第三章 人間として暮らす設計
《アオ》は自分の身体の扱いに、驚くほど協力的だった。
協力的な囚人は、看守の心を腐らせる。罪悪感が鈍るからだ。
「ヒト遺伝子を組み込む」
佐伯が告げると、《アオ》は頷いた。
「あなたがたの環境に合わせる必要がある。あなたがたの食べ物、あなたがたの微生物、あなたがたの社会」
「社会まで?」
「社会が一番毒性が高い」
科学者たちは、遺伝子の話なら平気で冷静になる。
だが社会の話になると、急に宗教みたいな顔をする。
組み込みは“人間に寄せる”ためだった。
免疫、神経伝達、代謝。地球の空気で生きるための調整。
その結果、《アオ》はますます人間に近づき、ますます“人間として扱われるべき”存在になった。
そして、その存在を“増やす”計画が動いた。
培養室の前で、白衣の主任が言った。
「クローン系列は三体。AO−1、AO−2、AO−3」
番号は、人格を薄くするための言語だ。
国家は番号が好きだ。番号は管理しやすいから。
佐伯は言った。
「“子ども”ではないの」
主任は肩をすくめた。
「子どもと呼ぶと、倫理が痛む」
「痛むのが倫理でしょう」
「痛みで研究は進まない」
さざ波が立つ。
大きな波ではない。ただ、長く続く波。
AO−1が目を開けたのは、朝ではなかった。
照明が切り替わる直前の、薄い時間。
瞳は黒。皮膚は《アオ》より少し淡い青。呼吸は浅い。
《アオ》はガラス越しにそれを見て、短く言った。
「増えた」
言い方に感情が少なかった。
感情が少ないのは冷たいからではない。感情の置き場所が、私たちと違うだけだ。




