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第二十話 放課後

 放課後。


 帰り支度をしていると、教室の前の方からやけに弾んだ声が聞こえてきた。


「ぐるちゃん、今日だよ〜!」


「覚えてるって」


「今日からだからね! 絶対混んでるよ〜!」


 小林と一ノ瀬が何やら話している。

 オレは特に気に留めることもなく、机の横に掛けていた鞄を持ち上げた。


「ナル君も行くでしょ〜?」


「もちろんだ!」


「じゃ、早く行こ! 売り切れたら泣く〜!」


「それは大変だな!」


 何が大変なのかは知らない。

 そのまま教室を出ようとしたところで、後ろから声が飛んできた。


「小鳥遊!」


「ん?」


 呼びかけに振り返ると、成瀬が鞄を肩に掛け、こちらへ歩いてくるところだった。


「お前も行かないか?」


「……どこに?」


「期間限定のドリンクを飲みに行くんだ!」


「ドリンク?」


「あれ、ユヅ君知らないの〜?」


 いつの間にか小林までそばに来ていた。

 スマホを取り出すと、画面をこちらへ向けてくる。


「これこれ! 今日から期間限定で出るやつ〜!」


 画面には、淡い緑色のドリンクが映っていた。

 上にはクリームがたっぷり乗せられ、角切りのメロンまで添えられている。


「今日から期間限定のメロンだって〜!」


「へえ」


「美味しそうでしょ〜?」


「まあ」


「だからこれからみんなで飲みに行こ〜よ!」


「オレも?」


「うん!」


 なぜ当然のように人数へ含まれているのだろう。


「ここのフルーツ系のフローズンドリンクはハズレなしだからね。飲んでおいた方がいいよ」


 一ノ瀬も頷きながら勧めてくる。


 別に、今日はこのあと何か用事があるわけでもない。

 もう一度スマホの画面を見る。メロンは嫌いではないし、ドリンク自体も美味そうだ。


「……まあ、いいけど」


「いえ〜い! じゃ、四人で今からレッツゴー!」


 小林が嬉しそうに鞄を持ち上げる。

 こうして、オレもよく分からないまま放課後の予定へ組み込まれることになった。


◇◇◇


 学校を出た四人は、駅前へと続く商店街を歩いていた。

 放課後ということもあり、通りには制服姿の学生が多い。飲食店や服屋、雑貨屋なんかが並ぶ中を、目的の店へ向かって歩いていく。

 期間限定のメロンドリンクを売っている店は、この通りをもう少し進んだ先にあるらしい。


「ねえ、あれ可愛くない!?」


 それから十分ほど歩いたところで、突然、小林が声を上げた。


 小林が指差した先には、一軒の雑貨屋があった。

 店先にはアクセサリーや小物が並べられていて、その中にあったヘアアクセサリーへ、小林が吸い寄せられるように近づいていく。


「へえ、確かに」


 一ノ瀬も足を止め、そちらに向かって歩き出す。


「ほら! そこの男子二人も! ちょっと見てこ〜!」


「ドリンクはいいのかよ」


「ちょっとだけだから〜!」


 二人はさっさと店へ入っていく。


「俺たちも行こう、小鳥遊!」


「お前も行くのか」


「もちろんだ!」


 立ち止まっているところを成瀬に腕を掴まれ、店の方へと引っ張っていかれる。

 別にオレは雑貨に興味があるわけではなかったが、仕方なく成瀬と一緒に店内へ入った。


 店の中には、アクセサリーやキーホルダー、小さなポーチやぬいぐるみなどが所狭しと並んでいる。


 こういう店にはほとんど入ったことがない。

 何を見るでもなく棚の間を歩いていると、少し先から小林の声がした。


「見て見て〜! これ!」


 小林が手にしていたのは、細身の布製リボンがついた小さなヘアクリップだった。

 飾り気の少ない、比較的シンプルなデザインだ。


「色いっぱいあるよ〜!」


「本当だ」


 その横で一ノ瀬も一緒に棚を覗き込んでいる。


 ピンク、白、青、茶色。

 他にもいくつか色違いが並んでいる。


「可愛いな!」


 成瀬も興味津々で覗き込んだ。


「シンプルなデザインだから制服にも合わせやすそうだな!」


「でしょ〜?」


 小林がピンク色のものを自分の髪へ当ててみる。


「これにしよっかな〜」


「じゃあ私は青」


 一ノ瀬も一本手に取った。

 

 オレは特に興味もなく、三人が棚を覗き込んでいる様子を少し離れたところからぼんやり眺めていた。


「あ! ねえねえ」


 そこで、小林が何かを思いついたように顔を上げた。


「どうしたの?」


「せっかくだし、みんなでおそろいにしない?」


「みんなって?」


 一ノ瀬が不思議そうに聞き返す。


「この四人で!」


(……四人ってことはつまり)


「お揃いというのは、俺と小鳥遊もということか?」


 成瀬も同じようなことを思ったのか、小林に聞き返していた。


「もっちろん!」


「なんでだよ」


「可愛いじゃ〜ん!」


「オレに可愛さはいらないって前にも言っただろ」


「いいではないか、小鳥遊!」


 隣から成瀬まで口を挟んでくる。


「四人で同じものを身につけるのも楽しそうだ!」


「お前もつける気なのか?」


「ああ!」


 迷いがない。

 さっそく成瀬は棚に並ぶリボンを真剣な顔で見比べ始めた。


「ふむ……俺にはどの色が似合うと思う?」


「ナル君ならオレンジじゃない? 絶対似合う〜」


「いいな!」


「決めるの早」


 成瀬がオレンジ色のリボンを手に取る。


「小鳥遊はどれにする?」


「オレはつけることに了承してない」


「え〜」


 小林が不満そうな声を上げる。


「四人でおそろいだよ? 絶対可愛いじゃん!」


「三人でやればいいだろ」


「一人だけ仲間外れみたいになるじゃ〜ん」


「自分から外れてるんだからいいだろ」


「よくないよ〜!」


 何がそんなに駄目なのか。

 小林は頬を膨らませ、一ノ瀬までじっとこちらを見ている。


「……一ノ瀬まで何だよ」


「いや。四人でつけた方が面白いなと思って」


「面白さでオレを巻き込むな」


「小鳥遊!」


 今度は成瀬まで口を挟んできた。


「せっかくだ。一緒に買おう!」


「お前まで乗るのかよ」


「ああ! 皆で同じものを身につけるというのも楽しそうではないか!」


 三人から見られた。


「ユヅ君は何色がいい〜?」


「まだ買うって言ってない」


「黒とか緑とか、シックなのが似合いそう」


「一ノ瀬、人の話聞いてる?」


「俺も黒が似合うと思うぞ! 髪色がグレーだから、濃い色が映える!」


「成瀬も聞けよ」


「じゃあ黒ね〜!」


「決めんな」


 小林が楽しそうに黒いリボンを手に取る。


 別に高いものでもない。

 リボン自体も細身で小さく、これくらいならつけたところで大して目立たないだろう。


 それに。


「小鳥遊、一緒に買おう!」


 成瀬がやたら楽しそうな顔でこちらを見ている。


(……まあ、いいか)


「……じゃあ、黒」


「よし! それでは会計に行こう!」


「お前ら、最初からオレが折れる前提だっただろ」


「そんなことないよ〜?」


「目逸らすな」


「最終、ナル君が顔でゴリ押しすればいけるとは思った」


「おい」


 こうして、当初の予定にはまったくなかった買い物が一つ増えた。


◇◇◇


 店を出たところで、小林がさっそく袋を開けた。


「つけよ〜!」


「今?」


「せっかく買ったんだもん!」


 小林は店の窓ガラスを鏡代わりにし、ピンクのリボンを髪につけると一ノ瀬の方へ振り返った。


「ぐるちゃん、どう? 似合ってる?」


「いいんじゃない?」


「ぐるちゃんもつけて!」


「はいはい」


 一ノ瀬も慣れた手つきで青いリボンを髪へ留める。


「ナル君とユヅ君も!」


「ああ!」


 成瀬はオレンジ色のリボンを、何の抵抗もなく前髪の横へつけた。


「どうだ!」


「似合う〜!」


「そうだろう!」


「…………」


 男子高校生が髪にリボンをつけている。


 普通なら違和感がありそうなものだが。


(……意外と似合うな)


 顔がいいせいなのか、本人があまりにも堂々としているせいなのか。

 オレンジ色の細身のリボンは、妙に成瀬へ馴染んでいた。


「小鳥遊!」


「何」


「どうだ?」


 成瀬がリボンを指差す。


「……似合ってる」


「そうだろう、そうだろう!」


 満足そうに笑う。


「ほら、ユヅ君も〜!」


「オレも髪につけんの?」


「おそろいなんだから、当然!」


 当然なのか。

 仕方なく黒いリボンを袋から取り出したものの、どうつければいいのか分からない。


「…………」


 適当に髪へ留めようとしていると、一ノ瀬が呆れたように手を伸ばしてきた。


「貸して」


「ん」


「それじゃ変になるから」


「そうなのか」


「ユヅ君、こういうの本当にやったことなさそうだね〜」


「あるように見えるか?」


「見えな〜い」


 一ノ瀬がオレの髪を軽く整え、横へリボンを留める。


「はい」


「おお!」


 なぜか成瀬が一番に反応した。


「似合っているぞ、小鳥遊!」


「……なんか納得いかない」


(リボンが似合うってなんだ)


「じゃ、写真撮ろ!」


 小林がスマホを取り出しかける。


「待って。私の方がいい」


 一ノ瀬が自分のスマホを出した。


「ぐるちゃん撮る〜?」


「四人で撮るなら自撮りでしょ。光果がやるとどっかボケたりするから私がやる」


「任せた!」


 成瀬が即座に小林と一ノ瀬のそばへ移動する。


「ほら、小鳥遊も来い!」


「近い」


「そうしないと四人入らないだろう!」


 成瀬に腕を引かれ、オレも仕方なく三人の中へ収まった。

 小林と一ノ瀬が前に並び、その後ろでオレと成瀬が少しかがむ。

 一ノ瀬がスマホを少し高く掲げ、画面の中に四人の顔が映った。


 ピンク、青、オレンジ、黒。

 色は違うが、全員の髪に同じ形のリボンがついている。


「ナル君、もうちょいこっち」


「こうか?」


「ユヅ君、もっとこっち〜!」


「押すな」


「顔半分しかない」


「それでいい」


「よくない」


 ぐい、と成瀬に肩を引かれた。


「おい」


「これなら入るぞ!」


 画面を見る。


 すぐ隣に成瀬の顔があった。


(……近)


 肩まで触れている。


 けれど、成瀬本人はまるで気にしていない。

 画面へ向かっていつものように笑っている。


「じゃ、撮るよ」


 一ノ瀬がスマホを構え直す。


「三、二、一」


 ぱしゃり、と小さな音が鳴った。


「確認〜!」


 小林がすぐさま一ノ瀬のスマホを覗き込む。


「いいじゃん! みんな可愛い〜!」


「俺は格好良くもあるぞ!」


「はいはい、格好良くて可愛いね〜」


「そうだろう!」


「ユヅ君、めちゃくちゃ真顔じゃん」


「写真撮るときって何すりゃいいんだよ」


「笑えば?」


「急に言われても無理」


「では小鳥遊!」


 隣から成瀬が顔を覗き込んでくる。


「俺を見ろ!」


「なんで」


「俺を見れば気分が良くなるだろう?」


「…………」


「違うのか?」


「……まあ、なるけど」


「ならば見ろ!」


「自信すげえな、お前」


 思わず少し笑った。


 その瞬間。


「ぐるちゃん!」


「撮った」


「おい」


 一ノ瀬を見ると、スマホをこちらへ向けたまま、満足そうに画面を確認していた。


「こっちの方がいい」


「勝手に撮るなよ」


「小鳥遊も俺を勝手に撮っていただろう!」


「お前は黙ってろ」


「そうだったな!」


 なぜそこで嬉しそうなのか。


◇◇◇


「……で」


 写真も撮り終え、再び目的の店へ向かって歩き出す。

 オレは髪についていたリボンへ手を伸ばした。


「オレ、これ外すわ」


「え〜、もう?」


「髪につけたまま歩くのは無理。絶対ヤダ」


 ただでさえ、先ほど写真を撮っていたときから周囲の視線を感じていた。

 これ以上、このまま歩く気にはなれない。


 黒いリボンを外す。

 とはいえ、せっかく買ったものをそのまま鞄へ入れるのも何となく違う。


「…………」


 少し考えてから、オレは制服のネクタイへ視線を落とした。

 試しに、細身のリボンをネクタイの中央あたりへ留めてみる。


「……これならいいか」


「あ!」


 小林がすぐに気づいた。


「ユヅ君、それ可愛い!」


「髪よりマシだろ」


「え〜、いいじゃん! ネクタイピンみたい!」


「確かに。ネクタイ自体も黒に近いし、そっちの方がさりげなくて良いかも」


 一ノ瀬も頷いている。


「ふむ」


 隣を歩いていた成瀬が、オレのネクタイをじっと見る。


 そして。


「俺もそうしよう!」


 成瀬は髪からオレンジ色のリボンを外すと、オレと同じように自分のネクタイへ留めた。


「どうだ、小鳥遊! 似合っているだろう?」


「……お前もやるのかよ」


 胸元を示しながら、成瀬は満足そうに笑っている。


 黒とオレンジ。

 色は違うが、同じ形のリボンが二人のネクタイについている。


「いいじゃ〜ん!」


 小林が二人を見比べ、両手の親指と人差し指で四角い枠を作り、ファインダーのように覗き込んだ。


「へへっ。お似合いですぜ、旦那方!」


「なんだそれ」


「あっ!」


 突然、小林が大声を上げた。


「何?」


「ドリンク!」


「……忘れてたの?」


 一ノ瀬が呆れたような表情をする。


「忘れてないよ! ちょっとリボンに夢中になってただけ! ほら急ご〜! 売り切れちゃう!」


 小林が慌てて走り出す。


「あ、ミツカ! 走ると危ないぞ!」


「みんなも早くはやく〜!」


「分かった!」


「お前も走るのかよ」


「小鳥遊も急ぐぞ!」


「はいはい」


 オレも少しだけ歩調を速めた。


 胸元では、さっき買ったばかりの黒いリボンが揺れている。

 その隣を走る成瀬のネクタイにも、色違いのオレンジリボンが揺れていた。

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