第八話 写真鑑賞会
翌日の放課後。
「持ってきた」
昨日と同じ空き教室で、オレは鞄から写真の入った封筒を取り出し、机の上へ置いた。
「おお〜! 容疑者が証拠品を持って出頭してきた〜!」
「誰が容疑者だ」
「昨日、自分で盗撮しましたって認めたでしょ〜?」
「……そうだったな」
「素直でよろしい〜」
小林が封筒へ手を伸ばそうとしたところで、オレはもう一度鞄を探った。
「あと、これ」
「ん〜?」
机の上に、小さなSDカードを置く。
「……何これ?」
「撮った写真のデータ」
「え」
「プリントしてないのも全部入ってる」
小林がSDカードを見て、それからオレを見る。
隣にいた一ノ瀬も、少し意外そうに目を瞬いた。
「これで全部?」
「全部」
「おお〜……」
小林が感心したような声を漏らす。
「証拠隠滅したり、こっそり一部の写真だけ抜いたりもできるのに。律儀だね〜」
「全部持ってこいって言っただろ。だから全部持ってきた」
「言ったけどさ〜。ねえねえ、ぐるちゃん。この容疑者、変なところで真面目だよ〜」
「自分に不利な証拠まで提出するタイプなんだね」
「別に隠す理由もないし」
「盗撮してたこと自体は隠してたじゃん」
「…………」
何も言い返せず、すっと小林から視線を逸らした。
「あ、黙った〜」
「うるさい。オレの誠意だよ、誠意」
小林は楽しそうに笑いながら、封筒の中身を机へ広げていく。
次から次へと現れる成瀬の写真。
横顔、笑顔、真剣な顔。
授業中や昼休み、体育の時間。
場所も表情も様々だが、写っている人物だけは見事なまでに同じだった。
「おお〜……」
「何」
「いや、本当にナル君ばっかりだな〜って」
「成瀬しか撮ってないからな」
「ブレないね〜。……あれ、正面の写真はないんだ?」
「そんなことしたらとっくにバレてる」
「確かに〜」
一方、一ノ瀬は小林とは対照的に、一枚ずつ真面目に確認している。
「……今のところ、本当に変な写真はなさそう」
「だから言っただろ」
「まだ全部見てないから」
「厳しいな」
「誰のせいだと思ってるの」
「オレだな」
「分かってるならいいけど」
オレも二人と一緒に写真へ目を落とす。
昨日、成瀬本人と拾い集めたものもあれば、久しぶりに見るものもある。
どれも、自分がいいと思った瞬間に撮ったものだ。
「あ、これいいじゃ〜ん」
小林が一枚を持ち上げる。
体育の授業中、サッカーをしてグラウンドを走っている成瀬を撮った写真だった。
「それ、成瀬にも褒められた」
「へ〜! 確かに綺麗に撮れてる。動いてるのに全然ブレてないし」
「オレも気に入ってる」
「ってか、授業中じゃん。これ一年の時だよね? 小鳥遊君、合同授業で一緒だったっけ?」
「授業さぼった」
「さぼっちゃったのか〜。悪い子だな〜」
「……そこまでして撮ってたの?」
「そこに見たい顔があったから」
「そんな当然みたいに言われても。理由になってないからね」
「あ、これオレの一押し」
「どれどれ〜?」
「…………」
一ノ瀬が二人を見た。
「ねえ」
「ん〜?」
「何だ?」
「いつから写真鑑賞会になったの?」
小林が持っていた写真をそっと机へ戻す。
「捜査の一環で〜す」
「絶対違うでしょ」
そう言いながらも、一ノ瀬も次の写真へ手を伸ばした。
そのまま三人で何枚か確認していたところで、小林の手が止まる。
「あっ! 懐かし〜!」
持ち上げられた一枚を見て、一ノ瀬も「ああ」と声を漏らした。
「去年の文化祭だ」
オレにも覚えがある。
写真に写っている成瀬は、普段の制服姿ではなかった。
長い髪のウィッグに華やかな衣装。顔には綺麗にメイクが施され、普段とはまるで違う姿になっている。
去年の文化祭、その後夜祭で行われたミスコンに成瀬が出場したときの写真だ。
「ナル君、めちゃくちゃ美人さんだったよね〜」
「美人だった」
「即答だ〜」
「でも、オレは普段の方が好き」
「へえ、そうなの?」
「メイクとかしてたし。余計なのがない元の顔の方がいい」
「メイクを余計なのって言うな」
一ノ瀬に即座に突っ込まれた。
「なんで」
「メイクしてる人全員を敵に回すよ」
「成瀬の顔の話しかしてないけど」
「そういう問題じゃないから」
「まあまあ、ぐるちゃん。小鳥遊君は筋金入りの顔推しみたいだから〜」
小林は笑いながら、改めて写真を眺める。
「でも小鳥遊君、このときナル君がなんでミスコンに出たのかは知ってる?」
「いや」
「やっぱり〜」
オレが知っているのは、後夜祭でステージに立っていた成瀬だけだ。
あの日は全校生徒が体育館に集まり、ステージで行われる出し物を見ていた。
そこで女装した成瀬が出てきたのを見つけ、その後はほとんど成瀬ばかり見ていた。
だが、なぜ成瀬がそこに立つことになったのかまでは知らない。
「ナル君ね、ミスコンの代表を決めた日、モデルの仕事で学校休んでたんだよ」
「そうなのか」
「クラスから一人出さなきゃいけなかったんだけどぉ、誰もやりたがらなくてさ〜」
「それで男子の何人かが、『成瀬なら女子よりいけるだろ』って、本人がいないところで勝手に決めたの」
そこから先を引き取った一ノ瀬の声には、わずかに苛立ちが滲んでいた。
「私、あれ本当にムカついた」
「ね〜! うちらめちゃくちゃ怒ったよね!」
「本人がいないところで勝手に決めるとか、普通にあり得ないでしょ」
どうやら今思い出しても腹が立つらしい。
一ノ瀬は眉間に皺を寄せ、小林も珍しく不満そうに頬を膨らませている。
「じゃあ、成瀬は嫌がったのか?」
「それがさ〜」
小林が頬杖をつく。
「翌日ナル君に話したら、『そうか! みんなが俺に出てほしいのなら、喜んで出よう!』って」
「……言いそう」
「実際に言ったんだよ〜」
「別にナル君自身がミスコンに出たかったわけじゃないんだよ」
一ノ瀬が写真へ目を落とす。
「女装したかったわけでもない。でも、自分にやってほしいって望まれてるなら、やるって」
「ナル君、そういうとこあるんだよね〜」
「…………そうか」
オレは改めて、写真の中の成瀬を見る。
そこに写っている成瀬は、楽しそうに笑っていた。
「……でも、当日は楽しそうだったよな」
「そりゃ、引き受けたからにはね〜」
「ナル君、やるならちゃんとやるから」
「ああ」
それはオレも見ていた。
後夜祭の体育館。
ステージに上がった成瀬は、嫌々参加しているようには見えなかった。
むしろ堂々としたものだった。
『ナル君、かわい〜!』
『こっち向いてー!』
観客席から声が飛ぶ。
『ああ!』
成瀬は呼びかけに応えてそちらを向くと、長い髪をさらりと払い、にこりと笑った。
『ふふ、男子諸君! 俺があまりにも綺麗だからって、惚れちゃ駄目だぞ!』
体育館に笑い声と歓声が上がった。
その中で、オレはカメラを構えていた。
(……さすがだな)
迷わずシャッターを切る。
ただ、やはり自分はいつもの成瀬の顔の方が好きだとも思った。
「『俺に惚れちゃ駄目だぞ』とか言ってたな」
「覚えてるんだ〜」
「そりゃ見てたから」
「ミスコンの間、ずっと? やるね〜」
小林はくすくす笑っていたが、やがて手にしていた写真へ視線を戻した。
「でも、ナル君が楽しそうだったからって、それで良しとはならないからね〜」
「うん。それは別の話」
一ノ瀬もきっぱりと言う。
「本人が引き受けて、結果的に楽しんだからって、最初から勝手に決めていい理由にはならないでしょ」
「……まあ、そうだな」
オレは写真へ目を落とした。
自分が知っていたのは、ステージの上で楽しそうに笑っている成瀬だけだった。
その成瀬がどうしてそこにいて、どんな気持ちで引き受けたのか。
そんなことは、考えたこともなかった。
ただ、顔を見ていたから。
「…………」
今までとは少し違う気持ちで写真を眺めていると、不意に空き教室の扉が開いた。
「やはり、ここにいたのか!」
三人揃って振り返る。
そこに立っていたのは、今まさに話題の中心にいた本人だった。
「お、噂をすればナル君だ〜。やっほー」
「成瀬」
「なんだ、俺の噂をしていたのか?」
「まあね〜。ナル君こそ、どこ行ってたの?」
「職員室だ! 今度、仕事で授業を抜ける日があるから、先生に伝えに行っていた」
「あ〜、お仕事かぁ」
「ああ!」
成瀬はそう答えながら、教室の中へ入ってくる。
「それより、俺のどんな話をしていたんだ?」
「去年の文化祭〜」
「文化祭?」
成瀬が首を傾げる。
その視線が、机の上へ向いた。
「…………」
足が止まった。
机いっぱいに広げられた、大量の自分の写真。
成瀬はそれをしばらく見つめる。
「これは……俺の写真か?」
「そうだよ〜」
「何をしているんだ?」
「小鳥遊君が今まで撮った写真の確認」
「なるほど!」
成瀬は大きく頷いた。
そして、すぐさま眉を寄せる。
「なぜ俺のことなのに俺を呼ばない!」
「そこ怒るんだ」
「当然だろう! これだけ俺の写真があるんだぞ!」
先ほどまでの不満げな表情はどこへやら。
成瀬は目を輝かせながら机へ近づいてくる。
「俺も見る!」
「ナル君、自分の写真鑑賞会に参加する気満々じゃん〜」
「当たり前だ! 写真を見れば、小鳥遊の目にどれほど魅力的に映っていたのかわかるだろ」
「最初は鑑賞会じゃなかったんだけどね」
一ノ瀬の冷静な指摘にも、成瀬はまるで気にした様子がない。
「細かいことはいい! 小鳥遊、これはいつ撮ったんだ?」
「それは去年の梅雨ごろだな」
「おお! 窓についた雨粒と外から差し込む柔らかな光が、俺の表情をドラマチックに演出しているな!」
「オレもそう思ったから撮った」
「そうか! 小鳥遊、見る目があるな!」
「素材が良いからな」
「なるほど俺のおかげか!」
「ああ、良い顔で生まれてきてくれてありがとう」
「どういたしまして! 小鳥遊こそ俺を輝かせる写真を撮ってくれてありがとう!」
二人は至極真面目な顔で互いに頷いた。
「そこ、どっちもお礼言い合うんだ……」
こうして。
証拠品の確認だったはずの時間は、本人まで加わった成瀬貴俊写真鑑賞会へと変わった。




