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引きこもり公爵令嬢は新任の家庭教師(隣国の王子)と外に出る  作者: ひとえ


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11/20

11 もう子供じゃない2


 イーリスの加護によって、一本の矢が少女の足を貫いた。


「大丈夫!?」


 イーリスは倒れ込んだ少女に駆け寄ると、その体を抱きかかえようと膝をつく。しかし、痛みで少女がもがいたのを見て、伸ばした手をギリギリのところで止めた。反射的とはいえイーリスが殴られてしまったら、再び加護が発動してしまうからだ。


 か細いふくらはぎに刺さった矢からじわじわと血が流れだす。

 少女は溺れているかのように呼吸を速め、顔は段々と青くなっていく。


 助けを求めようとイーリスが顔を上げると、共に遊んでいたであろう子供たちの凍り付いた視線とぶつかった。


 開きかけた喉が、塞がった。


 イーリスは治癒魔法を使えない。この少女をイーリスは助けられない。


 「イーリス様の魔法はまだまだ発展途上ですから」、そう言ったニコラスの顔が脳裏によぎる。


 本当にその通りだ。そして、ニコラスに助けてほしいと願う自分を情けなく思った。


「イーリス様……!」


 かすれた声がイーリスの名前を呼ぶ。見上げると、大粒の涙を流す女性が立っていた。


「この子の母親ですか?」


 女性は一度うなずくと崩れるように座り込み、髪のかかる額を地面に押し付けた。


「イーリス様、申し訳ございません。娘がご無礼を」


 地面をえぐるように、さらに女性は額をこすりつける。


「どうか、どうか…… お許しください……!」


 目前の丸くなって震える体に、イーリスはただただ困惑した。


 少女が「お母さん、助けて」と手を伸ばす。母親の体はビクッと反応したが、顔を上げることはなく。娘に口を閉じろと言わんばかりに、首を横に振った。


 悪いのはイーリスなのに、どうして謝られる必要があるのだろうか。


 復興作業に勤しんでいた人々が心配そうに集まってくる。だがこの惨状を目撃すると、すぐに足は止まった。

 少女に刺さった矢を一目見て、イーリスの加護が発動したのだと理解したのだろう。

 やはりイーリスには近づいてはいけないと、そう思ったに違いない。


 どうしていいのかわからなかった。頭の中が真っ白だった。


 外に出なければこんなことには……


「助けて……」


 イーリスがそうこぼした時、周囲から驚いたように歓声が上がった。


「部屋にいらっしゃらないのでもしやと思ったら、こんなところに」


 古めかしいローブをなびかせ、ニコラスが颯爽と人だかりを抜けてくる。


「イーリス様、後は私にお任せください」


「ニコラス……!」


 包み込むようなニコラスの笑顔を見て、イーリスの瞳から必死にこらえていた涙が溢れ出した。


「すぐに終わりますからね」


 ニコラスは少女に駆け寄り、刺さった矢を処理して患部に治癒魔法を施す。まるで何事もなかったように、傷口は塞がっていった。


 少女は目を丸くしながら自身のふくらはぎをさする。立ち上がると、確かめるようにその場でジャンプした。


「もう痛くない!」


 頬を濡らしていた雫が大きく跳ねる。少女は笑顔を浮かべ、母親に抱きついた。


「ありがとうございます、ニコラス様」


 膝の上に乗った娘を、母親が宝物のように抱きしめる。水分を含んだ土が、安堵して緩んだ頬に張り付いていた。


「さぁ、イーリス様。今日はもう帰りましょう」


「ニコラス…… わたし、わたし……」


「大丈夫です。私がついております」


 差し伸べられたニコラスの手に、イーリスは泣きじゃくりながら自身の手を重ねた。


「えっ……?」


 ふいに、イーリスの体が地面を離れる。自身の背中と膝裏に、硬くもどこか柔らかい二本の腕の気配。

 ニコラスに抱きかかえられているような姿勢だが、実際に手は触れていない。彼の魔法でイーリスは宙に浮いている。相手から触られなければ、加護が発動することはない。


 イーリスの頬に触れる、走った後のような少し荒い吐息。ニコラスの体に触れる半身から、彼の体温を確かに感じた。


 イーリスの心臓がドキリと跳ねる。ほんの少し手を伸ばせば、ニコラスの顔がそこにある。


「顔を伏せておいてください。イリステラ家の令嬢が、泣き顔を晒してはいけません」


 交わった視線から逃れるように、自身の顔をニコラスの腹部に押し当てた。


 イーリスのすすり泣く声を、灰色のローブが受け止めてくれている。


 


♢♢♢




 家に着くまでのことはよく覚えていない。


 イーリスは逃げるようにして自身の部屋に飛び込んだ。


 外は真昼なのに部屋は薄暗い。開けて出ていったはずの部屋のカーテンは、なぜか閉まっていた。


「お帰り、イーリス」


 誰もいないはずのイーリスの聖域に、アドマンドの背中がある。机の上には、ニコラスからプレゼントされた木箱が、口を開けたまま置かれていた。


 誰にも見つからぬよう、引き出しの奥の奥に隠していたはずなのに。


 アドマンドがゆっくりとイーリスの方を向く。そして手に取った杖を指差した。


「これはなんだ?」


 眉をひそめ、アドマンドは問いかける。その眼差しは、溺愛する愛娘(まなむすめ)に向けるものとしては酷く冷たいものだった。


 イーリスはアドマンドの指先を辿る。指し示しているのは杖の持ち手に描かれた漆黒の獅子。


 隣国、サハンカ王国の国章だった。



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