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番外編 幼少期の夢①(成瀬)

 夢を見た。

 俺がまだ幼かった頃の夢だ。


 あれは、確か──小学校の低学年くらいだっただろうか。

 今よりずっと小さくて、今よりずっと生意気で。


 そして何より。

 自分は何でもできて、誰よりも格好いいのだから、誰からも好かれて当然だと。

 そんなふうに、少し思い上がっていた頃の夢だった。


***


 休日の昼下がり。


 近所の公園へ遊びに行くと、一人でサッカーボールを蹴っている男の子がいた。


 同じくらいの歳だろうか。

 見たことのない子だった。

 短い黒髪に、少し目つきの悪い目。


 男の子は壁に向かってボールを蹴り、跳ね返ってきたそれを足で止めると、また蹴る。

 辺りを見回しても、一緒に遊んでいる子はいない。


 ──一人なのか。


 それなら。


「おい!」


 声をかけると、男の子がこっちを見た。


「……何」


「お前、一人で遊んでるのか?」


「そうだけど」


「そうか!」


 やっぱり一人だ。

 なら、ちょうどいい。


 おれは男の子のところまで走っていくと、腰に手を当てて胸を張った。


「じゃあ、おれがいっしょに遊んでやろう!」


「……は?」


「一人だとさびしいだろ? おれが仲良くなってやる!」


 きっと、よろこぶ。

 学校のみんなだって、おれがいっしょに遊ぶと言えばよろこぶのだから。


 けれど。


「いらない」


「…………え?」


「一人でやる。じゃま」


 思ってもいなかった言葉が返ってきた。


「なんでだ?」


「なんでって、一人でやりたいから」


「でも、一人だとさびしいだろ?」


「さびしくない」


「え?」


「だから、一人でいいって言ってるじゃん」


 男の子はそう言うと、またボールをけった。

 壁に当たったボールが、男の子のところへもどってくる。

 それを足で止めて、またける。


 どうやら、本当に一人で遊ぶつもりらしい。


 でも、せっかくおれが声をかけたのだ。

 このまま帰るのもおかしい気がした。


「いいじゃないか! 二人でやった方が楽しいぞ!」


「おれは一人の方がいい」


「そんなこと言うなよ!」


「…………」


「なあ、何して遊ぶ? サッカーか? おれもできるぞ!」


 男の子がけったボールを追いかける。

 先に取ってやろうと足を出したところで、男の子がさっとボールを引いた。


「さわんなよ」


「なんでだよ!」


「じゃまだから」


「じゃまじゃまって、さっきからそればっかりじゃないか!」


「だって、じゃまだもん。……はあ、うるさいな」


 男の子が、めんどうくさそうにため息をついた。


「お前、ずうずうしいって言われないか?」


「なんだよ! おれが遊んでやろうって言ってるんだぞ!」


「だから、それ」


「何がだ!」


「遊んでやるとか、さびしいとか、お前が勝手に決めんなよ」


「…………!」


 むっとした。

 おれは、ただ一人でいるこいつと仲良くしてやろうと思っただけだ。

 なのに、さっきから言い方がひどい。


「おれは、お前と仲良くなってやろうと思ったんだぞ!」


「なってやるって何だよ」


「だから、友だちに──」


「おれ、お前と友だちになりたいなんて言ってないけど」


「なんでそんなひどいこと言うんだ!」


「そっちが勝手に決めてるだけじゃん」


「おれと友だちになれるんだぞ!」


「だから何?」


「だから……!」


 学校では、こんなことを言われたことがなかった。


 女の子たちはよくおれのところへ話しかけに来る。

 いっしょに遊びたいと言われることだってある。


 だから、こいつだって本当はうれしいはずなのに。


「だいたい、なんでそんな上から目線なわけ」


「上から?」


「『遊んでやる』とか、『仲良くなってやる』とか。ずっとえらそうじゃん」


「なんでって──」


 そんなの、決まっている。


 おれは胸を張った。


「おれはなんでもできて、かっこいいからだ!」


「…………」


 男の子が、何も言わなくなった。


 おれはふふん、と笑う。

 ようやく分かったらしい。


 ところが。


「……かっこいい?」


「そうだ!」


「どこが?」


「なっ!?」


 思わず男の子をにらむ。


「おれはかっこいいだろ!」


「まあ、ぱっと見はそうかもしんないけど」


「ほら見ろ!」


「でも、ほっぺにできものできてるじゃん。そういうの、かっこわるいだろ」


「…………え」


 思わず、自分のほおに手を当てた。

 昨日、母さんにもさわらないようにと言われた、小さなできものが一つある。


「それに、ちっちゃいし」


「お前だってちっちゃいだろ!」


「おれは自分がかっこいいなんて言ってないし」


「ぐっ……!」


 言い返そうとして、言葉につまる。


 男の子はそんなおれを見て、ふん、と鼻を鳴らした。


「今はちょっと他のやつより顔がいいから、みんなにちやほやされてるだけだろ」


「ちがう!」


「大人になったら、かっこよくなくなるかもしんないじゃん」


「ならない!」


「分かんないだろ」


「分かる! おれはずっとかっこいい!」


「なんで?」


「なんでって……!」


 また、言葉につまった。

 理由なんて考えたことがない。


 親にはかわいいとも言われるけど、学校のみんなにはかっこいいと言われる。

 大人に会った時だって、「将来モテそうだね」「かっこよくなるよ」と言われた。


 ずっと、そう言われてきた。

 だから、これからだってそうに決まっている。


「どうせ、ちやほやされるのも今だけだろ」


「…………っ!」


 かっと、顔が熱くなった。


 気づけば、おれは男の子の服をつかもうと手をのばしていた。


「よくもそんなひどいことを!」


 けれど。


「うわっ」


 男の子は体を引いて、あっさりとおれの手をよけた。


 勢いあまって、前につんのめる。


「何すんだよ」


「お前がひどいこと言うからだろ!」


「先につかもうとしたのお前じゃん」


「それは……!」


「だいたい、かっこいいっていうのは、何言われてもれいせいに行動できる大人のひとだ。お前みたいなすぐに手がでる子供じゃない」


「おれは子供じゃない!」


「ほら、すぐおこる。れいせいじゃないじゃん。なんでもできるんじゃなかったの?」


「…………っ」


 言い返せない。

 くやしい。


 今まで、こんなふうに言われたことなんてなかった。


 おれはかっこいい。

 すごい。

 なんでもできる。


 そう言えば、みんな「そうだね」と言ってくれた。

 なのに、こいつは。


「……っ、う……」


 目の前が、にじんだ。


 それに気づいた男の子が、少しだけ顔をしかめる。


「……何だよ。泣くの?」


「泣いてない!」


「泣いてるじゃん」


「泣いてないっ!」


 そう言ったそばから、ぽろっと涙が落ちた。

 あわててうでで目をこする。


 男の子はしばらくそんなおれを見ていたが、やがてボールをひろった。


「……もう帰る」


「…………」


「じゃあな」


 男の子は、それだけ言って歩いていく。


「…………っ」


 その背中に何か言い返してやりたかった。

 でも、何も思いつかなかった。


 おれはただ、くやしくて。

 くやしくて、かなしくて。


 その場でしばらく、ぼろぼろと泣いた。

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