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引きこもり公爵令嬢は新任の家庭教師(隣国の王子)と外に出る  作者: ひとえ


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10/17

10 もう子供じゃない


 今日の授業は久々の休みだ。


 それでもイーリスは、ニコラスから貰った灰色のローブに袖を通す。


 自室の姿見に映った自分は、冒険譚(ぼうけんたん)で聞くような魔法使いに見えた。いつもの癖で被ってしまったフードを脱ぐと、鏡の中のイーリスもフードを脱ぐ。ニッと笑ってやると、やはり同じようにして笑った。


 ニコラスと街の復興作業を始めてしばらく経つ。レムズブルークに刻まれた災害の爪痕はほとんど消え去り、新たな住居の建設も進められている。


 だが人手が足りていないことに変わりはない。


 櫛で髪をとかし、鏡に映る自分を凝視しながら口紅をつける。

 

 イーリスは人に求められることがたまらなく嬉しかった。自分が外に出たことを、世界が肯定してくれているようで。


 一人で外に出るなとニコラスから釘を刺されている。まだまだイーリスの魔法は発展途上だと、彼は口酸っぱく言うのだ。


 だけどイーリスは十分に復興作業を行えている。その自信がある。


 意気揚々と、イーリスは部屋の外へと繋ぐ扉に手を伸ばした。



♢♢♢



 杖を忘れた。


 レムズブルークの長く続く石段の上部に座り、イーリスはがっくりと肩を落とす。


 トントントンと、金槌(かなづち)が釘を打つ小気味よい音が下から響いている。乾いた泥の臭いも最近はしなくなった。


 イーリスは膝を抱えて復興に励む街を見下ろす。走り回る子どもたちに、「危ないぞ」と屈強そうな男性が怒鳴っていた。


 一人で街まで来たのは初めてだった。だからこそ、身支度の詰めが甘かったのだろう。今朝、部屋の中で息巻いていた自分が恥ずかしい。


「おや、イーリス様。今日はニコラス様とご一緒ではないのですか?」


 後ろから男がイーリスに声をかける。イーリスは両手で無理やり口角を持ち上げ、作った笑顔で振り向いた。


「今日はわたしだけなんです。早速作業に取り掛かりますので」


 立ち上がると、イーリスはローブに付いた汚れを払い落とす。


「いつもありがとうございます。でも、ご無理はなさらず」


「いえいえこれくらい。みなさんのために働くのがわたしの役目ですから」


 男は少し困ったように眉を下げると、深く頭を下げてイーリスから去っていった。


 ニコラスが隣にいればあんな顔はされなかったのだろうか。


 悔しかった。子ども扱いされているみたいで。


 その感情一つで、イーリスは階段を下った。




 汗を流す男たちの間を慎重に抜け、イーリスは人けの少ない街の外れまで進んだ。


 大きな廃材や瓦礫は大方片づけたが、ここにはまだ小さな岩や流れ着いた朽ち木が残っている。


 息を落ち着かせ、イーリスは散乱する岩に両手をかざした。


 数個の岩はごろごろと小刻みに揺れるだけで、一気に持ち上げるには至らない。やはり、杖がなければ難しいようだ。


 イーリスは目標を一つに絞り、魔力を送る。ぐぐっと持ち上がった木箱ほどの大きさの岩を見て、イーリスは満足げに口角を上げた。


 以前より魔法が使えている。だが、部屋の鉄球はまだ無理か。あれさえ持ち上げればニコラスになんでも言うことを聞かせられるのに。


 イーリスはきょろきょろと辺りを見回す。しまった。岩を積む荷車が近くにない。


 声をかけて誰かに持ってきてもらうか…… いや、このまま岩を運んでしまった方が速いかもしれない。


 イーリスは頭上に浮かぶ岩を注視したまま来た道を戻る。その時だった――


 ドン、とイーリスの横腹に何かがぶつかる。その直後、子どもの悲鳴がイーリスの鼓膜を揺らした。


 声のする方へ視線を向ける。イーリスが息を呑むと、浮かせていた岩が自分の隣へ真っすぐ落ちた。


 大きく見開いた瞳に飛び込んできたのは、矢の刺さった足を抱えて泣きじゃくる少女の姿だった。


 


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