表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
臙脂色の謝肉祭(ファスナハト)  作者: 空箱零士
1.爛れた傷の銀髪少女、屍肉の怪物。
10/10

9.〈マリア〉

 赤髪の少女の瞳に浮かぶのは、人智を超えた殺意へと至る憎悪だった。

 廃墟群と化した世界で手を取り合う〈少年〉〈少女〉を、無人のビルの屋上から見据える、一つの影。

目深に被ったパーカーに、ラフなジーンズ。

 思春期の少年のような服装に身を包む人物、だが、そのパーカーの奥に潜むのはむしろ、その鋭い目つきにさえ神格を感じさせるような、赤髪の美しい、むしろ凛々しい、幾多の修羅を超えた戦乙女のような少女だった。

 何をするつもりか、少女が一歩前に歩みを進めた、その時だった。

「止めておきなさい――〈マリア〉」

 少女の背後から、良く通る男性の声。

 毒々しい舌打ちと共に少女が振り返った先には、一組の男女がいた。

 小太りと筋肉質の中間くらいの体格をした温和そうな青年、その背後に怯え隠れるように立つ黒ずくめの服装に身を包んだ、陰気な雰囲気を醸し出す女性。

「〈マリア〉、君は実に暴力的な実現力を持つ復讐鬼だが、流石にあれほどの力を持った〈高き者〉、しかも〈少女〉がいる状況で突き進んで勝てるほどの規格外ではないはずだ」

「すっとぼけたこと言ってんじゃねーぞ腐れ」

〈肉塊〉ヤロウ! ちょろちょろつけまわってウゼーんだよ!」

「〈マリア〉、それは事実ではない。私は確かに〈肉塊〉のように戦うが、実際それは〈肉塊〉ではなく、むしろ〈肉塊〉を倒して回る側だ。彼らは〈良性〉、我らは〈悪性〉」

 君もかつて〈少女〉だったなら、良く分かっているはずだろう?

 そう男が口にした瞬間、〈マリア〉の殺意の全てが青年へと向いた。

「なるほど、それをわざわざ口にするってことは、よっぽど死にてえみたいだな?」

「……〈マリア〉、君には同情を禁じ得ない。本当に、君は哀れだよ」

 男が言い終わった瞬間、突風と化した〈マリア〉が男に向かって突き進んだ。

しかしその一瞬の後、〈マリア〉はむしろまるで見えない力に弾かれたように、彼女の突き進んだ方向とは真反対に吹き飛んでいた。

 辛うじて屋上に踏みとどまった〈マリア〉は、倍増した殺意を余すことなく叩きつける。

「あああああっ! 〈少女〉に守られてるタマなしヤロウがぁ! 地獄に落ちろ! 腐れ外道の人でなしどもがあ!」

「マリア、どうしても〈肉塊〉を狩りつくしたいなら、冷静さを学んだ方がいい。今の君の行動は、何一つ意味をなさない」

「ざってーんだよ〈肉塊〉如きが私に説教たれんじゃねえ! そこの〈少女〉だって、てめーなんだ本当は――!」

「ちち違う!」

 青年の後ろに隠れていた女性が、裏返った声で叫ぶ。決死の覚悟でも決めたかのような切羽詰まった表情と、未だにキョロキョロとさまよう視線は、幽鬼めいた独特の雰囲気を醸し出していた。

「この人は、ケーくんは、私のことを守ってくれる、救ってくれる、優しい人、とても、とてもとてもとてもとてももも大切なな人!」

「てめえ! それが〈少女〉の腐ったところだって分かってんだろうが! 女の何もかもを踏みにじる、イカれた、腐りきった……!」

「〈マリア〉、〈少年〉と〈少女〉を一概に捉えるな。全ての〈少年〉が、君が考えているような存在ではないんだ」

「黙れ! よりにっよってテメーが!」

「第一、君は私を〈肉塊〉呼ばわりするが、君はどうなんだ?」

「ああっ?」

「〈肉塊〉が人間状態の〈少年〉を殺すと〈高き者〉と化す――では、もし君が私を殺したら、私はどうなっていただろうね?」

「! てめえ、マジでぶちコロ――!」

 その時、世界全体が、グラリと揺れた。

 周囲が粒子となって溶けていくように、少しずつ周囲が崩壊していく。

「時間だ。君も早くお暇した方がいい。この場に残って、不審者扱いは不愉快だろう?」

「……おい、こいつで人が「何人」死ぬか知ってるか?」

「……十人程度、かな? 殺人か、重病の悪化か、交通事故か。あるいは古い建物が一、二棟壊れ、何人かが巻き添えをくらう。いわゆる、〈辻褄合わせ〉だな」

「他人事! テメーらがそいつを……!」

「――なあ、あんたはいい加減黙れや。あんたがここにいる時点で共犯者だろう? 俺が害悪なら、あんただって十二分に害悪だろうがよお!」

 唐突に、豹変したように恫喝した男に、思わず〈マリア〉はビクリとする。その表情には、根本的なところで刻まれた、ある対象への「恐怖」の痕が垣間見られた。

「ケ、ケーくん……やだ、怖いぃ……」

「! ミキ! ごめん、悪かった、悪かったよ、怖がるなって……」

 震え、涙を湛え始めた女性を、青年は必至に抱きしめる。一瞬だけ、〈マリア〉は攻撃の体勢を見せたが、忌々しげに舌打ちをすると、視線を逸らした。

「……ケーくん、お家に、帰る?」

「ああ、連れてってくれ。ミキならひとっ飛び、いけるだろ?」

 ニイぃ、と、安心しきった幼児のような笑顔を浮かべると、彼女は迷うことなく青年を抱きかかえた。

 右腕に頭を、左腕に両足を関節から抱えて。

 いわゆる、お姫様抱っこ。

「では、私はこれで失礼するよ。君は自分で帰れるだろう?」

 青年がそう言い残すと、女性はその場から高く跳躍し、去っていった。

 数十メートルは下らないビルの屋上から、女性は青年を抱えた状態で飛び上がってみせたのだ。

 その速度、高度ともに、十二分に人間の身体能力を超越していた。

「……本当に、〈少年〉のクズどもは、恥知らずしかいない……不快で、腐りきった、くそったれな男どもが……!」

〈マリア〉を残し、世界は崩壊を続ける。

 もう間もなく、世界は元通りの姿に戻る。

 何事もなかったように、人が暮らし、建物が林立する、そんな至って普通の世界に。

 もっとも、そのために、〈肉塊〉という外敵の侵略〈辻褄合わせ〉が行われるのか。そのために、どれだけの人間が死ぬのか。

 要するに、なにもかも、〈少年〉が悪い。

「すべて、すべてを、殺し尽くしてやる」

 だから〈マリア〉は憎悪する。

 こんな糞ったれな世界を作り出した――そしてそんな糞ったれな世界に引きずり込んだ、鬼畜生のような〈肉塊〉の全てを。

 憎悪、殺意、殺戮――それこそが、〈マリア〉の全てだった。

「全ての〈肉塊〉どもを、根絶し尽くしてやる……欠片だって、残しやしない!」

 だからもちろん、あそこで陶酔をかましている〈少年〉だって殺してやるのだ。

だからもちろん、あのいけ好かないヒステリックなお姫様抱っこ野郎だって。

 この手で――徹底的に、捻り潰すように。

 何故ならそれこそが、〈マリア〉のすべてなのだから――!

 去り際にもう一度眼下の〈少年〉〈少女〉を睨み据え、戦乙女は移りゆく世界からそっと姿を消した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ