整った。後は、主役が登場するだけだ。


 イーリスの正面。宮廷大広間の扉が開かれる。籠った熱を帯びる会場に、爽やかな空気が入り込んだ。


 コツン、コツン。


 静まり返った広間に、ブーツが床を叩く音が広がる。


 いつもの使い込んだローブではなく、赤の国章を胸に刻んだコートをまとうニコラスが、また一歩とイーリスのもとへ近づいてくる。


 力強く開かれていたイーリスの眼差しが、思わず和らいでしまう。さっきまでの緊張が、噓のように消えていた。


 ニコラスがイーリスの前で立ち止まる。


「お待たせしました。イーリス様」


 ニコラスが穏やかにほほ笑み、イーリスに手を差し出す。白の手袋に包まれた手。イーリスは静かに自身の手を重ねた。


 ニコラスが振り返る。隣り合うイーリスとニコラスを、来賓客は固唾を呑んで見つめていた。


 レガードはどこか嬉しそうに二人を見やり、そして大きく息を吸う。


「今ここに、イーリス・イリステラと、サハンカ王国第一王子、ニコラス・バーナンドの婚約を宣言いたします!!」


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