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青い通訳者たち  作者: 久遠レイ


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第十二章 条件を添える


 次の会見は、前回より準備が多かった。

 準備が多い会見は、言いたくないことが多い。

 会見室の入口に金属探知機が置かれた。

 記者の数は減ったが、視線の密度は上がっている。減ると濃くなる。

 壇上には大臣、教授、そしてもう一人、見慣れない肩書きが座った。


「外部監査官(暫定)」


 監査官は民間の人間だった。顔が硬い。笑わない人間は、どこかで責任を引き受けている。

 司会が言う。

「本日は、前回の発表に関して追加説明を行います」

 大臣が、紙を見ずに言った。

「現時点で、我が国の研究体制は一部情報が誤解を生んでいることを認識しています」

「安全保障上の制約はありますが、透明性を高めます」

 記者がすぐに来る。

「“誤解”とは何ですか」

「噂の真偽を答えるのですか」

「地球外生命体の存在は」

 大臣は一拍置いて、言った。

「我が国は、非人間由来の情報提供者と接触し、協力関係を持っています」

 言葉が選ばれすぎていて、逆に生々しい。

“地球外”とも“生命体”とも言わない。だが、否定もしない。会見室がざわつく。

 音が出た瞬間、SNSの画面の向こうでも同じ音が増幅される。

 教授が続けた。

「本件は、センセーショナルな話題として消費されるべきではありません」

「目的は単純です。人類文明が持続可能な形で拡張するための知見を、慎重に統合する」

 記者が言う。

「つまり、カルダシェフ・スケールですか」

 教授は、初めてその言葉を出した。

「ええ。俗にそう呼ばれる段階です」

「ただし誤解してはいけない。これは“到達宣言”ではなく、“到達条件の整備”です」

 そこで、外部監査官が初めて口を開いた。

「追加資料を配布します」

 紙が配られる。

 タイトルは短い。短いのは、燃えやすい。だからこそ、短くする。


 到達の条件(暫定)


 一行目が太字。


 被験体を道具にしないこと


 記者の表情が変わる。

 条件は、攻撃の取っ手になる。

「被験体?」

「人間実験をしているのですか」

「道具にしない、とは誰が決めたのですか」

 監査官は、用意していたように答える。

「独立した倫理審査と、外部監査の枠組みに基づきます」

「具体的には、以下の運用を義務化します」

 紙の二枚目には、箇条書きの手続きが並ぶ。淡々と。


 生活環境:ヒト相当

 同意:段階的・撤回可能

 目的外利用:禁止(例外は公開・事後監査)

 暴力装置化:禁止(軍事利用の抑制)

 情報提供の範囲:契約による


「例外があるじゃないか」

記者が言う。

 監査官は、逃げずに言った。

「例外は存在します。だから公開し、監査します」

「例外を“無いことにする”のが一番危険です」

 会見室の温度が少しだけ上がる。

 倫理が、初めて“建設の言葉”として語られたからだ。

 教授が、夢の絵を一枚だけ出した。

 軌道上の薄い板。地上の受電。災害時のバックアップ。寒冷地の熱供給。

 数字は控えめ。断言はしない。

「これを一気にやるわけではありません」

教授は言った。「十年単位ではなく、世代単位です」

 記者が問う。

「その“情報提供者”は、顔を見せないのですか」

 大臣が言う。

「安全上の理由で、現時点では」

 監査官が続ける。

「ただし、存在を“札”にしないためでもあります」

「本件は人物の物語ではなく、制度の物語です」

 この一言は、誰かの言葉遣いに似ていた。

 佐伯は施設のモニターで会見を見ながら、そう思った。

 同時刻。隔離区画。

 モニターの前に、AO系列が座っている。

 監査官が「制度の物語」と言った瞬間、AO−1が言った。

「良い」

 AO−2が言う。

「まだ不足」

 AO−3は淡々と言う。

「不足は残る。残った不足を、運用で補う」

 佐伯が言った。

「条件、一行だけ切り取られます」

 AO−2が頷く。

「切り取られる前提で、次の一行を用意する」

 AO−2は端末に打つ。短い。短くて、刺さる。


“到達は、最適化ではなく保守である”


 佐伯は見て、少しだけ安心する。

 夢が“加速”から“維持”へ移る。維持は荒れにくい。地味だからだ。地味は強い。

 そのとき、廊下の警報が一度だけ鳴った。

 短い警報は、現場の悪い知らせだ。

 研究員が駆け込んでくる。

「外部監査のチームが、施設に入ります」

 佐伯が言う。

「予定どおり?」

「……予定より早い。しかも、もう一つ」

研究員は息を整えずに言った。

「別ルートから、軍の監察が来てます」

 監察。監査ではない。

 言葉が違うと、手触りが変わる。

 佐伯は大佐に連絡するため端末を開き、すぐ閉じた。

 ログが残る。通話のログは、あとで武器になる。

 代わりに、直接行く。

 廊下のカメラの死角は少ないが、歩く速度だけは選べる。

 隔離区画の扉の前で、AO−1が言った。

「波が二つ来た」

「はい」

 AO−2が淡々と言う。

「二つの波が重なると、干渉が起きる」

 佐伯は聞き返す。

「どんな干渉」

 AO−2は短く言った。

「条件の奪い合い」

 条件が奪われる。

 奪われると、条件は命令になる。命令になると、夢は武器になる。

 佐伯は鍵をかけ直し、掲示板の紙を一枚だけ剥がした。

「生活規定(暫定)」の下に貼られていた、あの一行——安全保障例外。

 彼女はペンで、例外の横に小さく追記した。


 例外は、例外であることを示す(示されない例外は無効)


 紙の上の小さな抵抗。

 だが、こういう小さな抵抗だけが、さざ波を“崩壊”にしない。

 廊下の向こうから靴音が近づく。二種類の靴音。

 片方は規則的で、片方は重い。

 佐伯は息を整え、扉の前に立った。

 夢が外に出た。条件も出た。

 次は、条件が試される番だった。


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