20 異変
外出禁止令が解除された日から、イーリスはニコラスと共に毎日レムズブルークの河原を訪れていた。
復興のため、そして自身に巣食う罪悪感から目をそらすため。でも――
「今日もいらしていますね」
作業の手を止め、ニコラスが橋の上を見やる。視界いっぱいに横に伸びるレムズブルークの大橋。そこに、馬二頭で引かれた馬車が止まった。イリステラ家の馬車だ。
「気にする必要はないわ」
イーリスはローブのフードを深くかぶり直して杖を握る。連日止まる馬車に誰が乗っているのかは知らない。けれど、イーリスは自分の予想が外れているとは微塵も思わなかった。
ニコラスが心配そうに眉端を垂らし、イーリスを見る。
ニコラスはイーリスに具体的な行動を促したりはしない。祖国を追放されたニコラスも、家族との関わり方について正解を知らないのだろう。でも、深く介入しようとしない彼の対応はありがたかった。
イーリスが杖を振った。根に大量の泥を絡ませた流木が浮き上がる。
日に日にイーリスの魔法の精度は上がっており、大抵の漂流物は持ち上げられるようになった。だが、街に沿うように流れる川の全てを回るのはいくら時間があっても足りない。
「そろそろ休憩にしましょうか」
手でひさしを作り、ニコラスがちょうど直上に上った太陽を見上げる。その時だった――
けたたましい爆音がレムズブルーク一帯に広がった。
イーリスはフードの上から耳を塞ぎ、音の方を向く。
「嘘でしょ……」
大橋を支える三本の橋脚が同時に崩れ、それに引きずり込まれるようにして橋が落下していく。信じ難い光景が、見開いたイーリスの目に飛び込んできた。
「くっ……!」
ニコラスは杖の先端を、今もなお崩れ落ちる大橋に向ける。歯を食いしばり、恐らくは魔力の全てを注いだ。
激しい音を立てて落下していた橋の上部が、時間を止められたように空中で静止した。
「すごいわ……」
イーリスが感嘆の声をもらす。
ニコラスは橋をゆっくりと川の浅瀬へと移動させるのだが、苦しそうに息を漏らすとまた時は進みだす。
バシャンと立ち上がる飛沫に覆いかぶさるようにして、瓦礫が降り注いだ。
イーリスは両目を細めて崩れた橋を見る。
なんとか橋が川底に沈むことは避けられたが、折り重なる瓦礫の上に数台の馬車がある。この距離からでは生存者の確認まではできない。
「ありがとうニコラス。早く怪我人を助けに行きましょう―― って、ニコラス!?」
杖が手から滑り落ち、ニコラスは倒れ込むようにして両膝を突いた。呼吸を荒くして地面を見つめる横顔には、大量の汗が流れている。
「ニコラス! 大丈夫なの?」
たまらず駆け寄るが、ニコラスはイーリスを目で制し首を横に振る。
「私は大丈夫です、少しばかり魔力を使いすぎました…… それよりも、怪我人の救護を……!」
立ち上がろうと片足を立てたが、ニコラスの体は持ち上がらない。
「無理しないでニコラス。――わたしが…… わたしが行ってくる!」
拳を握り締めてイーリスはそう宣言した。いつまでも、ニコラスに頼り切りの弱い自分ではいけない。
それに、メロネとパイラも……
ニコラスは目を瞠り、肩を上下させて答える。
「それでは…… イーリス様を護衛する私の役目が……」
「行かせてニコラス。この街の人は、イリステラ家の人間が守らなくちゃ」
決意を秘めたイーリスの眼差しを受け、ニコラスはどこか諦めたように目尻を下げて笑った。
「本当にイーリス様は…… ただ、敵が潜んでいるかもしれません。危険を感じたら、すぐに離れてください」
「ありがとう。ニコラスも無事でいてね」
そう告げると、イーリスは崩れた橋に向かって駆けだした。




