第二十三話 GWでの遭遇②
駅前から少し離れたところにある公園はゴールデンウィークということもあって、普段より人が多かった。遊具の周りでは子供たちが走り回り、広場では家族連れがレジャーシートを広げている。
「結構いるな」
「皆、考えることは同じということだな!」
「まあ、店で並ぶよりはマシか」
空いている場所を探して歩いていると、少し奥に木陰になったベンチを見つけた。
「小鳥遊、あそこはどうだ?」
「いいんじゃないか」
二人で並んで腰を下ろす。
頭上では青々とした葉が風に揺れている。
日差しを遮ってくれるだけでも暑さが随分と和らぐ。
「ふう。ここなら少し涼しいな!」
成瀬がボディバッグを外し、ベンチの端へ置く。
それから、被っていた帽子に手をかけた。
「小鳥遊、帽子を返そう」
「ん」
差し出された帽子を受け取る。
帽子を自分の頭に被り直して、買ってきたものを取り出す。
成瀬はエビとアボカドを挟んだ全粒粉のサンドに、輪切りのレモンが入ったレモンスカッシュ。
オレはボリュームのあるてり焼きチキンとたまごのサンドに、アイスカフェラテだ。
「では、いただきます!」
「いただきます」
包みを開いて、サンドイッチにかぶりつく。
甘辛いてり焼きチキンに、たまごがよく合う。また、カラシも塗ってあるのか、ピリッとした辛みと酸味で味が引き締まっている。
見た目通り食べ応えもあって、これにして正解だった。
「小鳥遊、それ美味いか?」
「うまい」
「そうか! 俺のも美味いぞ!」
「よかったな」
隣を見ると、成瀬も機嫌よくサンドイッチを食べている。
口いっぱいに頬張ったまま、嬉しそうに目を細めている姿を思わずじっと見てしまう。
そんなオレの視線に気付いたのか、こちらに視線を向け、首を傾げる。
口に入ったものを咀嚼し終えると、オレに声をかけてくる。
「小鳥遊、先ほどからこちらを見ているが、何か気になったことでもあったか?」
「いや、顔を見てただけだから気にするな」
「そうか!」
成瀬はそれだけで納得したのか、またサンドイッチを食べ始めた。
(納得すんのか)
相変わらずだ。
オレも残っていたサンドイッチを口に運んだ。
それからしばらくして、二人とも昼食を食べ終えた。
包みや空になったカップを袋にまとめる。
すると、隣に座っていた成瀬が待ってましたと言わんばかりにこちらを向いた。
「さて、小鳥遊!」
「何」
「そろそろ雑誌を見ようではないか!」
「……お前、ずっと待ってたのか」
「もちろんだ!」
成瀬は楽しそうだ。
書店の袋から、先ほど買った雑誌を取り出す。
「お前が載ってるの、どこだっけ」
「ここだ!」
成瀬がすぐに手を伸ばしてページをめくる。
どうやらページまで覚えているらしい。
「ほら!」
「近い」
「む?」
「……いや、いい」
一冊の雑誌を二人で見るのだから、仕方がない。
成瀬が隣から覗き込んでくる。
肩が触れそうなほど近い。
ただでさえ今日は暑いというのに。
(……まあ、いいか)
別に離れるほどでもない。
改めて、開かれたページを見る。
そこには、今隣でサンドイッチを食べていた男と同一人物とは思えないほど、綺麗に作り込まれた成瀬がいた。
「どうだ?」
「格好いいな」
「そうだろう!」
即答すると、成瀬が嬉しそうに笑った。
「この写真、好きだな」
「ほう! どこがだ?」
「顔」
「やはり顔か!」
「あと……」
掲載ページには、アイボリーのシャツにグレージュのセットアップを身にまとった成瀬が写っていた。
シャツの襟元は少し開き、ジャケットの前も留めていない。全体的に柔らかな色合いなのに、いつもの成瀬より随分と大人びて見える。
口元から笑みは消え、視線はわずかに伏せられていた。
「これとか、結構大人っぽい雰囲気だけど。なんかイメージとかしてるのか?」
「もちろんだ!」
成瀬が嬉しそうに答える。
「撮影ごとに求められているものは違うからな。最初にクライアントやディレクターさんの話を聞いて、どういう雰囲気にしたいのかを確認するんだ」
「へえ」
「それから衣装やセットも見て、自分の中でも少しずつイメージを固めていく」
成瀬が写真を指差す。
「この衣装は色合いが柔らかいだろう? だから格好つけすぎるのではなく、余裕のある大人を意識したんだ。あまり大きな動きもつけないようにした」
「動かない方がいいのか?」
「動かない、というより……そうだな」
成瀬は少し考えてから、ベンチに座ったまま姿勢を変えた。
「こうして視線を少し落としたり」
すっと目を伏せる。
「重心を落として、体のラインも緩やかに見せたりする。動きの少ない『静』のイメージだな」
一瞬で雰囲気が変わった。
さっきまでレモンスカッシュを飲みながら楽しそうに喋っていた男と同じとは思えない。
「……なるほど」
「もちろん、俺一人で全部決めるわけではないぞ」
ぱっといつもの成瀬に戻る。
「カメラマンさんから、もう少し顔を上げてくれと言われることもあるし、スタイリストさんも逐一衣装を直してくれる。照明だって、俺がどう見えるかを考えて調整してくれているからな」
「結構いろんな人が関わってるんだな」
「ああ!」
成瀬が楽しそうに笑う。
「俺も俺で、求められたものを出せるように頑張ってはいる。だが、カメラマンさんも、スタイリストさんも、ヘアメイクさんも、他のスタッフも。それぞれが自分の仕事をして、一つの世界観を作り上げていくんだ」
「…………」
「そういうのが、結構面白いぞ!」
その顔は、いつものように自分の格好よさを語っている時とは少し違って見えた。
自分が綺麗に写ったことだけを喜んでいるわけではない。
撮影そのものが好きなのだ。
「……お前、モデルの仕事好きなんだな」
「ああ、好きだぞ!」
迷うことなく返ってきた。
「俺自身、もっと格好よくなれるしな!」
「そこに戻るのかよ」
「重要なことだろう!」
成瀬が笑う。
「だが、自分一人では作れないものが出来上がるのも好きだ。完成したものを見ると、『あの時みんなで考えていたものが、こうなったのか!』と思えて楽しいぞ」
「……へえ」
もう一度、写真を見る。
さっきまでは、ただ成瀬が格好いい写真だった。
けれど今は。
伏せられた視線にも。
緩く作られた体のラインにも。
その後ろにいる、写真には写っていない人たちにも。
目では見えない箇所に、少しだけ思考が向く。
「……お前、結構ちゃんと考えて仕事してるんだな」
「結構とは何だ!」
「もっとこう……」
「何だ?」
「自分が格好よく写れば、それでいいと思ってるのかと」
「そんなわけがないだろう!」
成瀬が心外そうに眉を寄せる。
それから少しして、何か思いついたのか、にやりと口元を上げた。
「どうだ、小鳥遊?」
「何が」
「これは顔だけではなく、考えや意識の問題だ」
いつものように胸を張るのではなく、こちらの顔を覗き込む。
どこか悪戯っぽい笑みだった。
「俺のモデルとしての心構えも、良いと思わないか?」
「…………」
言われて、もう一度雑誌を見る。
少なくともオレには、こんなことはできない。
「ああ。すごいと思う」
「そうだろう?」
成瀬がさらに楽しそうに笑った。
「なら、そんな姿勢も好ましいと思わないか?」
「……そうだな。オレはやろうとも思わないことだし」
「だというのであれば」
「ん?」
「小鳥遊」
成瀬が、にっと笑う。
「お前が俺のことを好きなのは、顔だけではなくなったな?」
「…………」
言われて、固まった。
「…………は?」
「今、俺の考え方も良いと言っただろう!」
「……言ったけど」
「つまり、顔以外にも俺の好きなところが増えたということだ!」
そういうことに、なるのか。
いや。
なる……のか?
考えている間にも、成瀬は一人で納得している。
「ふふ。また俺のことを一つ好きになってしまっただろう?」
楽しそうに、少しだけ悪戯っぽく笑う。
なんだろう。
妙にしてやられたような気がする。
「…………お前、顔だけ好きだって言ったの、実は気にしてたのか?」
「はは、もちろんだ! だって悔しいではないか! 俺の格好いいところが顔だけなんて!」
「別に、顔以外が格好悪いとは言ってないけど」
「だが、好きなのは顔だけだったのだろう?」
「……まあ」
「だから、あの時言ったではないか!」
「何を」
「これから一つずつ、小鳥遊の中に俺の好きなところが増えていくとな!」
「…………」
そういえば。
初めてまともに話したあの日。
こいつは確かに、そんなことを言っていた。
「ほら、俺の言った通りになっただろう?」
成瀬が得意げに笑う。
「いやはや、一ヶ月足らずで小鳥遊に俺の新たな魅力を見つけられてしまうなんて、やはり俺はすごいな!」
「結局そこに行くのかよ」
「ははは!」
「……調子乗んな」
「だが、まだ一つ目だぞ?」
「は?」
「あの時も言っただろう? 一つずつ、だ!」
成瀬が人差し指を一本立てる。
「つまり、まだこれから増えるということだ!」
「おい、勝手に決めんな」
「ふふ。これからが楽しみだな! 小鳥遊!」
成瀬は何の疑いもなく笑った。
何が楽しみなんだよ。
そう言おうとして結局、口には出さなかった。
隣では成瀬が、満足そうに雑誌を眺めている。
肩はもう、触れ合っていた。




