第九章 条件の提示
条件は、紙ではなく“手続き”として提示された。
AO−2が、委員会の面会日に合わせて端末を開く。画面には図が出る。絵は少なく、矢印が多い。
タイトルだけは短い。
到達プロトコル(暫定)
委員会の委員が尋ねる。
「これは技術計画か」
AO−2は即答した。
「社会計画」
委員が眉を動かす。
「社会は委員会の管轄外だ」
AO−2は淡々と言う。
「管轄外にした結果、あなたがたは遅い」
図の中心には、三つの箱がある。
エネルギーの増大
分配の安定
暴力の抑制
そして、その下に一行。
技術が先行すると、暴力が追随する。追随を抑えないと到達しない。
大佐が同席していた。珍しく、委員会の場に軍が座る。
大佐は言う。
「暴力の抑制とは、軍の縮小か」
AO−3が答える。
「縮小ではない。目的の変更」
「目的?」
「外部への対抗ではなく、内部の維持。つまり防災・復旧・宇宙工事」
主任が小さく笑った。
「軍を工事会社にしろって?」
AO−3は否定しない。
「工事は到達の主役だ。カルダシェフ・スケールは、建設のスケールでもある」
そこで、初めて“夢”の絵が会議室に入る。
AO−1が端末に別の画面を出した。
地球軌道上に、薄い板が無数に並ぶ図。
太陽光を受けて、地上へ送る。送る手段はいくつかの候補だけが書かれ、断言はない。
「これは」
委員が言う。
「到達の足場」
AO−1は言った。「あなたがたは“発明”で到達すると誤解している。到達は“継続運用”で起きる。十年単位ではなく、百年単位で」
大佐が言う。
「百年も待てない」
AO−2が返す。
「待てないなら、到達しない」
その言い方は淡々としていて、だから強い。
佐伯は議事録を取りながら思う。
ここで争っているのは技術ではなく、時間感覚だ。
国家は任期で動く。軍は年次で動く。研究は論文で動く。
到達は、それらより長い。
会議が終わる直前、AO−3が一行だけ追加した。
被験体の権利は、到達の条件である(条件を破れば、提供は停止する)
委員会の空気が変わる。
条件が“お願い”ではなく“契約”になった。




