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引きこもり公爵令嬢は新任の家庭教師(隣国の王子)と外に出る  作者: ひとえ


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15/23

15 来訪者


 退屈だ。


 開け放たれた部屋の窓枠に両肘を突き、だらんと垂れてきそうな顔を両手で支える。

 無意識に漏れたイーリスのため息は、生暖かい風によって押し戻された。


 イーリスに三十日間の外出禁止令が出た。言い渡したのはもちろんアドマンドだ。勝手に街へと繰り出したイーリスへの罰―― もとい、過保護がすぎる父親の愛情の裏返しといえよう。


 外に出られない日が続いて今日でやっと十日目。自ら部屋に引きこもっていた時は退屈など微塵も感じたことはなかった。しかし、外の世界を知ったイーリスは、いかに自身が狭くてつまらない空間で生きていたのかを思い知ったのだ。


 まぁ、そんなことで悪態をつけるのは、今のイーリスに大きな悩みがないということに他ならないのだけれど。


 コン、コン、コン。


 扉のノックに反応し、イーリスの目に光が戻る。体を反転させると、イーリスは窓枠に両手をつき、背中を預けた。


「イーリス様、ニコラスでございます。本日の授業のため参りました」


「入っていいわよ」


 イーリスの入室許可が下りる。「失礼いたします」という丁寧な言葉とともに、ニコラスが部屋に入ってくる。


 十日前、ニコラスはアドマンドに自身がサハンカ王国の王子であることを告げた。だがニコラスは今も変わらずイリステラ邸に住み、イーリスの家庭教師を続けている。


 アドマンドはニコラスを高く評価していた。


 ニコラスを屋敷から追い出さなかったのは、イーリスの魔法が着実に上達していること、多少強引ではあったがイーリスの引きこもりを治したこと。それに、豪雨災害に見舞われたレムズブルークの復興に貢献していたことも大きい。


 死亡扱いされている他国の第一王子を(かくま)うような判断は、公爵としては間違ったものかもしれない。けれどアドマンドは、ニコラスを受け入れた。アドマンドが情に厚いというのもあるが、イーリスがニコラスを追い出さないでと懇願したのも大きな要因だろう。


「イーリス様、危ないですよ」


 慌てた口調で呼ぶ声に、思考にふけっていたイーリスがふと我に返る。


「大丈夫よ。窓から落ちた、なんてことになったら、お父様に椅子に縛り付けられてしまうわ」


 両肘を曲げて窓枠を押し、その反動でイーリスはタタッと前に進む。陽射しを吸い込んだ真っ赤なドレスが、静かになびいた。


 机から杖を取り出そうと一歩を踏み出したところで、車輪が石畳を重く叩く音が窓から入ってくる。

 イーリスが耳を傾けていると、その音はイリステラ邸の前でちょうど止まった。


 恐る恐るイーリスが窓の外を覗く。屋敷の門を塞ぐように、煌びやかな装飾の施された馬車があった。

 御者(ぎょしゃ)が席を降り、赤い竜の国章が描かれた扉を開ける。


「どなたかいらっしゃったのですか?」


「ちょっと、ニコラスは隠れていて」


 首を傾けて問いかけるニコラスをイーリスが慌てて制す。そしてもう一度、外を見下ろそうとした時だった。


「アドマンド! レガードが直々に参ったぞ!」


 二階にいても耳を塞ぎたくなるぐらいの声量が部屋に入ってくる。


 イーリスがそっと顔だけ出して下を覗くと、革のロングベストに身を包んだレガードが視界に入った。

 高笑いしながらレガードは屋敷へと突き進んでくる。主人を止めようと護衛が駆け寄るが、狼狽(うろた)えるばかりでまるで役目を果たせていない。


「レガード様とは、もしかして……」


 振り向くと、珍しくニコラスの顔が引きつっている。だが無理もない。

 イーリスも同じように顔を引きつらせて、ニコラスと目を合わせた。


「――レガード・アークランド皇太子殿下。ここ、プラネーカ王国の第一王子です……」


 イーリスの背中を、一筋の冷たい汗が伝っていった。



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