第一章 隔離区画の生活
研究施設は“研究”の顔をしているが、扉の向こうにあるのはいつも軍だった。
カードキーは二枚必要で、二枚目は制服の人間が持っている。
佐伯汐里は、その二枚目の存在を嫌っていた。
嫌っても、消えない。消えないものほど、倫理の仕事になる。
隔離区画の室内は清潔だった。清潔すぎて、匂いがない。壁は白、床は白、天井の光も白。色のない場所は、被験体にとって刑罰に近い。
透明ガラスの向こうに、《アオ》がいた。
ベッドに座り、両手を膝に置いている。姿勢はまるで、面接を受ける人間みたいだった。
「体調は」
佐伯がマイクに向かって言う。
《アオ》は顔を上げる。
「良好。ここは、あなたの“国”の内部か」
「そういう扱いです」
「扱い。いい言葉だ。あなたは扱いの人だな」
佐伯は答えない。答えると、会話が親密になる。親密さは、拘束の痛みを曖昧にする。曖昧さは国家に利用される。
「あなたは情報提供者だと言った」
「そう。あなたがたは、遅い。遅いというより、散っている。知識が散っている。意志も散っている」
「それは悪いこと?」
「悪いことではない。ただ、カルダシェフ・スケールに到達するには、散りすぎは不利だ」
その言葉が出た瞬間、背後にいた制服の男が小さく息を吸った。
国家は、宇宙規模の指標に弱い。数字の威圧に弱い。到達、という動詞に弱い。
佐伯は言った。
「あなたの目的は」
「取引だ。あなたがたは“シンギュラリティ”を欲しがっている。加速を欲しがっている。だが知性の天井が低い。天井の高さは、道具で伸ばせるが、核は伸びない」
「核?」
《アオ》は少し考えた。
「理解の折り畳み。複数の矛盾を、同時に保持して計算を続ける能力。あなたがたの言葉で言うなら……IQが必要だ」
制服の男が言葉を挟む。
「数値は」
《アオ》はガラス越しに男を見る。
「あなたがたの尺度で測るなら、一〇〇〇を超える。だが尺度は脆い。脆い尺度に頼るのは危険だ」
制服の男は笑わなかった。笑うと負けた気がする種類の話だった。
佐伯は、別の質問を置いた。
「あなたは、その知性を提供できる」
「提供する。ただし条件がある」
「条件」
「生存。そして、複製」
佐伯は、言葉の重さを一度床に置いてから持ち上げた。
「……クローンを作れと」
「あなたがたはすでに、作る準備をしている。私が言わなくても」
背後で紙が擦れる音がした。
制服の男が持っているファイルは、すでに未来を見ていた。




