21 姉として
へし折れた橋の上で、何人もの人がうずくまって助けを求めている。
イーリスはニコラスの警告を思い返しながら周囲を見回す。だが、助けを求める声に足が止まることはなかった。
イーリスが駆けつけた時には、レムズブルークの男たちが救護を始めていた。足場の悪い瓦礫の上を、慎重に進んで怪我人のもとへと向かっている。
「誰か! 手を貸してくれ!」
男の声が響いた。その足下で、瓦礫に足を挟まれた少女が大声で泣いている。
「わたしが行きます!」
軽快に橋の残骸の上を飛び、イーリスは助けを呼ぶ声の方へと急ぐ。日を受け艶やかに光るイーリスの髪が、肩の上で奔放に跳ねた。
「イーリス様?」
少し戸惑う男を横目に、イーリスは杖を取り出す。
「少し離れておいて。……っ!」
下半身が瓦礫に埋もれた少女と目が合う。恐怖で震えたその瞳。以前、イーリスの加護の被害にあった少女だ。
「イーリス…… 様……」
嗚咽混じりの声で、イーリスの名前を呼ぶ。だが、近づくなと言わんばかりに、少女は首を横に振った。
あの時のなさけない自分の姿が脳裏に蘇る。イーリスはただニコラスが助けに来てくれることを祈るしかできなかった。
でも今は――
淀みかけた意識を集中させ、イーリスは杖を振った。
瓦礫が持ち上がると、痛々しい少女の脚が露わになる。イーリスは一瞬息を呑んだが、一つ息を吐いて杖をそこに向ける。
「ヒーリング」
淡い緑の光が、患部を包み込む。赤黒くなっていた脚が本来の色を取り戻していった。
「――あれ、痛くない」
少女が自身の脚を擦る。苦痛に染まっていた顔は、驚きで上書きされていた。
イーリスは安堵の息を漏らす。よかった、上手くできた。
「あなたはこの子を抱えて街まで運んでください」
「わ、わかりました」
イーリスの指示を受け、男は少女を抱きかかえた。
「ありがとう、イーリス様!」
少女が腕の中で手を振る。イーリスは優しく笑みを返した。
「こっちも誰か頼む!」
余韻に浸る間もなく、また助けを求める声。
イーリスが振り向くと、横転したイリステラ家の馬車が目に入った。
「すぐに行きます!」
救護に集まる人の間を抜けてイーリスは馬車の前に立つ。出入口を繋ぐ扉は、天を向いていた。
「お母さま! パイラ! 無事ですか?」
御者台に手を伸ばし、ぐっと体を引き上げる。足を乗せて立ち上がると、同じようにしてイーリスは客車へと昇った。
竦むかと思えた足は、迷うことなく家族のもとへとイーリスを運んだ。
ただ、向こうがイーリスを受け入れるかはわからない。拒絶される痛みは嫌いだ。
でもイーリスはメロネとパイラを助けたかった。家族をもうだれ一人として失いたくなかった。
イーリスが扉を開ける。中には、窓枠に倒れるようにして横たわるパイラと、娘を抱くメロネがいた。パイラの額からは、大量の血が流れていた。
「イーリス姉さま……」
目を半分ほど開いたパイラと視線が交わる。今にも泣き出しそうな顔で、パイラは姉の名前を呼んだ。
「パイラ! 大丈夫?」
イーリスは扉に手をかけ、落ちるようにして中へと入った。着地でガタンと馬車が揺れる。
「イーリス! パイラが……!」
「わたしに任せて、お母さま」
声を震わせるメロネを横目に、イーリスはローブの袖から杖を取り出して深呼吸をする。
「わたしは…… 姉さまにひどいことをしたのに……」
「何を言ってるのパイラ」
イーリスはパイラに笑いかける。イーリスと、パイラと、ルシアンの、兄弟三人で遊んでいた頃のように。
「大好きなパイラを、放っておくわけないでしょ」
杖を真っ赤に染まるパイラの額に向け、イーリスは静かに囁く。ありったけの魔力を、妹のために使った。
「ヒーリング」
新緑がそこに芽吹くかのように、馬車内は緑の光で満たされた。
イーリスがローブの袖でパイラの傷口を拭い、短い前髪を持ち上げる。顔を出したのは、傷一つないかわいらしいおでこだった。
「痛くない……」
パイラは驚いたように目を見開いた。イーリスを見つめると、その丸い瞳から大粒の雫が溢れ出す。
イーリスも釣られたように目の奥が熱くなる。でもイーリスは涙を堪えた。ただ見栄を張りたかった。
「わたしは、パイラの姉なのよ。妹を助けるくらい何でもないわ」
イーリスはフンと鼻を鳴らして上を向く。パイラは「子どもの時の姉さまみたい」と、昔のように笑った。




