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第十五話 休み時間

 次の休み時間。

 オレは、中庭の木陰にあるベンチに座っていた。


 ぼんやりと、遠くを見る。


 校舎の向こうに見える木々。

 風に揺れる枝葉。

 そのさらに向こうに広がる青空。


「…………」


 別に、何か面白いものがあるわけではない。

 ただ、遠くを見ている。


 前の休み時間。

 オレは、成瀬の顔をずっと近くで見ていた。


 最初は肌の感触を確かめるためだった。

 それから目や鼻、輪郭。雑誌に載っている時の表情についても話した。

 結局、次の授業を知らせるチャイムが鳴るまで、成瀬の頬から手を離すこともなく。


 見ている間は、何とも思わなかった。

 むしろ、いくらでも見ていられた。


 だが授業が始まってしばらくすると、なんとなく目が疲れているような気がした。


 近くばかり見た後は、遠くを見るといい。

 以前、どこかでそんな話をテレビか何かで見たことがある。


「…………」


 ぱちぱちと、何度か瞬きをする。


 風も涼しい。

 木陰だから日差しも気にならない。


(……悪くないな)


 気持ちも、落ち着く。


「小鳥遊君、何してんの〜?」


 声がして、その方向へと振り返ると小林と一ノ瀬が立っていた。

 二人とも、こちらを妙なものでも見るような顔で見ている。


「目、休ませてる」


「目?」


「ああ」


 小林が首を傾げる。


「前の休み時間、近く見すぎたから」


「あ〜。ナル君の顔?」


「ああ」


 小林は納得したように頷いた。


「なんか見つめ合ってたよね〜。知らずに教室入ろうとした前原君が、びっくりして後ずさってたよ〜。異様な空間すぎて」


「……そうか」


「あれ? それだけ?」


「どうでもいい」


「強いな〜」


 一ノ瀬が呆れたように息を吐く。


「私、一応『周りの目線も気にしたら』って言ったんだけど」


「声は小さくした」


「そこだけなんだ」


「成瀬がいいなら、別にいいだろ」


「まあ、ナル君も全然気にしてなかったけどさ〜」


 小林がやれやれといったように、首を横に振る。


「もうちょっと他の人にも興味を持とうね〜。ということで、まずは私たちから〜」


「……何が」


「飲み物買いに来たの。一緒に行こ〜」


「何でそうなる」


「交流?」


「疑問形じゃん」


「いいからいいから〜」


 小林に手招きされる。

 隣の一ノ瀬を見ると、止める気はないらしい。


「いいじゃん。暇なんでしょ?」


「暇だけど」


「じゃ、行こ〜」


 どういう理屈だ。

 そう思ったが、断るほどの理由もない。


 オレはベンチから立ち上がり、二人の後を追って、すぐそばの自動販売機へ向かう。


「ぐるちゃん何飲む〜?」


「お茶」


「また〜? たまにはジュースとか飲めばいいのに」


「光果こそ、よくそんな甘いのばっかり飲めるね」


「美味しいじゃ〜ん」


 二人は自動販売機の前に立つと、慣れた様子でそれぞれ飲み物を選んでいく。

 小林はブドウのゼリー入り缶ジュース。

 一ノ瀬はペットボトルの緑茶を買っている。

 

 オレも並んだ商品の中から、何を飲むか考える。


(まあ、いつものでいいか)


 少し迷ってから硬貨を入れ、ボタンを押す。

 ガコン、と缶が落ちた。


 取り出そうと屈んだところで、妙な視線を感じた。

 振り返ると、二人ともオレの手元を見ている。


「……何」


「小鳥遊君、それ飲むの?」


「飲むけど」


 手にしているのは、冷たい缶のココアだ。


「いや〜、なんか意外だったからさぁ。ブラックコーヒーとか選ぶのかと思ってた」


「私も。なんか小鳥遊はそんなイメージだった」


 そんなイメージって、どんなイメージだ。


「……苦いの好きじゃない」


「えっ、小鳥遊君かわいいね〜。ギャップ萌え狙えるよ!」


 小林がなんかウインクしてきた。

 うるさいな。


「うるせえ」


「ひどい〜」


 今度は大袈裟に泣き真似している。

 なんかいつもわざとらしいんだよな。


 そう思っているところに、次は一ノ瀬が声をかけてくる。


「甘いもの好きなの?」


「まあ」


「じゃあフルーツとか、ケーキとかも?」


「あったら食べる」


 それを聞いた小林が、すぐに会話へ割り込んでくる。


「じゃあさじゃあさっ! 好きなケーキとかないの〜?」


「チョコ」


「おお〜。じゃあさ、駅前に新しくできたお店知ってる? あそこもチョコ系のケーキが種類豊富なんだけど」


「知らない」


「ほら〜!」


「ほらって何が」


「もうちょっと他の人にも興味持とうって話してたでしょ〜! 何で『知らない』で終わらせるの! もっと会話を膨らませて!」


「店は人じゃないだろ」


「そういう問題じゃないの〜! ナル君の顔の話題の時はもっと喋ってたじゃん!」


「そう言われても、何聞けばいいんだよ」


「ほら! そういうところ!」


「今のは会話膨らませただろ」


「文句でね〜!」


 小林が不満そうに頬を膨らませる。

 

 面倒くさい。

 そう思いながらココアの缶を開ける。


「じゃあ、小鳥遊はさ」


 一ノ瀬がペットボトルの蓋を開けながら口を挟んだ。


「その店のこと聞いて、何か気になることないの?」


「……チョコケーキが多いんだろ?」


「うん」


「美味いの?」


「そうそう! そういうの! ほらできた〜!」


「うるせえな」


 小林が嬉しそうに拍手する。


「美味しいよ〜。生チョコのケーキとか、チョコムースとか〜。10種類くらいあったかな?」


「へえ」


「あっ、今の『へえ』はちゃんと興味ある?」


「さっきよりは」


「やった〜! 一歩前進!」


「何なんだよ」


 別に、店のことを知らなかっただけだ。

 美味いと言われれば、少しくらい興味は湧く。


「ぐるちゃんとはこの前行ったんだよね〜」


「うん。私はチーズケーキ食べたけど」


「チョコじゃないのかよ」


「私はチョコが好きとは言ってないから」


「……そういえばそうか」


「小鳥遊君も今度行ってみたら〜?」


「機会があったら」


「そこは『行ってみる』って言おうよ〜!」


「何でそこまで指定されるんだよ」


 ちょうどその時、校舎から予鈴が聞こえてきた。


「あ、戻らなきゃ」


 一ノ瀬の言葉に、小林が「あ〜、もう?」と残念そうな声を上げる。

 オレも残っていたココアを飲み干し、空き缶をゴミ箱へ入れた。


「じゃ、小鳥遊君。続きはまた今度ね〜」


「何の続きだよ」


「交流〜」


「まだやるのか」


「もちろん!」


 勝手に決められた。

 けれど、別に嫌というほどでもない。


 オレも二人と一緒に、教室へ戻った。

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