第二十一話 GW初日
ゴールデンウィーク初日。
オレは朝から自分の部屋の机に向かって学校から出された課題を進めていた。
別に、勉強が好きなわけじゃない。
休みの終わりが近づいてから、まだ課題が残っていると焦るのが嫌なだけだ。
ゴールデンウィーク中も何日かバイトが入っているし、課題はさっさと終わらせておくに越したことはない。
数学の問題を一つ解き終えたところで、机の端に置いていたスマートフォンが震えた。
画面を見ると成瀬からメッセージが来ていた。
『小鳥遊! おはよう!』
[犬が元気よく手を振っているスタンプ]
(休日にわざわざなんだ?)
『おはよう』
そう返すと、すぐに既読がついた。
成瀬と連絡先を交換したのは、つい先日のことだ。
放課後、成瀬と小林、一ノ瀬の四人で寄り道した日。一ノ瀬が撮った写真を送り合うために、その場で連絡先を交換した。
それ以来、成瀬からはちょくちょくメッセージが届く。
『今日は家族で出かけてくる! 軽井沢だ! 自然を満喫してくる!!』
『そうか』
『小鳥遊は何してるんだ?』
『課題やってる』
少し間が空いた。
『もうか!?』
[犬が目を丸くして驚いているスタンプ]
[犬が尻尾を振って、背後に『すごい!』と書いてあるスタンプ]
『もうって何だよ』
『休みは始まったばかりだぞ!』
『だからだろ』
[犬が首を傾げ、はてなを浮かべているスタンプ]
画面の向こうでスタンプと同じように首を傾げている成瀬の顔が浮かんだ。
『先に終わらせた方が後で楽だから』
『なるほど! 確かに、最初に終わらせれば後は気にせず遊べるな!』
『そういうこと』
[先ほどと同じ『すごい!』のスタンプ]
『そろそろ出かける! またな、小鳥遊!』
『ああ』
スマートフォンを置いて、再び課題に戻る。
それから一時間ほど経った頃に、またスマートフォンが震えた。
どうやら成瀬が写真を一枚送ってきたようだ。
メッセージを開くと、青空の下、成瀬が両手を大きく上に広げて笑っていた。
白いTシャツの上に羽織ったオレンジ色のニットカーディガンが、新緑の中でよく映えていた。黒い細身のパンツに白いスニーカーという格好も、雑誌で見るものよりずっと普段着らしい。
『着いたぞ!』
続けてもう一件。
『母さんに撮ってもらった!』
確かに、自撮りではなさそうだ。
景色も綺麗に入っている。
だが、やっぱり先に目が行くのは成瀬の顔だった。
『どうだ!』
『良いな』
『何がだ?』
『お前』
『そうだろう! お前なら喜ぶと思ったんだ!』
[犬がフリスビーを咥え、背後に『やったね!』と書いてあるスタンプ]
もう一度、送られてきた写真を見る。
ただ家族と出かけて、母親に撮ってもらった写真だ。
(親と仲がいいんだな)
家族と過ごしているからなのか、いつもより無邪気に見えた。
写真を拡大しようと、画面に指を置く。
その時、部屋の扉が開いた。
「結弦ー。入るわよー」
「……ノックしろよ」
「したわよ」
「聞こえてねえ」
「あんたがそのスマホに夢中だったからじゃないの?」
姉貴が部屋に入ってくる。
何の用だと聞くより先に、姉貴はオレの顔を見て、僅かに眉を上げた。
「あんた、何ニヤニヤしてんの?」
「は? してねえよ」
「してるわよ。ちょっとだけ」
そう言って、姉貴が自分の口元を指で僅かに持ち上げる。
「こんな感じ」
「……分かんねえ」
言われて、口元に触れてみる。
別に、いつもと変わらない気がする。
「ふ〜ん。つまり自分でも気付かないうちに……ってことはな〜に? ついに彼女でもできちゃった?」
姉貴が急にニヤニヤし出す。
(ニヤニヤしてんのはお前じゃねぇか)
「できてねえよ」
「じゃあ、何見てたの?」
「写真」
「誰の?」
「……クラスのやつ」
「だから誰よ」
姉貴がオレの横から画面を覗き込む。
「……ん? なんか見覚えある顔ね?」
「姉貴が持ってた雑誌に載ってた」
「雑誌ぃ〜? ……ああ! 学生でモデルやってる成瀬君?! なになに、クラスメイトだったの? しかも連絡のやり取りもしてるなんて、やるじゃないあんた!」
姉貴がバシっと背中を叩いてくる。
「いてぇよっ、バカ!」
「あら? このくらいで痛いなんて非力ねぇ」
「姉貴の力が強ぇんだよ」
「美容師は体力仕事なのよ」
「知らねえよ」
(ったく、こいつはいつも強引だ)
しかも何か文句を言っても、言い返してくるから厄介だ。
「それにしても、へえ〜。成瀬君ねえ」
「何だよ」
「別に? あんたがスマホ見ながらニヤつくくらい仲良くなったんだな〜って」
「だからニヤついてねえ」
「はいはい」
「……で? 何の用?」
「ああ、そうだった」
姉貴が思い出したようにオレの髪を見る。
「あんたの髪、伸びてきたから切ろうと思って。あと、根元も黒いの分かりやすいし、染め直すわよ」
「今?」
「今」
そう言いながら、姉貴がオレの前髪をつまんだ。
「……まだいいだろ」
「よくない。私が気になる」
「姉貴が?」
「私がやった髪なんだから、気になるに決まってるでしょ。それに、伸びっぱなしだと見栄え悪いわよ」
姉貴が髪から手を離す。
そのまま何か思いついたように、オレの顔をじっと見た。
目を細め、オレの髪と顔を交互に見る。
口元には、何か企んでいる時の笑みが浮かんでいた。
「……何だよ」
「ねえ、結弦。せっかくだし、色も変えてみない?」
「嫌だ」
「まだ何色か言ってないでしょ」
「その顔してる時は大体ろくなこと言わねえから」
「失礼ねぇ。五月だし、緑とか爽やかで良いと思うんだけど」
「余計なことすんな」
「似合うと思うけどな〜。ちょっと暗めの緑とか」
「今のでいい」
「じゃあ毛先だけ」
「嫌だ」
「インナー」
「嫌だ」
「一部分だけでも?」
「嫌だ」
「頑固ねぇ」
「勝手に変えようとすんな」
「夏になったら青も良さそう」
「諦めろって」
まだ何か言っている姉貴がこれ以上ごねないように、オレは椅子から立ち上がった。
「ほら、早く来なさい」
「分かったって」
姉貴に急かされながら、オレは部屋を出た。
机の上には、途中まで終わった課題と、画面のついたままのスマートフォン。
そこにはまだ、成瀬の写真が表示されていた。
【四人組のゴールデンウィーク事情】
小鳥遊
アルバイトの予定あり。
休みの日に時間が空いていても、自分から「成瀬たちと遊ぼう」という発想には至らない。
成瀬
家族旅行にモデルの仕事と、なかなか忙しいゴールデンウィーク。
空いた時間で課題も片づける予定なので、意外とスケジュールはぎっしり。
一ノ瀬
アルバイトのほか、以前から光果や他の女子たちと遊ぶ約束あり。
こちらもそれなりに予定が埋まっている。
小林
実家の酪農のお手伝い。
もちろん、巡や他の女子たちと遊ぶ約束もばっちり入っている。
そんなわけで、四人で過ごすようになってから初めての大型連休ですが、今回はそれぞれ別々に過ごしています。




