第七話 事情聴取
その日の放課後。
帰り支度をしていたオレの机に、二つの影が落ちた。
「小鳥遊君〜、ちょっといい?」
「……何」
顔を上げると、机の前に小林と一ノ瀬が立っていた。
二人が成瀬とよく一緒にいることは知っているが、こうしてまともに話すのは初めてだった。
「ちょ〜っと、お話したいことがあるんだよね〜」
「そう、だから着いてきて」
「ここじゃ駄目なのか?」
「うん、駄目〜」
「人に聞かれない方がいい話だから。アンタのために言ってるんだよ?」
朝から妙にこちらを気にしていた二人だ。
何の話なのか、思い当たるものがないわけではない。
「じゃ、行こっか〜」
「どこに」
「空き教室〜」
「…………」
嫌な予感しかしない。
とはいえ、断ったところで余計に怪しまれそうだ。
オレは鞄を持って、二人について教室を出た。
◇◇◇
連れてこられたのは、今は使われていない空き教室だった。
最後に入った一ノ瀬が後ろ手に扉を閉める。
カラカラ、と音を立てて扉が閉まる。
「それで、話って?」
「うむ!」
小林が大きく頷き、なぜか腕を組んで胸を張る。
「これより、小鳥遊君の事情聴取を行う!」
「…………」
どこか芝居がかった口調だった。
「……事情聴取?」
「そうだ! 大人しくお縄につけ〜!」
「オレ、もう何かしたことになってるか?」
「したかどうかを今から聞くんだよ〜」
「順番おかしいだろ」
「光果、遊ばないの」
「は〜い」
一ノ瀬に窘められると、小林はあっさり腕を下ろした。
「じゃ、改めまして〜」
口調も元の間延びしたものへ戻り、小林はオレの方を見る。
「昨日、ナル君と何があったの?」
「…………」
「朝にナル君が言えないって言ってたでしょ〜。だから張本人の小鳥遊君に聞いてるの〜」
「オレも言わなかったら?」
「それならそれでいいよ」
答えたのは一ノ瀬だった。
「無理に聞き出すつもりはないから」
「じゃあ、なんでわざわざこんなところまで」
「心配なんだ〜」
小林の声から、先ほどまでのふざけた調子が少し薄れる。
「ナル君とは友達だからね〜。あれで結構、抜けてるところあるし」
「そう、だな」
確かに、昨日のやりとりを考えれば不用心とも言える。
オレが言えたことじゃないが。
「そうそう〜。本人は大丈夫だと思ってても、こっちから見たら全然大丈夫じゃないこともあるからさぁ」
「昨日までほとんど話したことなかった小鳥遊と急に仲良くなって、しかも何があったかは秘密って言われたら、さすがに気にはなるよ」
「…………」
二人がここまで気にしているのは、成瀬が心配だかららしい。
黙っていることもできる。
だが、そうすれば余計に警戒されるだけだろう。
それに、成瀬本人にはすでに全部バレているのだ。
「まあ? ドラマみたいに、放課後に川辺で殴り合って友情が芽生えた〜とかなら、わざわざ言うことでもないんだけどさ〜」
「いや、それはない。オレが成瀬の顔を傷つけるようなことはしない」
「……おっと〜? 食い気味に反応返してきたね〜」
「まあ、モデルってことを加味してかな?」
「いや、ただ単純に顔が好きってだけだ」
小林と一ノ瀬が揃ってきょとんとする。
オレはいたって真面目だった。
「……それ、マジで言ってる?」
「ああ」
「なるほどなるほど〜。……君って面白い子なんだね!」
「男が男の顔をそこまで好きっていうのは結構珍しい気が……今時はそうでもないのかな?」
(……思ったより引かれてないな。これなら、そのまま話しても大丈夫そうだ)
「言えないって言ってた件は、オレが成瀬の写真を撮っていたことだ……勝手に」
「へ〜。……ん?勝手に?」
「本人に許可取らずに撮ってた」
「…………」
小林の笑顔が止まり、一ノ瀬の目もわずかに細くなる。
「……それって」
「盗撮しました」
自分で言った。
「おお〜、犯人が容疑を認めました〜」
小林がぽつりと呟く。
「って犯罪じゃん! アウトだよそれは!」
「小林、ノリツッコミうまいな」
「褒めてる場合じゃないから〜!」
「小鳥遊。他には?」
それまで小林を窘める側に回っていた一ノ瀬の声が、少し低くなる。
「他にはって?」
「写真撮った以外に、ナル君に何かした?」
「……あと、後をつけた」
「ストーカーだ〜! ストーカーがここにいま〜す! お巡りさーん! ……あ、今の私がそうだった。逮捕だタイホー!」
「はいはい、光果はふざけない」
(……まあ普通はそう思うよな)
小林は言い方こそふざけているが、的を射たことを言っている。
「ナル君の物を盗んだりは?」
「してない」
「机とか鞄とか、勝手に漁ったり〜?」
「してない」
「家までついていったことは?」
「ない」
「体育着の匂いを嗅いじゃったり〜?」
「してない」
「本当に?」
「うん」
二人から次々と確認されては、首を振る。
「……顔しか興味なかったから、そういうのはしてない」
「…………」
小林はしばらくオレの顔を見つめたあと、ぽん、と手を打った。
「なるほど顔推し」
「……顔推し?」
「ナル君本人っていうより、顔が好きなんでしょ〜?」
「まあ、そう」
「じゃ、顔推しで合ってるね! ふむふむ、なるほどね〜」
「いや」
一ノ瀬が口を挟む。
「顔推しなのは分かったけど、盗撮していい理由にはならないからね」
「……分かってる」
「ナル君にも注意された?」
「された。写真を撮るなら、ちゃんと本人に許可を取れって」
「それで、もう勝手には撮らない?」
「撮らない」
「なら、そこはいいけど」
一ノ瀬はそう言いながらも、まだ完全には警戒を解いていないらしい。
一方の小林は「ふむふむ」と頷きながら、何やら考え込んでいる。
「ちなみにさ〜」
「何」
「今まで撮った写真は〜?」
「写真?」
「ナル君のやつに決まってるでしょ〜。この盗撮犯め〜」
「……家」
「どれくらいあるの〜?」
「分からない」
「分からないくらいあるんだ〜」
「……まあ」
「ふ〜ん」
小林は顎に指を添え、しばし考え込んだ。
そして。
「よし!」
すっと姿勢を正すと、びしりとオレに向かって指を差す。
「証拠品はすべて押収だ〜! 明日持ってこーい!」
「…………」
また始まった。
「……全部?」
「ぜ〜んぶ!」
「なんで」
「捜査上の秘密で〜す」
「絶対違うだろ」
「変な写真が混ざってないか、確認するためでしょ」
一ノ瀬が横から補足する。
「撮ってない」
「それを信じられるとでも?」
「…………」
(……それは、確かに)
そこまでされる筋合いがあるのかとも思うが、勝手に成瀬の後をつけ、写真まで撮っていたのはこちらだ。今さら文句を言える立場でもない。
「……分かった。明日持ってくる」
「よろしい〜!」
小林が満足げに頷き、再び芝居がかった調子で胸を張る。
「では、本日の取り調べはこれにて終了!」
「事情聴取じゃなかったのかよ」
「細かいことは気にしな〜い」
「光果、絶対楽しんでるでしょ」
「そんなことないよ〜、ぐるちゃん」
「どうだか」
呆れたように返す一ノ瀬を横目に、オレは小さく息を吐いた。
明日は家にある成瀬の写真を、すべて学校へ持ってくることになった。
(……面倒なことになった)
そんな予感しかしなかった。




