第二十四話 GWでの遭遇③
しばらく雑誌を二人で見ていると、成瀬がふと声をかけてきた。
「では、小鳥遊は?」
「オレ?」
「ああ!」
成瀬がこちらを向く。
「俺ばかり話してしまったからな。今度はお前のことも聞きたい!」
「……何を」
「小鳥遊は、カメラの何が楽しいんだ?」
「カメラの……」
改めて聞かれて、少し考える。
「……自分がいいと思った瞬間を、ちゃんと残せた時」
「ほう!」
「目で見た時はいいと思ったのに、撮ってみると全然違うこともあるから」
「そんなに違うものなのか?」
「違う。光とか、角度とか、構図とか。人なら表情もあるし」
同じ場所で、同じものを撮っても、撮り方によって全然違う写真になる。
「いろいろ考えて、これだって思った時に撮って。それが自分の思った通りに残ってると、結構嬉しい」
「なるほど!」
成瀬が感心したように何度もうなずく。
「小鳥遊も、いろいろ考えながら撮っているんだな!」
「まあ」
「では、何を撮るのが一番好きなんだ?」
「お前」
「俺か!」
「ああ」
考えるまでもなかった。
成瀬も予想していたらしく、嬉しそうに笑う。
「やはりそうか! まあ、小鳥遊は俺のファンだからな!」
「というか、それ以外を考えたことがない」
「……ん?」
成瀬が首を傾げた。
「写真部ではいろいろ撮ったけど、全部練習だったから」
「練習?」
「ああ」
風景、電車、動物、人。
先輩たちに教えてもらいながら、今までならカメラを向けようとも思わなかったものを、たくさん撮った。
光の使い方も。
構図も。
動いているものを撮るのも。
人の表情を捉えるのも。
(……それは全部)
「お前を撮るための、練習だ」
「…………」
成瀬の動きが止まった。
「……俺を?」
「そう」
「写真部で撮っていたものも?」
「そうだ」
「俺以外の写真全部?」
「全部」
「…………」
珍しく、成瀬が黙った。
「どうした?」
「いや……」
成瀬がオレから視線を逸らす。
「……待て」
「何」
「つまり、小鳥遊は……その。一年間、俺をもっと格好よく撮るために、ずっと練習していたということか?」
「そうだけど」
「…………」
「何だよ」
「いや、その……」
成瀬が口を開く。
けれど、何も言わないまま閉じる。
そして、また開く。
「お前は……」
「うん」
「…………」
「どうした? 成瀬」
「……なんで、そういうことをあっさり言えるんだ。俺にだって心の準備というものがあるんだぞ」
いつもはっきりとしている成瀬の声に覇気がない。
「知らねえよ」
「……いちねん、一年だぞ!? 一年も俺を撮るために練習していたんだろう!?」
「そう言ってるだろ」
「…………っ」
成瀬がまた顔を逸らした。
耳が少し赤い。
「……お前、照れてる?」
「照れていない!」
「照れてるだろ」
「違う! 少し驚いただけだ!」
「顔、赤いけど」
「今日は暑いからな!」
「木陰だけど」
「木陰でも暑いものは暑い!」
そう言って、成瀬は残っていたレモンスカッシュを飲もうとする。
けれど、もうほとんど残っておらず、ストローが氷を吸う音だけがした。
(面白いな)
いつもなら、何を言っても「そうだろう!」と胸を張る男が、目に見えて動揺している。
こんな成瀬は初めて見た。
──撮りたい。
そう思った瞬間には、もうポケットへ手を伸ばしていた。
スマートフォンを取り出して、カメラを起動する。
「……小鳥遊?」
成瀬がこちらを向いた。
カシャッ。
「…………」
「…………」
「今、撮ったな!?」
「撮った」
「何故だ!?」
「撮りたくなったから」
「今の俺を!?」
「そう」
「今のは駄目だ!」
「なんで」
「格好よくないだろう! 顔も赤いし、さっきからお前に変なことばかり言われて、驚いて……!」
「変なことって」
「俺を撮るために一年間練習していたとかだ!」
「事実だろ。オレの頑張りを否定するのか?」
「いやっ、否定とかではなく! 熱量は、すごいと思うんだがっ」
成瀬が珍しくあたふたと手を動かす。
「とにかく、今のはいつもの俺ではない! お前は俺の格好いい顔が好きなんだろう!?」
「そうだけど」
「だったら、今の写真は……!」
「オレは好きだけど。その顔も」
「…………っ!」
目に見えて、成瀬の顔がさらに赤くなった。
「……撮っていい?」
「……っ、好きにしろ!」
カシャッ。カシャッ。連写の音が続く。
「……撮りすぎじゃないか!?」
「許可しただろ」
「そうだが!」
「ははっ!」
思わず、声が出た。
「…………!」
「はは、悪い。……でも、お前……」
「笑うな!」
「だって……ははっ」
「全然悪いと思っていないだろう!」
「思ってない」
「小鳥遊!」
ますます赤くなった成瀬がおかしくて、笑いが止まらない。
こんなに笑ったのは、いつぶりだろう。
少なくとも。
成瀬の前で、こんなふうに声を上げて笑ったことはない。
「ははっ……」
「まったく……!」
成瀬が不満そうにこちらを見ていたが、ふと何も言わなくなった。
「…………」
「何」
「いや」
今度は、じっとオレの顔を見る。
「小鳥遊、そんなふうに大きく笑うんだな」
「……何だよ」
「初めて見た」
「お前が変な顔するからだろ」
「変な顔ではない!」
「ははっ」
「だから笑うな!」
また笑ってしまう。
成瀬は納得がいかなそうにしているが、それ以上怒る様子はなかった。
「……しかし」
「ん?」
「本当に消さないのか?」
「ん?」
「本当に、その写真が気に入ったのか? 格好悪く写っていないか?」
「別に」
撮った写真を確認する。
頬を赤くして、少し驚いたようにこちらを見ている成瀬。
いつもカメラを向けた時に見せる、格好よく作った表情とは全然違う。
でも。
「格好悪くない」
「本当か?」
「ああ。好きだよ、これ」
「…………そうか」
また、少し赤くなる。
(カメラ、持ってくればよかった)
今日は成瀬に会う予定なんてなかった。
雑誌を買って帰るだけのつもりだったから、一眼レフは家に置いてきている。
スマートフォンでも写真は撮れる。
画質だって十分綺麗だ。
それでも。
今まで見たことのない成瀬の顔を見つけたのに。
(ちゃんと撮りたかったな)
少しだけ悔しいと思いながら、画面に残った成瀬をもう一度見る。
撮りたいと思った。
だから撮った。
いつもと、何も変わらない。
ただ、こんな顔もするんだと知ったら、また一つ。
撮りたい成瀬が増えた。
「……小鳥遊」
「何」
「その……」
成瀬が少しだけ言いづらそうにしてから、こちらを見る。
「一年も、俺を撮るために頑張ってくれていたんだな」
「まあ」
「…………」
「何だよ」
「いや」
成瀬は少しだけ照れくさそうに笑った。
「……嬉しいぞ」
「そうか」
「ああ。……とても嬉しい」
さっきまでとは違って、随分と静かな声だった。
「俺を撮りたいと思って、そこまで続けてくれていたんだろう?」
「そうだな」
「なら、嬉しいに決まっている」
「……そっか」
「ああ!」
今度は、いつものように笑う。
その顔を見て、やっぱりカメラを持ってくればよかったと思った。
第一章は、今回のお話をもって一区切りとなります。
来週は番外編をお届けし、その後、第二章へと進む予定です。
ただ、第二章の開始にあたって少し準備期間を設けたいため、番外編の更新後はしばらくお休みをいただきます。
再開時期はまだ確定しておりませんが、11月中の更新再開を予定しております。
少しお待たせしてしまいますが、引き続きお付き合いいただけますと幸いです。




