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引きこもり公爵令嬢は新任の家庭教師(隣国の王子)と外に出る  作者: ひとえ


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13/21

13 怪物が潜んでいる

 

 何かの間違いだろうと、目と耳を塞いでいたかった。だけど、この胸の引っかかりを取らずにはいられない。


 何よりイーリスはニコラスのことが知りたかった。誰かを本気で知りたいと思ったことは、生まれて初めてだった。


「話とはなんですか? イーリス様」


 アドマンドの部屋を出てすぐ、イーリスはニコラスを自身の部屋に呼び出した。


 彼が扉を閉めるなり、イーリスは少しためらいながら口を開く。


「まずは、ありがとう…… 勝手に街に出たわたしを助けに来てくれて」


「なにを(おっしゃ)います。私は当然のことをしたにすぎません」


 予想通りの返事に、予想通りの穏やかな笑み。いつものイーリスなら、疑うことなくその言葉を受け取っていたことだろう。


 ニコラスに悪意はない。それは真実だ。けれどニコラスは、最初からイーリスに本心を見せていないのではなかろうか。


 灰色のローブに包まれた体の皮をぺりぺりとめくるように、イーリスは言葉を紡ぐ。


「さっき呼び出されたのはね、お父様がニコラスから貰った杖を見つけたからなの」


「もちろん存じていましたよ。イリステラ公から直接お聞きしましたから」


 ニコラスが下顎を指で挟んで呟く。イーリスは真っすぐにニコラスの瞳を見つめる。


「サハンカ王国の国章が刻まれたあの杖が、重要な物だってわたしも理解してる。だから、誰にも見つからないように机の奥の奥に隠していた」


「何が言いたいのですか?」


 ニコラスが軽く首を傾ける。


「わたしは今日、部屋の鍵を閉めて屋敷を出たの。この部屋に入ることができるのは、鍵を持つお父様か、魔法で鍵を開けられるあなただけ。そして―― 授業の後、わたしが杖を仕舞うのを見ているのはあなただけなのよ」


 ほんの一瞬、ニコラスが嬉しそうに喉の奥で笑った。まるで、やっと正解にたどり着いた教え子を眺めているかのように。


「誰もいない部屋に入ったあなたは、隠してあった杖を見つかりやすい机の上に置いた。違う?」


 ニコラスは考え込むように腕を組んで軽く目を伏せる。

 イーリスの突きつけた言葉が、彼に刺さっているとは到底思えなかった。


「どうなの?」


 イーリスが催促すると、ニコラスは諦めたように眉を下げて口を開く。


「イーリス様の仰る通りです。杖の入った箱を取り出したのは私です」


 ニコラスは手の平でイーリスの机を差した。


「どうして? あなたは自分の正体を誰にも知られたくないんじゃないの」


 イーリスの予想は当たった。でもそれは、状況証拠を繋ぎ合わせただけにすぎない。本当に知りたいのは、ニコラスの動機だ。


 不安に揺れるイーリスの瞳が、全く動じることのないニコラスを捉えている。


「この後イリステラ公にお話しするつもりでしたが、イーリス様が先になりましたね」


 だがニコラスは、なぜかにこにこと目尻を下げるのだ。


「私は、私を追放したサハンカ王国に、『ニコラスはここにいる』と知らしめたいのです」


「どういうこと……」


 アドマンドの話では、サハンカ王国の第一王子、ニコラスは死んだことにされている。きっと、ニコラスは死んだのではなく追放されたと知っているのは、国の上層部のわずかな人間だけだろう。


 もしニコラスが生きていると世に知れ渡れば、彼はサハンカ王国から追われる身になるだろう。何の罪もない自国の王子を追放したと、世間に知られるわけにはいかないからだ。聡明なニコラスならそれを承知しているはずなのに――


 ニコラスの言葉の意味をイーリスが理解できるはずもなく。話を続けるニコラスにただ耳を傾けるしかなかった。


「自分で王子の名を(かた)っても誰も信じてはくれません。であれば、力のある人間に私を見つけてもらい名を広めてもらおうと考えました」


「それで、わたしの家庭教師を名乗り出たの?」


「ご明察です。イーリス様に、私が王子であることを知っていただくことが一番の近道だと」


 サハンカ王国の国章入りのハンカチに杖。全てはニコラスが見せた隙ではなく、仕組まれていたことだったのだろう。


 ただ、とニコラスが言葉を区切った。


「私の正体を明かさないという約束を、イーリス様が頑なに守るものですから。今回のような強硬策を取らざるをえませんでした」


「わたしがあなたを裏切ると?」


「人は容易(たやす)く人を裏切ります。イーリス様が優しすぎたのは想定外でしたが」


 何の迷いもなくニコラスは告げた。


 イーリスは両手でスカートをぎゅっと握りしめる。自分がニコラスを裏切る人間だと思われていたことが、ただただ悲しかった。


 ニコラスはいつもと変わらず柔らかい眼差しをイーリスに向ける。けれど、その瞳の奥には怪物が潜んでいたのだ。





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