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引きこもり公爵令嬢は新任の家庭教師(隣国の王子)と外に出る  作者: ひとえ


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14/21

14 必要とされたかった


 本当のニコラスは、イーリスが頭の中で思い描いていたものとは違っていた。勝手に期待して、勝手に傷ついた。けれど――


 周りから恐怖の対象として見られる痛みに比べたらどうということはない。


 今さら引き下がるなんて選択肢はイーリスには存在しない。ニコラスをもっと知りたい。


 だってニコラスは、イーリスにとってもうかけがえのない存在になっているのだから。


「そもそも、どうしてあなたは国を追放されることになったの?」


 閉じたカーテン越しに差し込む陽の光が、イーリスを薄く照らしている。


 影に埋もれたニコラスは頬をかくと、「以前も同じことを聞かれましたね」と少し困った様子で答えた。


「私には加護がないのです」


 自己紹介をするかのように、ニコラスは広げた手の平を胸に当てる。


「加護がないって…… 王族なら強力な加護が付与されるものでしょ」


「もちろん儀式は執り行われましたよ。ですが私には、加護が発現しなかったのです」


 ニコラスは自虐的に笑ってみせる。


 儀式というのは、物心がついた王族や貴族の子どもに、親が魔法使いを集めて加護を付与するというものだ。イーリスの加護もそうして体に宿った。


 必ずしも望んだ加護を授かるわけではないが、発現しないという事例をイーリスは聞いたことがなかった。


「王家の血筋に加護なしは必要ありません。ただそれだけのこと。私に加護がないと知った時の父上や従者の変貌ぶりは、それはもう見事なものでしたよ」


 笑い話でもしているかのように、手振りを交えながらニコラスは過去の自分を語る。


「その後は、成人するまでずっと辺境の屋敷の中です。まぁ、公表された通りに殺されなかっただけ、よしとするしかないでしょう」


「いいわけないでしょ」


 刺すようなイーリスの眼差しに、ニコラスの顔がわずかに強張る。


「家族に、国に捨てられて苦しかったんでしょ。だからあなたはここに来た」


 イーリスは高ぶる気持ちを押さえ込むように息を吐き出す。そして、すっと瞳を和らげた。


「本当の気持ちを話して」


 ニコラスがイーリスの前に現れたあの日。ずっと隠していたイーリスの本心は、ニコラスによって暴かれた。


 人が怖かった。引きこもりの理由を、人を傷つける加護のせいにして逃げていた。ニコラスは、そんなイーリスが自身と向き合う機会を与えてくれたのだ。そして外の世界へと連れ出してくれた。


 たとえニコラス自身の目的のために利用されたのだとしても、イーリスはそれで良かった。


 今の自分は、引きこもっていた頃よりもずっと好きだ。大好きだ。


 だからイーリスも、ニコラスの支えになりたかった。


「お察しの通り、少なからず祖国へ思うところはあります。ですが目的は達しました。私の名は、きっと噂になって国へと届くでしょう」

 

 落ち着いてニコラスは言葉を紡ぐ。イーリスの想いが届いていないことは明白だった。


 ローブをなびかせニコラスはイーリスに背を向ける。外への扉を目指し、一歩を踏み出した。


「私がサハンカ王国の王子と知ったイリステラ公は、私を屋敷から追い出すことでしょう」


 赤の絨毯を踏みしめて進む足取りは、魔法の授業を終えて部屋を出るものとなんら変わりはなかった。

 未練など何もないと、大きな背中が雄弁に語っている。


「もう会うことは――」


「勝手に逃げようとしないで!」


 イーリスがニコラスの腕を掴む。気づけば彼を追いかけていた。


「まだ話は終わってない」


「ですが……」


「もう!」


 イーリスはぐいと握った前腕を引きよせる。たまらず振り向いたニコラスのもう一方の腕を掴むと、驚きを隠せない顔を覗き込む。


「もう一度だけ言うわ。あなたの本当の気持ちは?」


 ニコラスが自身の薄い唇を噛む。少しして、わずかに空いたその隙間から息を漏らした。


「父上に、国に、必要とされたかったのです。たとえこの身に加護が宿っていなくても」


 見上げたニコラスは、悲しみと寂しさが入り混じったような顔をしていた。


「辺境の屋敷で一人、必死に魔法を磨いたんですよ。ですが、父上に披露する機会すら与えてもらえませんでした。本当に無駄な時間を過ごしました……」


「無駄なんかじゃない!」


 イーリスの声に、ニコラスはぱちぱちと目を瞬かせる。


「あなたの魔法があったから、わたしはあなたと出会えたのよ」


「イーリス様……」


 ニコラスの目から一筋の涙がこぼれ落ちる。イーリスは踵を上げ、指先でそっと拭った。自分が涙を流したことに気づいていなかったようで、ニコラスは「申し訳ありません」と、慌ててローブの袖を(まぶた)に押し当てた。


「わたしにはニコラスが必要なの。まだ魔法の授業も途中なんだから」


 イーリスが白い歯を見せて笑いかけると、ニコラスは眉を垂らし、釣られるようにして笑った。


「ありがとうございます。ですが、イリステラ公の判断には――」


「そこはわたしに任せて。お父さまがわたしに甘いのは知っているでしょ」


 パチリとイーリスが片目を閉じる。「イーリス様は本当に……」とニコラスは困った調子で言った。


「時間ですので、イリステラ公の部屋に行ってまいります」


「わたし、待ってるから!」


 ニコラスは両目を細めて微笑むと、振り返って部屋の外へと向かう。


 その背中を、イーリスは祈りながら見送った。


 

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