第六話 もっと仲良く!
午後の休み時間。
トイレから戻り、教室の扉に手をかける寸前で足を止めた。
「成瀬ってさ、思ってたより普通に話しやすいよな」
聞こえてきた自分の名前に、ぴたりと動きが止まる。
教室の中で話しているのは、同じクラスの男子たちだ。
「分かる。もっと近寄りがたいと思ってた」
「モデルだもんな」
「そうそう、容姿を鼻にかけてきたりするんじゃねえかって思ったけど、普通にいい奴じゃね?」
「女子にモテてむかつきはするがな〜」
「それはそう」
(ほう!)
なかなか嬉しいことを言ってくれる。
満足げに頷き、そのまま教室へ入ろうとして──。
「でも俺、成瀬のこと遊びには誘えねえわ」
「あー、それは分かる」
「だろ?」
再び、足を止めた。
(……何故だ?)
「休みの日とか、仕事ありそうじゃん」
「俺らとゲーセン行く成瀬、なんか想像つかねえし。なんか別世界の人? そんな感じ」
「つーか、下ネタとか言えなくない?」
「お前は誰相手でも少し控えろ」
「なんでだよ!」
笑い声が上がる。
悪い意味ではない、というのは分かる。
分かるのだが。
(別に、誘ってくれて構わないのだが……)
仕事がある日は断ることになるだろう。
だが、予定さえ空いていれば、遊びに行くくらい何の問題もない。
ゲームセンターだって行く。
下ネタも──まあ、内容にはよるが。
少なくとも、聞いただけで怒ったりはしない。
(俺は、そんなに気を遣われるように見えるのだろうか?)
思い返してみれば、似たようなことはこれまでにもあった。
学校では普通に話す。
休み時間に声をかけられることもある。
けれど、それより先へ踏み込んでくる相手は、あまり多くなかった。
別に、それで困ったことはない。
仲が悪いわけでもないのだから。
(…………)
なのに。
何故だか今日は、少しだけ引っかかった。
(いっそ今から入って、俺は誘われても構わないと言おうか?)
それが一番早い。
中に入ろうと扉へ手を伸ばす。
──が。
(……待て)
今ここで出ていけば、自分についての会話を、扉の外でずっと聞いていたことがばれる。
しかもわざわざ「俺は気にしていないぞ!」などと宣言すれば。
(まるで、俺が気にしていたようではないか?)
それはなんというか。
(…………かっこ悪くないか?)
伸ばした手を、そっと引っ込めた。
次の授業までは、まだ時間がある。
少しその辺を歩いてから、何食わぬ顔で戻ってくればいいだろう。
(うむ。それがいい!)
別に、教室へ入りづらくなったわけではない。
ただ少し、散歩がしたくなっただけだ。
そういうことにして、俺は教室に背を向けた。
◇◇◇
特に行くあてもなく廊下を歩く。
階段を一つ下りたところで、前方に見覚えのある後ろ姿を見つけた。
「小鳥遊!」
声をかけると、アッシュグレーの頭が振り返った。
「……成瀬」
小鳥遊結弦。
昨日まではほとんど接点もなかったのに、今日は一緒に昼食まで食べた。
「こんなところで何をしているんだ?」
「飲み物買いに行くとこ。お前は?」
「散歩だ!」
「校内で?」
「だが、目的もなかったから小鳥遊について行くことにしよう!」
「……ふーん」
何か言いたげな目を向けられたが、俺は気にせず小鳥遊の隣に並んだ。
小鳥遊はそれ以上追及することなく、再び歩き出した。
その隣を歩きながら、俺はふと先ほどの会話を思い出す。
──休みの日とか、仕事ありそうじゃん。
そういえば、小鳥遊も俺がモデルをしていることは知っている。
雑誌まで持っていたのだから、当然だ。
「そういえば」
考えていたところで、小鳥遊が口を開いた。
「ん?」
「お前、今日仕事ないの?」
「今日はないぞ!」
「毎日あるわけじゃないんだな」
「もちろんだ。平日は学校もあるからな。基本的には放課後や休日に入れてもらっている。たまに授業と被ることもあるが、そのときは事前に先生へ相談しているぞ」
「へぇ」
「なんだ? 俺の仕事が気になるのか?」
「ああ」
あまりにもあっさり返ってきた肯定に、驚いた。
「……そうなのか?」
「仕事をするってことなら、雑誌にお前が載るだろ? だから」
「そうだったな! 俺の顔が好きと言っていたものな!」
「変なの」
小鳥遊はそう言って、また前を向く。
「……まあ、モデルやってるところも、一回くらい見てみたいけど」
「ほう!」
思わず声が弾んだ。
「それなら、マネージャーや先方に許可をとれば見学も可能だぞ!」
「……それはいいや」
小鳥遊はこちらを見ないまま答える。
「…………そうなのか?」
少し、気分が落ちた。
小鳥遊は、そこまでの興味はないのだろうか。
「仕事の邪魔になるだろ。雑誌で見るから、それでいい」
「そうか!」
興味がないわけではないらしい。
そう分かると、落ちかけていた気分がすぐに戻った。
「仕事がない日は暇なのか?」
「ああ! 予定がなければな!」
「じゃあ、普通に遊んだりもできるんだ」
「もちろんだ! 予定が空いていればいつでも歓迎するぞ!」
「へえ。じゃあ誘えば来るんだ」
「ああ!」
なんてことのない質問だ。
それなのに、俺は先ほど聞いた会話を思い出した。
──休みの日とか、仕事ありそうじゃん。
目の前にいる小鳥遊も、同じことを考えていたのだろうか。
けれど、そこで終わらず、こうして本人に聞いてきた。
「小鳥遊」
「何」
「もしかして、俺と遊びたいのか?」
「そこまでは言ってない」
「……そうなのか?」
「……なんで残念そうなんだよ」
「残念そうになどしていない!」
「はいはい」
軽く流されてしまった。
小鳥遊は、それ以上何も言わなかった。
遊びに誘われたわけでもない。
何か約束をしたわけでもない。
それでも、何故だかさっきより気分がいい。
「そういえば」
「今度はなんだ?」
「お前って、思ってたのと結構違うな」
「ほう?」
興味を引かれて、小鳥遊の顔を覗き込んだ。
「どこがだ?」
「もっと近寄りにくい奴だと思ってた。モデルやってるし。自分の顔が好きだって噂も聞いてたから」
「…………」
つい先ほども聞いた言葉だ。
「でも、実際に話してみたら……」
小鳥遊が少し考えるように間を置く。
「変な奴だった」
「何故だ!?」
「ストーカーされて『近くで撮っていいぞ』って言う奴、普通に変だろ」
「そうか? 撮るだけなら、俺としては困ることもないからな!」
「そういうとこ」
「むう……」
納得はいかない。
だが、小鳥遊はわずかに口元を緩めた。
「まあ、思ってたより話しやすいけど」
「!」
「何」
「いや!」
思わず笑みがこぼれる。
小鳥遊が言っている内容は、先ほど教室で聞いた言葉と同じだ。
けれど──。
「それに、写真撮ってるだけじゃ分からなかったことも結構あったし」
「ほう!」
「だから、もう少し知ってみたいとは思ってる」
「…………!」
そこで終わらなかった。
モデルだから。
自分たちとは違うから。
そんなふうに一歩引くのではなく、小鳥遊はこうして俺に聞いてくる。
「小鳥遊!」
「何」
「もっと俺と仲良くしてくれ!」
「…………」
小鳥遊が足を止めた。
数歩先へ進んだ俺も振り返る。
「どうした?」
「いや……急になんだよ」
「急ではないぞ! お前は俺の顔だけでなく、俺自身にも興味を持ち始めたのだろう?」
「まあ……そうだけど」
「ならば、もっと話せばいい! そうすれば、もっと俺のことを知れるからな!」
「お前、自分からそれ言うのか」
「何かおかしいか?」
「……いや。お前なら言うか」
「そうだろう!」
「褒めてない」
「それに、俺も小鳥遊と話すのは楽しい! だから、もっと仲良くしよう!」
小鳥遊はしばらく黙っていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……もう十分、距離近いと思うけど」
「何を言う! まともに話し始めて、まだ二日目だぞ!」
「二日目でこの距離だから言ってんだよ」
「ならば三日目は、もっと仲良くなれるな!」
「なんでそうなる」
「楽しみだな!」
「人の話聞けよ」
呆れたような声。
けれど、嫌だとは言われなかった。
それが、とても嬉しかった。




