第二十二話 GWでの遭遇①
ゴールデンウィークも、残り半分。
朝食を食べ終えて自分の部屋に戻ったところで、机の上に置いていたスマートフォンが震えた。
画面を見ると、表示されていた名前は成瀬だった。
『小鳥遊! 今日は俺の載っている雑誌の発売日だ!』
知っている。
元々、成瀬がGW前にオレに伝えてきた。
『そうだな』
そう送ると、すぐに既読がつく。
『買うか!?』
『買う』
『そうか! 見たら感想を聞かせてくれ!』
その下に、犬が尻尾を振っているスタンプが送られてくる。
相変わらず朝から元気だ。
『分かった』
そう返して、スマートフォンを机に置いた。
(……今日、買いにいくか)
家の近くにも本屋はある。
ただ、小さい店だから雑誌の入荷が遅れることがあるし、そもそも置いていないことも珍しくない。
学校の最寄り駅まで行けば、大きな書店がある。
電車の定期も使えるし、そっちへ行った方が確実だ。
別に、今日でなければ買えないわけじゃない。
けれど、わざわざ待つ理由もなかった。
(あいつも感想欲しいって言ってるし)
財布とスマートフォンをポケットに入れ、家を出た。
◇◇◇
電車を降り、改札を抜ける。
休日とはいえ、駅前にはそれなりに人がいた。
普段なら制服姿の学生が多い場所も、今日は家族連れや買い物に来たらしい人たちの姿が目立つ。
目的の書店は、駅から歩いてすぐだ。
そのまま向かおうとしたところで。
「小鳥遊!」
聞き慣れた大きな声がした。
振り返ると、少し離れたところからこっちに向かって手を振りながら駆け寄ってくる男がいた。
白い七分袖のゆったりとしたTシャツに、細身の黒いパンツ。白地に青の入ったスニーカーを履き、黒いボディバッグを斜めに掛けている。Tシャツには一本だけ青いラインが入っていて、妙に爽やかだ。
こいつはどんな服でも、やっぱり目立つ。
「……成瀬」
「ああ!」
成瀬が笑いながら近づいてくる。
「こんなところで会うとは奇遇だな!」
「そうだな。お前もこっちに何か用か?」
「用というほどのことはないな。天気もいいし暇だったから、少しぶらぶらしようと思ってこちらに来た」
「そうか」
「それに、小鳥遊に会えるかもしれないと思ったからな!」
「……は?」
「朝、小鳥遊は雑誌を買うと言っていただろう? この辺りなら大きな書店があるからな。もしかしたら来るんじゃないかと思っていたんだ!」
「…………」
「本当に会えたな! 今日は運がいい!」
(……こいつはまた、恥ずかしげもなく)
成瀬は嬉しそうに笑う。
それから、オレの姿を上から下まで眺めた。
「それにしても小鳥遊。私服だとまた雰囲気が違うな!」
「……そうか?」
「ああ! 黒も似合うな!」
今日着てきたのは、黒の半袖シャツにライトグレーのパンツだ。
どちらもゆったりした作りで、足元も黒のサンダル。頭には黒のキャップ。別にそこまで考えて選んだわけではない。
「……どうも」
成瀬は満足そうにうなずく。
その視線が、今度はオレの頭で止まった。
「……む?」
「何」
「小鳥遊、髪を切ったな! 爽やかになって、かっこいいぞ!」
成瀬はそう言って、オレの頭をまじまじと見る。
思わず、自分の髪に触れる。
「よく、気づくんだな」
前より少し短くなってはいるが、髪型そのものを大きく変えたわけではない。
色だって、伸びた根元を染め直しただけで、前と同じだ。
自分では、そこまで変わったようには思えなかった。
「もちろんだ! 小鳥遊のことだからな」
迷いなく言い切られる。
(……オレのことだから?)
その理屈が、よく分からない。
「姉貴が、伸びてるの気にしてたから切られた」
「お姉さんが切ってくれたのか?」
「美容師なんだよ」
「なるほど!」
成瀬が納得したようにうなずいた。
「では、髪を染めているのもお姉さんか?」
「ああ。今回も根元だけ染め直された」
「そうだったのか。綺麗な色だと思っていた!」
「……前と同じだけどな」
「同じでも綺麗なものは綺麗だろう! 丁寧に仕上げられている。さすがプロだな」
「姉貴が聞いたら調子に乗るな」
「ははは!」
成瀬が声を上げて笑う。
「休みの日に会うのもいいものだな! いつもと違う小鳥遊が見られる!」
「……お前、そういうこと恥ずかしげもなく言うよな」
「何故恥ずかしがる必要がある?」
「……そういうところだよ」
「?」
成瀬は本当に分かっていないらしい。
「……まあいい。オレ、本屋行くから」
「ああ、そうだった! 雑誌を買いに来たんだったな!」
「そう」
「では、俺も行こう!」
「……お前も?」
「ああ!」
成瀬は当然のようにうなずいた。
「小鳥遊が俺の載っている雑誌を買うところを見たい!」
「……何が面白いんだよ」
「だって、実感できるだろう? 小鳥遊が金を払ってまで、俺を見たいと思ってくれているということを」
「…………」
「これは、純粋に嬉しいことなんだ。俺はかっこいいが、人によって好みは違うものだからな。だから、俺を好きになってくれることに、感謝するべきだ」
成瀬は、さも当然のことのように言う。
「……お前、自分のこと好きなやつなんて、他にもいるだろ」
「もちろんいる!」
「即答かよ」
「はは、事実だからな! 偶に声をかけてもらうことだってあるんだぞ?」
胸を張る成瀬に、思わずため息が出る。
けれど、成瀬はすぐに続けた。
「だが、俺を好きになるかどうかは、その人が決めることだ。俺がどれだけかっこよくても、好みでない人はいる!」
「……まあ、そうだな」
「だから、小鳥遊。たくさん人がいる中で、俺を選んでくれて、ありがとうな」
「…………そうか」
「ああ!」
何となく、居心地が悪くなった。
オレが見ているのは、成瀬の顔だ。
格好いいと思って、写真を撮って。
雑誌だって、成瀬が載っているから買う。
それだけだ。
成瀬本人にも、そう言っている。
なのに成瀬は、オレがどうして自分を好きなのかではなく、オレが自分を好きだということ自体を喜んでいる。
自分が格好いいことを疑わないくせに。
オレが自分を好きでいることは、当たり前だと思っていない。
なんだか、オレばかりがこいつの表面しか見ていないような気がした。
(……まあ事実、そういうことなんだがな)
「分かった。好きにしろ」
「ああ! では行こう!」
二人並んで書店へ向かった。
◇◇◇
店内に入ると、休日だからかそこそこ人が多い。
目当ての雑誌が置いてあるのは、一階の雑誌コーナーだ。
そこへ向かおうとすると、成瀬がオレより先に歩いていく。
「お前、場所分かるのか?」
「雑誌ならこっちだろう!」
「そうだけど」
「あ、小鳥遊! あったぞ!」
「声でかい」
まだ探してもいないのに、成瀬はすぐに目当ての雑誌を見つけたらしい。
棚の前で立ち止まり、一冊を手に取る。
そしてオレに手渡してきた。
「ほら、これだぞ!」
「……どうも」
成瀬から雑誌を受け取る。
表紙は別のモデルだった。
「お前、どこに載ってるんだ?」
そう聞くと、成瀬がオレの持っている雑誌をぺらぺらとめくっていく。
成瀬が載っているのは、中の数ページらしい。
「今回は……ここだ!」
「へえ、いろんな服着ているな」
「ああ! 撮影自体も楽しかったぞ!」
「へえ」
「この服の時はな──」
成瀬が隣からページを覗き込み、写真を指差す。
「……お前、ここで一々説明する気か?」
「駄目か?」
「買ってからにしろよ。周りの客の迷惑だろ」
「む。確かにそうだな!」
周りには他の客もいるし、いつまでも棚の前を塞いでいるわけにもいかない。
「では、買った後でゆっくり説明しよう!」
「ああ」
雑誌を閉じて、レジへ向かう。
列に並びながら、手元の雑誌を見る。
そして隣を見ると、目当ての張本人がいる。
「…………」
「どうした、小鳥遊?」
「いや」
成瀬が不思議そうにこちらを見ている。
妙な感じだ。
会計を済ませ、袋に入った雑誌を受け取った。
「よし買ったな! では、雑誌を見られる場所に移動しようではないか!」
「はいはい」
店を出ると、昼前の日差しが一気に降り注いだ。
「……暑」
思わず声が漏れる。
五月に入ったばかりだというのに、日差しは妙に強い。
半袖で来て正解だった。
「今日は随分暑いな!」
「お前、七分袖で暑くないの?」
「このくらいなら問題ない! それに、この服は風通しもいいからな」
そう言って、成瀬が両腕を広げる。
「どうだ? 爽やかだろう!」
「……爽やかだな」
「そうだろう!」
満足そうだ。
「さて。どこで雑誌を見る?」
「どこでもいいけど」
「せっかくだから、落ち着いて見られるところがいいな。小鳥遊に今回の撮影についてじっくり説明したい!」
「そんなに説明することあるのか?」
「もちろんだ!」
即答だった。
「小鳥遊は俺を撮る時に指示したり、場所を変えたり、こだわりを持っていただろう? 俺だってモデルとして意識していることは多いんだ!」
「へえ」
「だから、全部教えてやろう!」
「全部かよ」
「全部だ!」
まあ、少し興味はある。
成瀬が頷いてから、ふとスマホを開き、時間を確認する。
「そういえば、もうすぐ昼だな」
「ああ」
「小鳥遊、昼飯は?」
「まだ」
「俺もだ! せっかくだからお昼も一緒に食べよう!」
「……まあ、いいけど」
「よし!」
予想通りだった。
「ただ、どこも混んでそうだな」
「ゴールデンウィークだからな」
駅前を見渡す。
飲食店の前には既に何人か並んでいるところもあった。
「ふむ。それでは、何かテイクアウトで買って、公園で食べるとするか?」
「それが楽そうだな」
「では、そうしよう! 小鳥遊は何が食べたい?」
「何でもいい。駅前でなんでもあるんだし、空いてるとこで買えばいいだろ」
「何でもいいのか。……ではサンドイッチはいかがだろうか? この前、美味しいところを見つけたんだ!」
「じゃあ、そこで」
「ああ、ではそこに案内しよう!」
近くにおすすめの店があるらしい。
成瀬について駅前を歩いていると、すれ違ったスーツを着た女性がちらりとこちらを見る。
少しして、今度は向かいから歩いてきた女性二人組が成瀬を見た。
「…………」
やっぱり、目立つ。
学校でもそうだが、街中でも成瀬はよく人の視線を集める。
モデルだと気づいて見ているのか、単に顔が目立つのかは分からない。
「成瀬」
「ん?」
被っていた帽子を脱ぐ。
そのまま、成瀬の頭にぽすっと被せた。
「む?」
「お前の顔、目立つから」
つばを少し下げてやる。
「これで少しはマシだろ」
「…………」
「何」
「俺は別に目立っても構わんが?」
「オレが構う」
「そうなのか?」
「さっきからお前のこと見てるやつ多いんだよ。落ち着かない」
「なるほど!」
成瀬は納得したようにうなずくと、帽子のつばに手をかけた。
「だが、小鳥遊はいいのか?」
「何が」
「日差しが強いぞ?」
「別に。店までだろ」
「そうか! では借りておこう!」
そう言って、そのまま普通に被って歩き出す。
「こっちだ、小鳥遊!」
「はいはい」
多少は目立たなくなった。
……まあ、帽子を被ったところで、顔がいいことに変わりはないのだが。
店に着くと、それぞれ昼食を選んで購入した。
注文したものを受け取ると、近くの公園へ向かった。




