24 審判
プラネーカ王国、その王宮。謁見の間は、物々しい空気に包まれている。
赤の絨毯に跪き、頭を下げるイーリス、アドマンド、ニコラス。その三名を、着飾った貴族たちが、壁際から挟むようにして見ている。
イーリスを怯え混じりに見つめる瞳。だがそれ以上に、ニコラスへ好奇の視線が注がれている。
「よく来てくれた、イリステラ公」
威厳のある低い声に、イーリスの体は固まるように強張った。
「このアドマンド・イリステラ。陛下のためなら、たとえ地の果てであっても参上いたします」
取り繕うアドマンドの声を聞くのは、レガードが屋敷に来て以来だ。
イーリスが目線をほんのわずかに上げる。
精巧な金の装飾が施された玉座に、国王のラーク・アークランドが座っている。そして国王陛下を守るように、王子であるレガードが立っていた。
「時間もないのでな、堅苦しい挨拶は抜きだ」
長く伸びた白髭をさすり、ラークは続ける。
「レムズブルークにかかる大橋。崩落したのはそなたの怠慢が招いたものとの声を聞くが、何か申し開くことはあるか?」
周りの貴族たちが、アドマンドを横目にヒソヒソと何か話し始めた。
アドマンドは身の潔白を示すべく、声を大にする。
「恐れながら陛下、そのような事実はございません! あれは恐らく、サハンカ王国による破壊工作かと」
唾を散らしながらの訴えに、ラークはただ眉をひそめるだけだった。
「事実関係については追って調査隊を出すことにする」
呆れたようにため息をつき、ラークはアドマンドを見下ろす。
「イリステラ公。私が問いたいのは、そなたがプラネーカ王国を裏切るようなことはないかということだ」
左右から驚きを漏らす声が耳に入る。アドマンドが国を裏切ることなどありえない。ラークの考えていることが、イーリスには全くもってわからなかった。
「祖国を裏切るなど、天地がひっくり返ってもありえませぬ」
「では、隣の男を私に紹介してくれるか?」
ラークがぎょろりとニコラスへ視線を移す。アドマンドは滝のように汗を流し、「かしこまりました」と答えた。
「彼はニコラスと申します。私の娘、イーリスの家庭教師として雇いました」
「それで?」
押しつぶされそうになるようなラークの眼差しが降り注ぐ。
だが、アドマンドは折れることはなかった。
「そしてニコラスは…… サハンカ王国の第一王子であります」
アドマンドの言葉尻をかき消すように、貴族たちのざわつく声が広がる。
無理もない。他国の王子が公爵の家に住んでいるという事実。さらにニコラスは、小さい頃亡くなったと公表されているのだ。
イーリスがこの情報を初めて耳にしたら、混乱してしまうに違いない。
「静かにしないか!」
これまで眉一つ動かすことのなかったレガードの一喝。一気に静寂を取り戻した謁見の間に、フンと彼の鼻を鳴らす音が余韻を残した。
「ニコラスよ、イリステラ公の言うことに間違いはないか?」
「間違いございません」
ニコラスはためらうことなく答えた。
「この場で証明できるか?」
ラークは疑うような視線を向ける。ニコラスはすっと顔を上げると、ローブの袖から杖を取り出した。その先端を摘み、持ち手に描かれた漆黒の獅子の国章を晒すように掲げる。
「サハンカ王国の王族のみが持つ杖にございます。他に、洗礼式の際に受け取るハンカチもございますが」
ラークはしわのできた額を指で押さえる。
「わかった。それに、昔見た王子の面影も残っておる。イリステラ公とニコラス殿下を信じるとしよう」
そしてもう一度、ラークはアドマンドを視界の中心に入れた。
「ではイリステラ公よ、なぜニコラス殿下のことを私に隠していた?」
「それは……」
アドマンドは言葉に詰まる。少しでも発言を取り違えれば、国賊としてみなされてもおかしくないからだ。
「大橋の崩落、そして隣国の王子と繋がっているという事実。国を守る公爵として、弁明せぬという選択肢はないぞ」
追い詰められたアドマンドの荒い息遣い。イーリスは胸が苦しくなる。だけど、どうやって疑いを晴らせばいい。
イーリスが悔しそうに奥歯を噛んだ。その時――
「父上、妙案があります」
レガードがぽんと手を打ち、ラークを見る。
「申してみよ」
「イーリス嬢を使えばよいのです。イーリス嬢の加護は、彼女を傷つける全ての事象に反撃をするというもの。言わばオートカウンターです。物理的な衝撃だけでなく、彼女を欺く嘘もその対象となります」
ラークがどこかわざとらしく目を丸くした。
「それは良い案だな、レガード」
「お褒めの言葉、感謝いたします。ではさっそく」
レガードはアドマンドへと向き直る。
「イリステラ公。イーリス嬢に、「私は国とイーリスを裏切っていない」と申してみよ」
たまらずイーリスはアドマンドの顔を覗く。すると、目を点にするアドマンドと丁度目が合った。わけがわからないといった顔をしていた。
だがこれは好機だ。イーリスの加護はレガードとラークのお墨付き。加護が発動しなければ、アドマンドの発言は正しかったと処理される。
アドマンドはゆっくり腰を上げると、跪くイーリスの前に立った。分厚い唇が、もにゅりと動く。
「イーリスよ。私は決して、お前とこの国を裏切ってはいない!」
アドマンドの声が部屋に響き渡った。周りの貴族が、イーリスの加護の発動を恐れて身構える。だが、何も起こらない。当たり前だ。アドマンドが国を、イーリスを裏切るなんてことはありえない。
「何も起こりませんぞ父上」
レガードが大仰に手を広げて訴える。
「であれば、イリステラ公は国を裏切っていないということだな」
ラークは大きくうなずき、よく響く声で言った。「その通りです」とレガードが相槌を打つ。
「妙な疑いをかけてすまなかったな、イリステラ公」
ラークはにこりと目尻のしわを深くする。アドマンドは振り返って、もう一度跪いた。
「わかったな皆の者。イリステラ公になんら罪はない。言いたいことがあれば、ここで聞いてやる」
貴族たちの視線が一気にラークへと集まる。ふてぶてしく玉座に身を預け、ラークは頬杖を突いて唖然とする貴族たちを見回した。
「お、恐れながら陛下」
一人の貴族が前に出る。ラークは「なんだ?」と威圧するような眼差しを向けた。
「イリステラ公が謀反を企てていないことは理解できました。ですが、ニコラス殿下の処遇をご一考されるべきでは…… 我が国とサハンカ王国は一触即発の状況にあります。このままイーリス嬢の家庭教師を続けさせるというのは……」
ラークは考え込むように目を伏せる。少しして瞼をゆっくり持ち上げ、白髭に包まれた口を開いた。
「ニコラス殿下については、私が預かることとしよう」
イーリスが目を瞠るのとほぼ同時に、ここまで動じることのなかったニコラスの背中がビクリと動いた。
離れ離れになってしまう。
そう考えるだけで、すぐ隣にいるニコラスが遠くに感じた。
「ではイリステラ公、ニコラス殿下、イーリス嬢。もう下がってよいぞ」
驚くほど優しい声色のラークに、ずっと力みっぱなしだったイーリスの肩が下がる。
頭の整理は必要だが、とりあえずは助かった…… いや、助けられたのだ。
ニコラスの事情を知っておきながら、揉め事にならぬよう事前にラークに話せる人物。
心当たりは一人しかいない。
イーリスは、じろりとレガードに目を向ける。
視線が交わると、レガードは器用に片目だけをつぶってウィンクした。




