第十四話 好きなところ
「小鳥遊!」
休み時間。
自分の席でスマートフォンを眺めていたが、オレを呼ぶ声に気づいて顔を上げると成瀬が目の前に立っていた。
「何」
「俺の顔の好きなところを教えてくれ!」
あまりにも唐突だった。
「……何?」
「だから、俺の顔だ!」
聞き間違いではなかったらしい。
成瀬はにこにこと笑いながら、自分の顔を指差している。
「小鳥遊は俺の顔が好きなんだろう?」
「ああ」
「なら、どこが好きなのか教えてくれ!」
「……急に何なんだよ」
「ずっと気になってはいたんだ! だから聞きたい!」
「だから、顔」
「それは知っている! もっと詳しく教えてくれ!」
即座に返された。
「……全部」
「それも嬉しいが、もっと具体的に聞きたい! 笑顔が魅力的とか、目の形とか、ほら! あるだろう?」
「注文多いな……」
オレはスマートフォンを机に置くと、改めて目の前の顔を見る。
どこが、と聞かれると難しい。
そもそも一部分だけが好きだったなら、ここまでこの顔を追いかけてはいなかった。
「……まず、目」
「目か!」
「形が綺麗だし。正面から見てもいいけど、ちょっと横向いてる時も好き」
「ほう!」
「鼻も、ラインが綺麗」
「なるほど!」
成瀬が嬉しそうに自分の鼻筋を撫でる。
言われたところを一つずつ確かめているらしい。
「あと輪郭。顔小さいし、全体のバランスもいい」
「うむ!」
「口も好き」
「どんなところが?」
「形もいいけど、笑ったときに見える歯が綺麗」
「他には?」
「あるけど……、まだ聞くのかよ」
「ああ! 褒められるのは嬉しいからな!」
成瀬は満面の笑みだった。
褒められることを疑ってすらいない。
「肌も綺麗だし」
「おお! そこも自信があるぞ!」
「雑誌とか写真で見たときも綺麗だと思ったけど、実際に近くで見ても荒れてないし」
「毎日きちんと手入れしているからな! ……ふむ、触るか?」
「……いいのか?」
「もちろんだ!」
答えるなり、成瀬がオレの両手を掴んだ。
「え」
そのままぐいっと引かれる。
気づけば、両手のひらが成瀬の頬にぴたりと触れていた。
「どうだ!」
(……どうだって、普通こんなに抵抗ないもんか?)
右手にも、左手にも。
見た目より柔らかい頬の感触と、じんわりとした体温が伝わってくる。
触っていいのなら、遠慮なく。
「……すべすべで、柔らかい」
「そうだろう!」
「……ほんとに綺麗だな」
「運動とか保湿ケアとかしているからな。日々の努力の成果だ」
何がそんなに嬉しいのか、成瀬はオレの手の中でにこにこと笑っている。
笑うたびに、手のひらの下で頬が僅かに動いた。
せっかくなので、そのまま少し顔を近づけて観察する。
「お? 小鳥遊、近いな!」
「せっかくならもっと見ておきたいと思って」
「そうか! 好きなだけ見るといい」
あっさり納得された。
オレはそのまま成瀬の顔を眺める。
(……綺麗な顔だな)
「……やっぱ、モデル向きの顔なんだろうな」
「そう思うか?」
「ああ。顔小さいし、パーツの位置も綺麗だけど、顔だけが目立ちすぎないっていうか。だから雑誌とか見てても、服とか髪型でかなり雰囲気変わる」
「ああ! それは仕事先でもたまに言われるな」
「明るい服だと爽やかに見えるし、落ち着いた服だと格好いい方に寄る。髪も上げるのと下ろすので全然違うし」
「つまり、何を着ても似合うということだな!」
「まあ、そう」
「やはり俺はすごいな!」
相変わらず成瀬は自分に自信がありすぎる。
オレは思わず笑いそうになった。
雑誌の成瀬を思い浮かべているうちに、ふと最初の頃のことを思い出した。
「……オレ、成瀬のこと好きになったきっかけは雑誌だったな」
「雑誌?」
成瀬が目を瞬いた。
「同じ学校にモデルやってる奴がいるって話は聞いてたけど、顔までは知らなかったんだよ。家にあった、姉が買ってた雑誌の表紙見て、初めて知った」
「それで俺を見に来たのか!」
「……まあ、最初は」
そこから見かけるたびに目で追うようになり、写真まで撮るようになった。
だが、成瀬が気にしたのは別のところだった。
「雑誌の俺の好きなところはどこだ?」
「服とか撮影の雰囲気に合わせて、表情変えてるだろ。笑ってるのもいいけど、カメラを真っ直ぐ見てるやつとか。ちょっと目つき鋭くしてるやつも好き」
「クールな撮影の時だな!」
「ああ。あと、力抜いてるやつ」
「力を?」
「カメラから視線外してたり、少し俯いてたり。壁に寄りかかってるやつとか」
「ああ! アンニュイな雰囲気というやつだな!」
「多分」
「それも好きなのか?」
「好き」
「そうか!」
「ポーズもちゃんと服に合わせて変えてるし、そういうのも格好いい」
「服を綺麗に見せるのも俺の仕事だからな! ……小鳥遊は、俺のモデルとしての良さまで分かってくれているんだな」
「雑誌見てるから」
「そうだったな!」
嬉しそうな顔を見ていると、こちらまで妙な気分になってくる。
「では小鳥遊! 雑誌の俺と普段の俺とだったら、どっちの方が好きなんだ?」
「…………」
(どっち?)
少し考える。
好きになったきっかけは雑誌のほうだ。
写真を撮りたくなったのは、追いかけたくなったのは、普段の成瀬の方だ。
だが、どちらにも優劣はつけられない。
「どっちも好きじゃ、ダメなのか?」
「…………ほう?」
手のひらの下で、成瀬の顔が虚を突かれたように固まった。
そしてすぐにニコニコと顔が綻んだ。
「いや、ダメじゃない! これは俺が悪かった! そうだな、俺はどんな時でも人を惹きつけるような魅力があるからな。どっちも好きになって当たり前だ!」
「でも、普段の成瀬はちょっとやかましい」
「やかましい!? いや、元気があって場を明るくするという意味だろう?」
「いや、面倒」
「面倒だと!?」
いちいち声が大きい。
こういうところだ。
「でも、顔は欠点のつけようがない」
「ほう! それは素晴らしいな」
一瞬で機嫌が直り、成瀬が声を上げて笑った。
(……ああ、そうだ)
「今の」
「今?」
「ああ。今みたいにコロコロと変わる、そういう顔が好き」
成瀬が瞬きをする。
それから、また嬉しそうに笑った。
「そうか!」
「……それも」
「これもか!」
「ああ」
「なるほど! つまり俺が楽しく過ごしていれば、小鳥遊の好きな顔がたくさん見られるということだな!」
「……まあ、そうなるのか?」
「ならば一石二鳥だ!」
「何が」
「俺も楽しい! 小鳥遊も嬉しい!」
「……そうだな」
そう言われると、否定するところがない。
オレが頷くと、成瀬はますます上機嫌になった。
そこで。
「……好きな話するのはあんた達の自由なんだけど、もう少し声とか周りの目線気にしたら?」
不意に後ろから声がした。
二人揃ってそちらに目を向けると、いつの間にか後ろを通りかかっていた一ノ瀬が、こちらを見ていた。
正確には、オレの両手と、その間に挟まれている成瀬の顔を見ていた。
「じゃ」
それだけ言うと、巡は何事もなかったように通り過ぎていく。
「…………」
オレは成瀬を見る。
両手はまだ、その頬に触れたままだ。
「……そんなに声でかかったか?」
「む。少し盛り上がりすぎたかもしれないな」
「お前、元々声でかいし」
「そうか! では気をつけよう!」
成瀬は素直に声を落とした。
「それで、小鳥遊。他にはどこが好きなんだ?」
「……まだ続けるのかよ」
「ああ、小鳥遊が話せるところまでだ!」
「長くなるぞ」
「望むところだ!」
成瀬が、オレの手の中で楽しそうに笑う。
「……じゃあ、次は──」
結局、次の授業を知らせるチャイムが鳴るまで、話は終わらなかった。




