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青い通訳者たち  作者: 久遠レイ


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第十一章 先に夢を出す


 記者会見は、研究施設ではなく都内の会見室で行われた。

 施設の名前を出さないためだ。場所を出すと地図になる。地図になると、現実になる。

 壇上の背後に国旗。左右に省庁のロゴ。

 カメラの数は多い。レンズが多いと、言葉は必ず薄くなる。

 大佐は壇上には立たない。立つのは大臣と、研究代表の肩書きを持つ教授だった。

 教授は白髪で、目だけが若い。目が若い人は、夢を売るのが上手い。

 司会が言う。

「本日は、新しい国家プロジェクトについて発表します」

 大臣が短く頷く。

 短く頷くのは、余計な感情を残さないための技術だ。

「我が国は、次世代エネルギーと宇宙基盤の構築に向けた長期計画を立ち上げます」

大臣は言った。「目標は、地球の持続的な繁栄と、人類文明の拡張です」

 カルダシェフ・スケールという言葉は出さなかった。

 代わりに、教授がそれを“翻訳”した。

「簡単に言えば、宇宙規模のエネルギーを扱える文明へ向かう計画です」

教授は淡々と言った。「太陽光発電の軌道インフラ、電力の大規模貯蔵、送電の革新。工学としては地味ですが、社会としては大きい」

 地味だが大きい。

 その言い方は、夢の温度を少し下げる。温度が下がると、炎上の燃料が減る。

 誰かが裏で指示している。佐伯はそう思った。

 質問が始まる。

「具体的な技術のブレークスルーはあるのですか」

「目玉は何ですか」

「予算規模は」

「安全保障上の狙いは」

 教授は一つずつ答える。

 断言を避け、期限を濁し、数字を丸め、言葉を整える。

 会見とは、科学ではなく整形の場だ。

「ブレークスルーに依存しません。既存技術の積み上げです」

「目玉は、目玉を作らないことです」

「予算は段階的に。透明性を担保します」

「安全保障は、災害対応とインフラ保全に重点を置きます」

 記者の一人が、少し遅れて核心に触れた。

「ところで、SNS上で“墜落物の回収”や“未知の情報提供者”といった噂が流れています。関係ありますか」

 会見室の空気が一段階硬くなる。

 噂はいつも、質問の形をして入ってくる。

 大臣は言う。

「噂についてはコメントしません」

 教授が続ける。

「ただし、研究開発は国内外の知見を広く取り入れます。学術の連携は重要です」

 噂を否定しない。肯定もしない。

 余白を残す。余白は人を動かす。

 会見が終わると、ニュースは「宇宙インフラ構想」として流れた。

 だが切り取られたのは、教授の一言だった。

「宇宙規模のエネルギーを扱う文明へ」

 言葉が独り歩きする準備が整った。


 同じ時刻。研究施設の隔離区画。

 掲示板の横に、小型モニターが置かれていた。会見の中継。

 AO系列は並んで座っている。

 人間の学校の視聴覚室みたいだ。内容だけが異常だ。

 大臣の「コメントしません」が流れた瞬間、AO−2が言った。

「逃げた」

 AO−1が言う。

「逃げたが、逃げ切れない」

 AO−3は少しだけ首を傾げる。

「夢を出した。次に出るのは、敵だ」

 佐伯は後ろに立って見ていた。

 彼女は会見の台本を事前に読んでいる。読んだ上で、ここにいる。

 中継が終わる。

 室内は静かになる。静かさは、次の手順の合図だ。

 佐伯が言う。

「あなたたちの条件、会見に出しますか」

 AO−2は即答しない。即答しないのは、扱いの手つきだ。

「条件は、言葉ではなく運用で示すべきだ」

「運用、とは」

 AO−2は淡々と言った。

「提供を止める」

 佐伯は顔色を変えないようにした。

 止める、という動詞は、軍に効く。効きすぎる。

「いつ」

「いまではない。いま止めると、彼らは恐怖で動く。恐怖は暴力を生む」

 AO−1が補足する。

「恐怖ではなく、手続きで縛る」

 AO−3が続ける。

「手続きで縛るために、公開が必要だ」

 公開。

 その言葉が、施設の壁に当たって鈍い音を立てる。

 佐伯は言う。

「公開は、あなたたちを“札”にする」

 AO−2が言う。

「札にしない方法がある。札の文字を、あなたが書く」

 佐伯は、短く息を吐いた。

 依頼が来た。依頼は責任を増やす。

 その夜、佐伯は大佐に呼ばれた。

 廊下の監視カメラの下。会話がログになる位置。

 大佐は端末を見せる。世論モニター。

 会見の切り抜きが拡散し、同時に別のタグが急上昇している。


 #青い乗員

 #回収

 #人間じゃない

 #国家は隠してる


「出たな」

大佐が言う。声は低いが、慌ててはいない。慌てないのも技術だ。

「誰が流したんですか」

佐伯は聞く。

「分からない」

大佐は言った。「分からないのが問題だ。内側か、外側か、その区別自体が甘くなってる」

 佐伯は言う。

「区別は無い、彼らはそう言いました」

 大佐が一瞬だけ目を細める。

「彼ら、という言い方をするな。——いや、もう遅いか」

 大佐は端末を閉じ、壁を見る。

 壁には何もない。窓もない。

「先生」

大佐は言った。「次は“存在”を出すべきか?」

 佐伯は即答しない。

 即答すると、会話が命令になる。

「存在を出すなら、条件も出してください」

「条件?」

「到達の条件です。夢だけ出すと、夢が武器になります」

 大佐は小さく笑った。笑いではなく、息の漏れ。

「君は、会見の人間だな」

「私は、会見を壊さない人間です」

 大佐は言った。

「条件を出すと、反発が出る。国家が“縛られる”のを嫌う人間がいる」

 佐伯は言う。

「縛られない国家は、夢に到達しません」

 大佐は返さない。

 返さないが、目が少しだけ変わる。

 国家の目から、人間の迷いが覗く。

 隔離区画に戻ると、AO−1が待っていた。

「外が騒いでいる」

「はい」

「あなたがたは次に、敵を作る。敵を作れば団結できると思っている」

 佐伯が言う。

「団結は必要です」

 AO−1は淡々と言った。

「団結は必要だ。敵は不要だ。敵は便利だが、便利なものは必ず暴走する」

 AO−2が言う。

「私たちの条件を、短くする」

「短く?」

 AO−2は端末に一行だけ打った。


 到達の条件:被験体を道具にしないこと


 佐伯はその一行を見て、少しだけ安心する。

 短い条件は、読める。

 読めるものは、議論になる。議論になるものは、まだ暴力になる前に止められる可能性がある。

 だが、短い条件は同時に危険でもある。

 短い言葉は、切り取りやすい。

 佐伯は言った。

「この一行だけだと、攻撃されます」

 AO−3が言う。

「攻撃されることは避けられない。避けると、条件は永遠に出ない」

 AO−2が続ける。

「だから、一行の下に“手順”を置く。条件は短く、運用は細かく」

 佐伯は頷く。

 淡々と。だが確かに。

「手順を書きます」

佐伯が言う。

「あなたの国の言葉で」

AO−2が言った。「あなたの国が、自分で自分を縛れるように」

 佐伯は端末を受け取った。

 画面の一行が、白い部屋の光に少しだけ青く見えた。

 その頃、会見室の映像は繰り返し流され、切り抜きは増殖した。

 夢は拡散し、噂も拡散する。拡散は止められない。

 止められないものは、手順でしか扱えない。

 次の会見は、もう決まっている。

 そこでは「存在」が出る。

 出る前に、条件を出せるかどうか。

 それが、佐伯の仕事になった。



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