努力の値段
第2章 — 努力の値段
4. 十六歳
七年後。
リクトは16歳になっていた。
母親は三年前に亡くなった。
残されたのは、父親が残した借金と、雨漏りする家だけだった。
リクトは荷運びの仕事を続けながら、毎晩、街の外れで剣を振っていた。
一日に千回。
雨の日も、雪の日も。
腕が上がらなくなれば足運びを練習し、足が動かなくなれば構えを確認する。
本で学び、兵士の動きを観察し、自分の失敗を記録した。
だが、彼は知らなかった。
残響を扱える者なら、他人の経験を取り込むことで数年かかる技術を短期間で習得できることを。
彼が七年かけて積み重ねたものは、才能ある者が数か月で追い越せる程度のものだった。
それでもリクトは練習を続けた。
自分には、ほかに何もなかったからだ。
5. 初めての勝負
街では年に一度、騎士団の候補生を選ぶ公開試験が開かれる。
合格すれば衣食住が保証され、借金を返すこともできる。
リクトはその試験を受けることにした。
残響が使えない者の受験は認められていなかったが、試験官の裁量によって、実技試験だけは参加できることになった。
彼は長年使ってきた木剣を握り、試験場に立つ。
対戦相手は、貴族の家に生まれた少年、ゼイン。
ゼインは幼い頃から剣術の残響を扱い、優秀な教師たちの指導を受けてきた。
「お前が噂の残響なしって奴か」
ゼインはリクトの剣を見て笑う。
「そんなボロ剣で、俺に勝つつもりか?」
リクトは答える。
「勝つために来た」
開始の合図。
リクトは踏み込む。
最初の一撃は防がれた。
二撃目も。
三撃目を放つ前に、ゼインの剣がリクトの脇腹を打った。
リクトは地面に倒れる。
立ち上がる。
再び踏み込む。
ゼインは最小限の動きで攻撃をかわし、リクトを打ち倒す。
何度立ち上がっても、結果は同じだった。
最後には、木剣が折れた。
「そこまで!」
試験官が試合を止める。
ゼインは肩をすくめた。
「努力は認めてやるよ。でもな、努力した時間と強さは比例しないんだ」
観衆が笑う。
リクトは地面に手をつき、立ち上がろうとする。
膝が震える。
悔しかった。
負けたこと以上に、何年も積み重ねてきたものが、目の前の相手には何ひとつ通用しなかったことが。
試験官は告げる。
「不合格だ」
リクトは何も言えなかった。
帰り道、彼は折れた木剣を抱えて歩いた。
そして、街の外れで一人になったとき、初めて叫んだ。
「何が足りないんだよ……!」
答える者はいなかった。
「何年やればいいんだ!」
拳で地面を叩く。
「俺は……どうすればいいんだよ!」
雨が降り始める。
リクトはその場にうずくまった。
この瞬間、彼は本気で剣を捨てようと考えていた。
6. 最後の一本
夜。
リクトは家に戻り、父親の遺品が入った箱を開ける。
そこには、古びた手帳があった。
父親はかつて、街の外で働く測量士だった。
手帳には、地図や数字、見知らぬ記号がびっしりと書かれている。
その最後のページに、短い言葉が残されていた。
「見えているものが、すべてとは限らない」
リクトはその言葉を何度も読み返す。
父親が何を伝えようとしたのか、彼には分からなかった。
だが、なぜかその言葉だけは頭から離れなかった。
翌朝。
リクトは折れた木剣を持って、いつもの練習場所へ向かった。
「もう一回だけ」
誰に向けた言葉でもない。
「今日だけ、もう一回だけやる」
彼は剣を振る。
一回。
二回。
三回。
いつものように、何も変わらない。
それでも、彼は剣を振った。




