第二章 委員会のさざ波
倫理審査委員会は、窓のある部屋で開かれた。
それだけで、会議が少しだけ人間になる。
議題は簡潔だった。
地球外知的生命体、《アオ》の身体サンプル採取
ヒト遺伝子の組み込みを含む“適応化”
《アオ》由来のクローン系列作成
目的:シンギュラリティ実験に必要な超高度知性の確保
「目的が先に立ちすぎている」
委員の一人が言った。臨床医。声が乾いている。
「目的が先に立たない研究はない」
別の委員が返す。工学系。目が輝いている。
佐伯は議事録を淡々と取る。
淡々と取っても、心の底のほうで小さな波が立つ。さざ波は、こういうときに立つ。怒りほど大きくない。だからこそ残る。
「同意は取れているのか」
「本人は“複製”を条件にしている」
「本人、と呼んでいいのか?」
「この場に“本人性”を決める権限があるのか?」
議論は空中戦になりかけた。
国家が勝つ空中戦は、いつも定義戦だ。言葉を押さえたほうが勝つ。
制服の大佐が、最後列から言った。
「時間がない。周辺国も動いている。これは競争だ」
誰も、“周辺国”の名を口にしない。名を出すと現実になる。
佐伯が言った。
「競争は、倫理の免罪符にならない」
大佐は見るだけで返す。視線で“命令ではない命令”を出す人間の目だ。
委員会は、条件付きで承認した。
条件とはつまり、研究を止めないための紙の柵だった。
研究過程の段階的評価
被験体の待遇基準(ヒト相当)
目的外使用の禁止(ただし安全保障例外)
最後の一行が、さざ波の核だった。
例外は、すべてを飲み込む。




