22 母と娘
「イーリス姉さまー!」
満面の笑みを浮かべたパイラが、イーリスのもとへと駆け寄ってくる。その後ろで、メロネは微笑ましそうに二人の娘を眺めていた。
昼下がりのイリステラ邸、玄関ホール。
華やかで重厚な表階段を背に、イーリスはパイラとメロネを出迎える。二人が屋敷に来たのは何年振りだろうか。
「お庭に行きましょう、イーリス姉さま。真っ赤なサルビアが咲いていましたよ」
パイラは目をキラキラと輝かせてイーリスを見上げる。顔の傷はどこにも見当たらない。
「今日はお父様から大事な話があるのよ。それが終わってからね」
イーリスは少し困ったように眉端を垂らす。「約束ですよ」とパイラは唇を尖らせた。
レムズブルークの一件で、随分とメロネの表情は柔らかくなった。本当は人懐っこい性格だったなと、イーリスは思い出したように笑みをこぼす。
「イーリス、この間はありがとう。パイラと私、それに街の人々を助けてくれて」
メロネが申し訳なさそうな顔をしながら歩いてくる。丁寧に結われた、オレンジ色の髪。太陽を連想するその髪色を、イーリスとパイラは受け継いでいる。
「イリステラの人間として当たり前のことをしただけです」
歯を見せて笑うイーリスを見て、メロネの瞳に涙の膜が張った。
「イーリスは昔から優しくて強い子でしたね…… あなたを一人にした私に母親の資格は――」
メロネはハンカチで自身の口を押えた。わずかに漏れた嗚咽が、イーリスの耳に入り込む。
「最初は辛かったんです。でも、小さいパイラを支えられるのはお母さまだけだった」
イーリスはパイラの頭をなでようと手を伸ばし―― 途中でそっと下ろして、代わりに優しく微笑みかけた。前より背が伸びたなと、当たり前のことを思った。
「今、こうして一緒にいるのですから、良かったのですよ」
半分本当で、半分が強がりだった。
イーリスがどれだけ過去を悔んでも、死んだルシアンは戻ってこない。一人だった時間は記憶として永遠に残る。
でも前を向くしかなかった。
その結果、イーリスはパイラを救い、こうして家族の時間を取り戻すことができた。
良かった。本当に。
でもメロネの顔を見ると、涙があふれた。
「……お母さま、一つお願いがございます」
パイラの前で弱いところを見せたくなかったが、我慢ができなかった。
「私を褒めてはくれませんか……?」
イーリスは大きく両手を広げる。
本当は抱きしめてほしかった。頭をなでてほしかった。
でもイーリスの願いは叶わない。イーリスを守るその加護があるから。
メロネは全てを察したように、柔らかな眼差しをイーリスに向ける。
「イーリス、本当によく頑張りました」
「……っ はい……」
母の言葉を、イーリスは全身で受け止めた。
少しして落ち着いたところで、メロネは思い出したように口を開いた。
「そういえばイーリスの魔法、凄かったわ。誰に教わったの? 街で一緒にいた背の高いローブの人が先生?」
「そうです、お母さま。家庭教師のニコラスといいます」
「あらそう。ぜひ一度お話してみたいわ」
「紹介したいのは山々なのですが……」
メロネに好奇の目を向けられ、イーリスは苦い笑みを浮かべて言った。
「あの日以来、彼は寝込んでしまって……」




